8月5日、人民元相場が1米ドル=7.00人民元を下回り、一時7.042元をつけた。米国が、中国からの輸入品3000億ドル(約31兆9800億円)相当に10%の関税を課すと表明したことへの、「反撃措置」との見方も強い。これを受け、トランプ大統領はツイッターで中国を非難、「為替操作国」として認定したことも明らかとなった。米中の応戦に、市場の不安は高まる一方だ。Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence BankのCIO長谷川建一氏が解説する。

中国政府は「反撃措置」としての為替相場活用を否定

8月5日、人民元相場が急落した。中国人民銀行(中央銀行)が防衛ラインとしてきた1米ドル=7.00人民元を下回り、一時7.042元をつけた。8月1日にトランプ大統領が、中国からの輸入品3000億ドル(約31兆8500億円)相当に、9月1日から10%の関税を課すと発表したことで、人民元には売り圧力が顕在化していた。

 

そんななか、中国人民銀行が、人民元の中心レートを1ドル=6.9元より元安に設定し、市場での不安心理を掻き立てることになった。中国政府が、これまで容認してこなかった1米ドル=7.00人民元を下回ることを許容し、為替レートを貿易摩擦に対応する手段として使うことを厭わなくなったとの見方も広がった。

 

中国人民銀行(中央銀行)の易綱総裁は同日夕方に声明で「外的要因による変動は大きくなっているが、人民元は強い通貨であり続けると確信している」として、中国は貿易摩擦に対処する手段として為替相場を活用しないと表明したが、市場は額面どおりには理解していない。

 

ただ、人民元の下落は、輸出にとっては助け舟となるが、人民元の国際化や、他国が人民元を保有するインセンティブを縮小させる。長期的には、中国経済にとってはプラスとはならない。しかし、市場の流れ(人民元売り圧力)を作った原因はトランプ大統領なのだから、人民元安を甘んじて受け入れるポーズをとり、対米交渉のカードのひとつとして切ってきたということだろう。今後、米国の出方や市場の反応を見て、スピード調整や水準訂正を考えていくことになろう。

 

中国の姿勢は硬化している。中国公営メディアは、中国政府が、米国による懲罰的関税に甘んじたり、共産党の権限を弱めかねない国有企業問題で譲歩したりはしないと強い表現で論説した。一部では、中国側が、トランプ大統領を交渉相手として信頼せず、次期大統領選で、民主党大統領が当選することを待ったほうが得策との考えを持っていることも伝えられている。

 

国有企業に対して、中国政府が米国産農産物の輸入を停止し、ブラジル産大豆の購入を模索するよう要請したことも報道された。いずれも、トランプ大統領の耳に入るよう、ジャブを打っているといえる。農産物の輸入拡大は、トランプ大統領が対中交渉の成果として遊説で語っていたもので、この停止は大統領選挙を控えたトランプ大統領への打撃ともなり得る。

 

トランプ大統領は、人民元下落の動きを捉え、中国が意図的に元安に誘導する為替操作を行っているとツイッターで非難した。関税がかけられても為替が元安に動けば、その分だけ米ドルベースでの価格は安くなり、関税分を相殺することになる。ムニューシン財務長官は、米国が中国を為替操作国として認定したことを発表した。

市場はディフェンシブな傾向を強める

トランプ大統領の関税措置第4弾発動後、中国・香港株の下落幅が大きい。7月31日から8月7日までの下落幅は、香港ハンセン指数で6.5%、上海/シンセンCSI300指数で5.5%となった。アジア株も、6日こそ反発したものの、下落は目立つ。株式市場では、当面慎重な姿勢が強まるだろう。

 

一方で、債券相場への資金のシフトは明らかで、債券利回りは世界的に低下している。米国の10年米国債利回りは、トランプ米大統領が当選した直後の16年11月9日に付けた1.715%を割り込んで、1.7075%まで低下した。30年米国債利回りも、16年7月に付けた過去最低水準2.089%に迫る場面もあった。

 

米連邦準備制度理事会(FRB)は7月末に0.25%の利下げを実施したが、通商問題での深刻な米中対立が、消費やビジネスの先行きに大きな打撃を与えるとの不安心理が広がっている。そのため、市場では、早くもFRBは次回9月のFOMCで再び政策金利を引き下げるとの見方も出てきている。

 

為替市場では、米ドルの利回り低下を受けて、ドルが下落、ドル円は一時105円台をつけた。ユーロも、1.10ドル台から1.12ドル台に反発した。ただ、欧州中央銀行(ECB)には次回9月の理事会での緩和が見込まれており、日銀にも追加緩和の可能性がにじむ。

 

新興国通貨に目を転じると、米ドル金利の低下は追い風であるものの、各国中銀には、絶好の金融緩和の機会という思惑が透けて見える。8月7日、中国人民銀行は、人民元の中心レートを、市場予想よりもやや元安の1米ドル=6.9996元と、7.00元のギリギリ手前に設定した。市場では、人民元は0.3%安の1ドル=7.048元までつけた模様である。どう落ち着かせるのか、注目であろう。

世界が金融緩和の流れに突入

なお、7日、ニュージーランド中銀は、政策金利であるオフィシャル・キャッシュレート(OCR)を市場予想であった0.25%幅よりも大幅な0.50%引き下げ、1.00%とすることを発表した。これは過去最低水準である。タイ銀行(中央銀行)も同日、景気を支え、タイ・バーツ高を抑制するため、0.25%引き下げ1.50%とする、予想外かつ4年ぶりの利下げに踏み切った。また、インド準備銀行(中央銀行)も同日、市場の予想(0.25%)よりも大幅な0.35%の利下げに踏み切った。減速しつつあるインド国内経済を下支えするために利下げ措置に踏み切ったとのことである。金融政策委員会(MPC)は政策スタンスを「緩和的」に据え置いた。

 

FRBの利下げは、どうやらパウエル総裁のコメントに反して、「利下げの始まり」の様相を呈してきている。少なくとも、市場はそれを想定し始め、米ドル金利安のなか、各国中央銀行に金融緩和の機会を作り出すという世界的な流れになってきている。世界経済の減速懸念が強まり、ディフェンシブな相場となるなか、当面、金融緩和策の発動が世界的に続きそうである。

 

 

長谷川 建一

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO

 

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    本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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