親心が「200万円」もの贈与税をもたらした
相続の案件を扱っていると、自分の判断で対策を実行したために損をしているケースに出くわします。こういったケースをフォローすることも、相続案件を扱う税理士には求められます。
財産を贈与して失敗した例を紹介します。70代男性のAさんは商売をしていたのですが、ある時期から経営がうまくいかなくなり、現預金がどんどんなくなっていきました。ついには借金をすることになり、その借金もかさんでいく中、あるとき自分の判断で思い立って自分名義の財産を処分し始め、自宅マンションの名義も息子のBさんに変えてしまったのです。
それから1年ほどが過ぎたある日、Bさんのもとに税務署から一本の電話が入りました。「あなたは父親から贈与を受けていますね。ですが、贈与税の申告が提出されていないですよ」と。
そのときBさんは思い出しました。「そういえば、親父が電話で『マンションをお前にやるから』と言ってたな……」。次の瞬間、Bさんは凍りつきました。税務署職員によれば、贈与税の金額はなんと200万円にもなるというのです。サラリーマンのBさんにとって、200万円は大変な金額です。
Bさんの父親Aさんが独断で名義を変更した背景には、いろいろな考えがあったと思います。「借金のカタにマンションをとられたくない」という焦りや、「財産を息子に渡しておきたい」という親心、「古いマンションだから価格はかなり落ちているはず」という思い込みなどです。
しかしそれが、息子に多額の税金を負担させる結果になってしまいました。専門知識を持たずに独断で実行すると、このような結果に陥りがちです。Aさん、Bさん親子のケースのように、忘れたころに税務署から「おたずね」がきて、慌てて金策に走るケースも珍しくないのです。
さて、Bさんはその後どうなったでしょうか。突然の税務署からの「おたずね」に、Bさんは青くなって私のもとへ相談にいらっしゃいました。私はお話を一通り伺ったあと、すぐさま税務署へ電話し「錯誤登記」の手続きを申し出ました。
錯誤登記とは、登記事項が勘違いや間違いによるものだった場合に、登記をやり直すことです。この場合では、贈与を受けた人が自ら申告するか、課税庁が課税処分を下す前に登記をやり直せば、贈与を取り消すことができます。
しかし錯誤登記は税の専門家であっても知らなかったり、見落としたりする方法です。実際、最初に担当となった税務署職員はこの制度を知りませんでした。その後、担当者にこの制度をきちんと確認してもらい、私も税務署へ出向いて折衝しました。
その結果Bさんの場合は課税庁が課税処分を下す前だったので、贈与を取り消すことができ、200万円もの税金を支払わずに済んだのです。
「行動力」「交渉力」次第で課税額は変化する
税理士の仕事は、相続税対策を提案するだけではありません。税務署に出向いて担当者と直接交渉する「行動力」やその交渉を成功させる「交渉力」も、欠かせないポイントです。折衝することで税額が変わりますし、不測の事態が起こったときにもそういった能力があれば、対応できるからです。
私が以前勤めていた税理士事務所では、市街地再開発関連の業務を行っていましたが、そこでも折衝は税額を決めるための大切な業務の1つでした。たとえば、あるとき再開発事業を請け負う会社が大きなビルを建てることになったので、事業所税を申告することになりました。
事業所税とは、一定規模以上の事業を行っている事業主に対して課される地方税で、事業所の床面積や、従業員数などに応じて課されます。床面積に対して課される場合は、フロアのうち課税対象となる部分、非課税となる部分を割り出して税額を計算し、申告します。
ビルのワンフロアにはエレベーターホールや廊下、給湯室などがありますが、非常通路など非課税となる部分もあるので、そのような減額要素を見落とさずに計算するのです。私は都税事務所へ何度も足を運び、担当者と何度も折衝を重ねました。担当者の前に設計図を広げ、「ここからここまでは非常通路と考えられますから、非課税でいいですね」と、一つひとつの減額要素について明確な根拠・理由を添え、できる限り税金が安くなるように交渉していったのです。
何もしなければワンフロアがまるまる課税対象になってしまいますが、エリアごとに検証し、交渉して、意見の相違を調整していく地道な努力を重ねることで、初めて税額を大幅に下げることができるのです。相続税対策にもそういう素養が必要で、減額できるかどうかについて税務署側と意見が違った場合、税務署の職員と直接折衝する必要があります。
私は以前勤めていた税理士事務所のおかげで、自然にそのようなことを学ぶことができましたが、学ぶ機会がない方にとっては難しいことかもしれません。相続案件に対応していく能力は、こういったところでも違いが表れるのです。