誰でも一度は経験するであろう相続。しかし、「争続」の言葉が表すように、相続に関連したトラブルは尽きない。なかには、生前の対策によっては避けられたであろうトラブルも多く、相続を見越した行動が求められる。本記事では、法律事務所に寄せられた相続事例を紹介する。

父・妹に先立たれ、相続人は自分1人だけのはずが…

「もし、自分が死んだら・・・」。あまり考えたくないお話ではありますが、誰もが一度はふと考える問題なのかもしれません。

 

「親の財産は多かれ少なかれ、子供である自分が相続することになる」。当然、Aさんもそう考えていました。そんなAさんが唯一の肉親である母親の訃報を聞いたのは、20年前の国際結婚により、彼の永住の地となったイギリスでのことでした。Aさんの母親が脳腫瘍と診断され、その手術の立ち会いのために日本へ渡ったのは3ヵ月前。「手術は成功し、少しずつ回復していたというのに・・・」。Aさんは、悲しみに暮れながら母親の葬儀のために日本に舞い戻りました。

 

Aさんには妹がいましたが、2年前に病死していました。また父親も妹が生まれて間もなく亡くなってしまったので、半年前に母親からの電話で「頭の中に腫瘍があると医者に言われた」と連絡をうけ、とても心配しました。

 

Aさんは、国際電話でかかりつけの医者に病状を聞き、紹介された大学病院での手術の前後、母親に付き添って看病しました。それまで母親は、父が残してくれた自宅に住み、所有する駐車場を人に貸して、のんびりと暮らしていました。近所に妹夫婦が住んでいましたが、母親とは疎遠で、あまり行き来はありませんでした。けれども母親には、昔から親しく付き合っている友人とその娘がおり、何くれと世話を焼いてくれていたので、Aさんも心丈夫に思っていたのです。

 

ところが、葬儀のあとに信じられない事実が発覚しました。町の有力者であり、亡妹の夫(義弟)Cと懇意にしているEが「母親の遺言が公証センター(公証役場のこと)にあるので、その遺言書のとおり遺産を分割するように」と言うのです。Aさんは遺言書を見て驚きました。母親が脳腫瘍の手術をして、自宅近くの町医者に転院したわずか2ヵ月後にCと養子縁組をしており、母親の遺産のほとんどすべてをCに相続させる旨が遺言書に記されていたのです。

遺言執筆時の「意思能力の程度判定」は非常に困難

「遠く海外に住んでいるとしても、実子である自分がいるのに、なぜCを養子にしなければならないのか(母親はCに世話になっていたわけでもなく、母親もCを嫌っていた)? なぜ、母親は自分に無断でCと養子縁組をしたのか?」とAさんは強い疑惑を抱き、法律事務所を訪れたのです。

 

Aさんから相談を受けた弁護士は、母親が養子縁組の手続きを行った当時、また遺言書を作成した当時に、法的判断が可能な能力があったか否かを調査することにしました。

 

ところが、入院記録やカルテを取り寄せ、脳外科医や精神科医から聞き取りをしたのですが、老人(病人)であった母親の『意思能力の程度』を知ることは、予想以上に困難で難しいものでした。特にお年寄り特有の「認知症」がらみの判断というと、担当の医師ですらハッキリとした回答を出せなかったのです。

 

結局、Cを相手に争うことをAさんは断念しました。このようなことを平気で行う人間であるC。そんなCを相手に、海を隔ててまで、時間や費用を費やし、ましてやプライドの高かった母親の尊厳を切り崩してまで(争いになれば、多くの人の前で、闘病中の母親の食事や排泄に至る生活のすべてをさらさなければならない)、争うことなど出来ないとAさんは思ったのです。

 

これは、とくにひどい例ですが、自分が死んだあと、「あのいい息子(娘)が、欲のない子供達が、わずかばかりの自分の遺産をめぐって争うなんて・・・」と言う方がほとんどだと思います。けれども、リストラや社会全体が逼迫した状況ですから、それぞれ自分の家庭を守るのに必死な昨今。子供達が置かれている厳しい経済環境が「もらえるものは一円でも多く」と思わせてしまうのかもしれません。これまで私が見てきた、いくつかの相続事例にも同様の背景が感じられるのです。

 

遺言といえば、死が見えてきたときにするもの、臨終の床で言い残すもの、というイメージが強く、実際は60代、70代で遺言をする方が多いでしょう。しかし、いざというときを考えれば、もっと早く遺言をしておく必要があるようです。配分や書き方に迷いがある場合は、気軽に弁護士にご相談いただければと思いますし、公正証書遺言を作成するための費用(公証センターに支払う実費)はそんなに高いものではありません。早めの遺言作成を考えてみてはいかがでしょうか。

 

本連載は、「弁護士法人グリーンリーフ法律事務所」掲載の記事を転載・再編集したものです。

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