財務省OBで、現在、日本ウェルス(香港)銀行独立取締役の金森俊樹氏が、「中国経済の実態」を探る本連載。今回は、中国版サプライサイドエコノミクスに見る改革を取り上げたい。

需要管理から生産要素の改革に移る力点

6-7%の成長でも、これを達成するためにはTFPの上昇が必要であり、そのためには、中国経済が抱える諸々の構造問題を解決していくことが不可欠となる。

 

改革との関連では、昨年11月、中国共産党中央財経領導小組(指導チーム)の会議で、習近平国家主席が「供給側構造改革」を強調して以来、中国内で、この用語が “横空出世”、突然現れ出た用語として話題になっている。中国各紙や専門家の間でも多用されるようになり、一種の流行語の様相を呈している。

 

2016年の年頭、習主席は視察先の重慶で「発展を制約する主要な矛盾は供給側にある」と発言し、中国各紙で大きく報道された。かつての米国レーガノミクスや英国サッチャーリズムを引用し、中国版サプライサイドエコノミクスだとする論調もある。

 

その考え方はこうだ。経済を規定する需要側要素は消費、投資、輸出、中国ではこれらが成長をけん引する「三頭立て(三駕)馬車」と呼ばれてきた。他方、供給側には労働力、土地・資本、イノベーション(創新)の生産要素がある。「供給側構造改革」は、成長を制約する要因が需要側ではなく、もっぱら供給側にあるとの認識の下で、これまでの主として需要管理を通じての成長から、より生産要素の改革に力点を置き、その効率性向上を通じて潜在成長力を高めようとするものだ。

 

具体的には、労働力に関しては生育政策緩和(昨年末、一人っ子政策に代表される人口抑制策の廃止が発表されたことはその典型。ただし、これは二人目までの出産を認めるというもので、全面的な抑制策の廃止ではない点に注意する必要がある)や戸籍制度改革、土地・資本については、農地の一層の流動化など土地制度改革や国有企業改革(国有企業改革については別稿参照)、さらに、資本市場育成や産学研協力推進によって創新が生まれやすい環境を整備することなどだ。

 

 

欧米で言うサプライサイドエコノミクスは、「大きな政府」に反対し、規制緩和推進、減税と政府支出削減を主張する市場型だ。「自由主義的」「保守的」な色彩が強いと言ってもよい。そのための政策として、レーガノミクスでは減税、サッチャーリズムでは大胆な民営化が進められた。一見、中国の「供給側改革」は、政府の経済への関与をできるだけ少なくし、市場原理を貫徹させようとする、こうした欧米流サプライサイドエコノミクスを連想させるが、以下の点から、中国では、引き続き政府主導のいわば計画型の供給側改革が進められる可能性が高い。

 

中国は以前から“簡政放権”、政府機能の簡素化を唱えてはいるが、過度の自由主義を信奉しているわけではまったくなく、むしろ逆である。国有企業改革も、昨年末の国務院指導意見や国有資産管理委員会の「10項改革」を受けて、本年が“改革大年”になると言われているが、大胆な民営化が計画されているわけではなく、むしろ私企業が活動している競争的な分野でも国有企業を排除しないという“混合所有制”推進するものになっている。

改革意欲を内外に宣伝するも中身は変わらない!?

昨年12月の中央経済工作会議は、供給側改革の任務として、

 

①ゾンビ(僵尸)企業の清算等を通じて過剰設備解消

②住宅在庫解消

③企業コスト引き下げ

④金融リスクを抑えるためのレバレッジ圧縮

⑤真に需要に見合った供給(有効供給)の拡大のため、貧困対策や新産業育成等を通じての“補短板”、弱い部分の補強

 

を掲げているが、いずれも近年、経済が減速する中で繰り返し問題提起されてきており、新常態への移行、安定成長を確保していくためには避けて通ることのできない課題ばかりだ。

 

目指している目標は正しいが、内容的にはこれまでとまったく変わりはない。経済工作会議など、昨年末の一連の重要会議では、国債発行を通じて財政赤字を段階的に拡大するという積極的財政政策も掲げられており、引き続き需要管理政策が重視されていることにも変わりない。

 

そもそも元来、社会主義の理論的基礎であるマルクス経済学は供給側に焦点を充てた体系だ。中国版サプライサイドエコノミクスは、今のところ、既存の様々な施策のラベルを張り直し、改革意欲を内外に宣伝する中国政府特有の作戦と見ることが妥当だが、政府主導でこれら改革がどう進められるのかが、ますます問われる段階になってきている。さらに言えば、政府が市場にどう向き合っていくのかという根本的な点について、中国当局がどう対応していくのか、今後見極めていく必要がある。

 

 

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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