エンジェル投資の損失を政府が補てん!?
中国は、共産党1党独裁の政治体制の下で、政府の経済活動への強い介入・関与を通じて高成長を遂げてきたが、近年、その政治体制を維持する一方で、経済面では、市場機能を重視する方針を示している。中国版サプライサイドエコノミクスの議論は、究極的には、こうした政治面と経済面の方針をどう両立させていくのか、言い換えれば、集権的な政府が自由な市場にどう向き合っていくのかという根本的な問題を、改めて想起させるものだ。
この点に関して、最近でも、興味深い事例が見受けられる。上海市は2016年2月、ベンチャー企業の資金難を解決し、その育成を図るため、ベンチャー企業に投資をする「天使投資者」、エンジェル投資家に対し、投資に損失が生じても、最大、シードステージ(プロジェクトの準備段階)の投資は60%、アーリーステージ(ベンチャー設立直後の初期段階)は30%まで、上限金額を1プロジェクトに対し300万元、1投資家あたり600万元として、市で補てんするという政策を決定(注)。これに対し、その是非について、中国内で議論が巻き起こっている。
(注)江蘇や広東でも同様の政策が実施されている。北京では、2014年に中関村のベンチャー企業を支援する措置が導入されているが、投資損失の補てんではなく、実際の投資の一定部分を補助するというスキーム。全国的には、国務院が15年初にベンチャー企業育成の基金(400億元規模)を設立、これをモデルとして、16年初時点、上海も含む各省市が30に及ぶ基金(総額5000億元規模)を設立しているが、これらは、基本的に中関村同様、実際の投資の一部補助に止まっている(2016年1月27日付21世紀経済報道、2月11日付新華網他)。上海の損失補てんは、基金とは別に、さらに上乗せ措置を導入したものと位置付けられる。
上海市は、エンジェル投資の環境を改善し、そのリスクを低減することを通じて、民間のイノベーションを促進するための措置と説明、一部これを支持する声もあるが、多くの疑念も出されている。
たとえば、地元有力経済誌の「財新」は、その社説において、損失補てんはイノベーション投資のインセンティブを歪め、結局イノベーションを失敗させ、ひいては新たな腐敗汚職のルートを作ることになるおそれがあること、そもそもこのような政策は、企業家精神やイノベーションが有する不確実性、試行錯誤といった本質を理解していないと厳しく批判している(2016年2月3日付CAIXIN)。また、他の地元紙も、政府がエンジェル投資を促進することは諸外国にも例はあるが、損失を税金で補てんするといった事例はなく、モラルハザードを招くだけであること、政府が行うべきことは、損失補てんではなく、リスクについての情報を提供するなどの環境整備であるといった一般の声を紹介している(2月1日付経済参考報)。
上海市は、補てんに値するプロジェクトかどうか厳格に審査するとしており、また約110のベンチャー企業が対象として市に登録されているという。しかし、市に適格な審査をする能力が本当にあるのか、110の企業が登録されているというが、登録されていない企業との関係で、本当にそれが公正なのかという問題がある。ここで興味深いのは、上海市という、中国でおそらく最も先端を行く政府でも(あるいは、そうであるからこそ)、市場との比較において、「政府は全知全能」だという意識があるように見られることだ。
指導層からも異なる発言が・・・
欧米のチャイナウォッチャーと呼ばれる関係者も、中国政府トップレベルから、政府が経済をどうコントロールしていくのかについて、かなりニュアンスの異なるメッセージが発せられていることに注目している(2016年1月13日付米経済誌Forbesなど)。すなわち、経済担当トップである李克強首相は「官僚機構が企業のイノベーションや企業家精神を抑圧し、政府の管理監督が企業の困難な意思決定を妨げている」とし、「そうした状況のままでは、中国が先進経済に移行することはできない」と発言しているのに対し、習近平国家主席は「経済の不安定は、政府による社会の管理監督がより一層必要なことを示唆するもので、共産党の責任は、経済の不安定化で困っている人々や企業を救済することである」と信じている節がある。
さらに、「習主席はマイクロマネジメントを好み、経済担当で経済学博士号も有する李首相を後ろに遠ざけ、自ら経済政策も行おうとしているが、習主席自身は、実は経済よりも腐敗汚職の取締りや外交・安全保障に関心・土地勘がある」「経済政策面では、自分自身が何をやっているのか、あるいはやろうとしているのか、よくわかっていない」とし、これらが、経済政策において、中国政府が市場にどう向き合おうとしているのかを、外から見て、よりわかり難くしている要因だとする。
中国政府は新常態への移行において、市場機能の活用を考える一方、完全には市場を信用しておらず、政府の規制やガイダンスを選好するというアンビバレントな状態にある。「政府が積極的に関与すること」と「市場に委ねる」ことのバランスをどう取るのか、政府と市場の健全な関係をどう築くのかという問題は、中国のみならず、諸外国も悩む普遍的なものではあるが、1党独裁の下、政府の経済への強い介入・関与を通じて経済発展を遂げてきた中国にとっては、どう対応するか、とりわけ難しい問題と見るべきだろう。