相続時に忘れてはいけない「負の遺産」
スーザン・バーレイ作の『わすれられないおくりもの』という絵本は、大人が読んでも、死を悼む哀しさのなかに、温かい涙があることを感じさせる物語です。
たいへん年をとったアナグマがある日死んでしまい、森の仲間は悲しみにくれてしまいます。しかし、冬が去り春がきて、かしこくてやさしいアナグマから、いろいろなことを教えてもらった思い出を語り合ううち、やがてアナグマが忘れられない贈り物を残してくれたことに気づき、いつまでもみんなの心に生き続けるというお話です。
以上は、亡きアナグマの思い出の話ですが、人間の現実社会では、人が亡くなると思い出だけでなく「遺産」が残ります。遺産といえば、まず不動産や預貯金など「正の遺産」を思い浮かべますが、「負の遺産」というのもあります。すなわち、債務も遺産となり、相続の対象となるわけです。
正の遺産は相続したいが、負の遺産は引き継ぎたくないのが真情ですが、そのようなうまい話はありません。相続するか、限定承認(相続財産の限度において弁済の責を負う)、放棄するかということになります。
自宅の増築部分を「息子名義」にした途端に急死…
Aさんには、結婚に反対した結果、海外へ行ってしまい音信不通となっていた一人息子がいました。10年の時を経て、夫が亡くなったことや息子が離婚(子供はいない)したことなどをきっかけに、息子と同居することになりました。そのため、息子が建築資金を出して、自宅を大幅な増築をしました。その増築部分を息子名義として、「これで再婚でもしてくれれば」と思っている矢先に、息子が急死してしまいました。
息子の急死から1ヵ月ほどして、ショック状態からようやく立ち直り、息子の遺品を整理していると、亡くなる数ヵ月前に受け取ったと思われる、「保証債務を支払え」という手紙を見つけました。その1ヵ月後には、「相続債務のお知らせ」という内容証明郵便を受け取り、息子には約2000万円の保証債務があったことがわかったのです。
このままでは、長年住み慣れた家が差し押さえられる可能性も出てきました。息子の遺産を、相続するべきか放棄するべきかと思い悩むことになります。
民法915条1項によれば、相続人が自己のために相続の開始があったことを知ったときから3ヵ月以内に、単純承認、限定承認、放棄のどれかを選択しなければならないとされています。この期間が過ぎると、民法921条2号により、単純承認したもの(正負すべての遺産を相続する)とみなされます。
Aさんの場合は、相続放棄の申述をしました。建物の所有権については、相続財産管理人選任を申し立て、息子の所有権部分を買い取ることで、今まで住んでいた家に住み続けることができました。しかし、年金だけが収入のAさんにとって、所有権の買取代金は痛い出費でした。
負の遺産(とくに保証債務)は、忘れがちなものです。死んでしまえばわからないとはいえ、債務も相続されるという認識をするべきだと思います。相続人も、正の遺産だけでなく、負の遺産がないかを確認しましょう。疑わしければ、放棄の申述期間を延長する、または負債を支払いきれないときは相続放棄するなど、すみやかに対処したほうがよいです。