1:事業承継における最大の課題「自社株式の相続」
「超・富裕層」と別格扱いされる方々のほとんどは、企業オーナーである。例えば、上場企業の創業家一族、非上場オーナー経営者、大病院の経営者などである。
一般的に高所得の職業といえば、開業医、弁護士、大企業の役員などが挙げられるが、彼らの高所得はフローの収入によるものである。この高所得が長期間続けば、超・富裕層になることが可能かもしれないが、個人の労働時間や働く期間には限界があるため、フロー収入のみで超・富裕層のレベルに到達することは現実的には不可能である。
これに対して、企業オーナーは、高所得によるフロー収入ではなく、オーナーの労働以外で収入を生み出す「株式」というストックを持っている。ストックの価値増大によって財産を増やした企業オーナーが、超・富裕層としての地位を占めるようになるのである。
企業オーナーの事業承継を考えるうえで、最大の課題となるのが自社株式の承継である。自社株式は「経営権」と「財産権」という経営の根幹に関わるものであり、そのいずれも後継者へ移転させなければならない。
企業オーナーの事業承継では、会社の支配権を明確化させるために、後継者は少なくとも自社株の過半数(できれば3分の2)を保有させるように遺産分割すべきだといわれる。しかし、後継者だけに多額の自社株を承継させるとすれば、遺留分の問題などが発生するおそれがある。平等な遺産分割を優先して後継者以外の相続人に株式を承継させてしまうと、会社の支配権を巡る争いが起きる可能性が伴う。
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また、非上場株式は容易に換金できないことから、その承継に伴う相続税の納税資金は、別途調達する必要がある。しかし、非上場株式は、金融資産や不動産と比べて、財産評価の引下げが容易なものである。うまくコントロールすれば、株式の相続税評価を著しく引き下げることが可能である。
2:業績悪化、争族…事業承継に伴うリスク
事業承継には、様々なリスクが伴う。
第一に、事業が存続できなくなるリスクがある。例えば、先代経営者の能力に依存していたため、経営者の引退によって一気に経営の機能が低下してしまい、それによって業績が悪化するような事態が想定される。また、先代経営者の子供を後継者にしたとき、その事業承継に古参役員や従業員からの信任を得られず、従来の経営管理体制が分裂したり、本来必要な優秀な人材が流出したりする事態もあるだろう。さらに、後継者が経営者として未熟であったため、取引先や金融機関の信認を得られず、取引の停止や融資の継続が困難になるような事態もありうる。
第二に、親族内で支配権争いが起こってしまうリスク、いわゆる争族リスクである。子供が複数いる家族であれば、後継者が明確に決められなかったことによって、経営権をめぐる争いが生じるケースがある。また、相続財産のほとんどが自社株式であったために、後継者に財産が偏って承継されてしまい、それがほかの相続人の遺留分を侵害し、遺産分割を巡る争いに発展することもある。このような親族間の争いが生じれば、従業員が動揺し、社内の士気が低下してしまう。
第三に、納税資金を準備できないリスクがある。納税期限までに遺産分割ができなければ、相続税を納税することができない。また、納税資金を捻出するために自社株式を会社に買い取らせるような場合、現金の流出が会社の資金繰りに悪影響を及ぼしてしまうことになる。
これらのリスクは相続時に顕在化しても対応することはできないだろう。生前の段階で早めにリスクを取り除くようにすべきである。
3:事業承継で「信託」を活用するメリット
企業オーナーの相続において問題となるのが、評価の高い自社株式の遺産分割である。相続発生後に遺産分割協議が整わなければ、全株式が共有状態になってしまい(法定相続分で按分するのではない。1株ごとに相続人全員が共有することになる)、後継者となるべき相続人の株主の地位を確立することができなくなる。それゆえ、事業承継における相続対策のなかでも、遺産分割は最も重要な課題といえる。
そこで、活用すべき方法が自社株式の遺言代用信託である。これは、現経営者がその生前に自社株式を信託財産とする自益信託(自分が受益者)を設定し、相続発生時に受益権が後継者に即座に移転する契約である。
この方法によれば、相続発生後の遺産分割協議において相続人間の争いが発生したとしても、後継者が確実に自社株式を受益権という形式で取得できるようになる。すなわち、相続争いによって経営の空白期間が生じることを防げるのである。
また、後継者に自社株式が集約されることになるため、後継者の地位の安定化を図ることができ、議決権の分散化を防ぐとともに、親族内において自社株式を安定的に管理し続けることが可能になるのである。
遺言代用信託のメリット
① 事業承継の確実性と円滑性
② 後継者の地位の安定性を確保
③ 議決権の分散化の防止
④ 財産管理の安定性
遺言代用信託を行う際に同時に活用したい手法が、受益権の分離である。すなわち、受益権を自益権(配当と元本)に係る受益権と、議決権行使の指図権に分離することである。
この方法は、遺産分割によって、相続財産のうち、後継者の承継する自社株式の割合が高くなりすぎてしまった結果、後継者ではない相続人の遺留分を侵害することになり、相続争いが発生してしまうような場合において有効である。
すなわち、自益権に係る受益権は、現金化できる財産的価値を有するものであるため、後継者以外の相続人にも平等に分割する一方で、議決権指図権は会社経営を行う後継者にのみ相続させ、後継者ではない相続人には相続させない。
これによって、遺産分割の問題を解決するとともに、議決権の集約による後継者の地位の確保という事業承継問題を解決するのである。
なお、議決権指図権が相続人の1人に偏って相続されることになるため、議決権指図権それ自体の相続税評価が問題となるが、現在の制度のもとでは、評価はないものとして扱われている。したがって、自益権に係る受益権のみが相続財産として加算され、後継者と後継者ではない相続人との間で相続税評価の方法に差異は生じない。
岸田 康雄
国際公認投資アナリスト/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/公認会計士/税理士/中小企業診断士