トランプ大統領は、8月1日、中国からの輸入品3000億ドル(約31兆9800億円)相当に、10%の関税を課す措置を表明した。背景には、6月の米中首脳会談で合意し、再開された米中通商協議が、思惑どおりには進まず、上海で行われていた米中ハイレベル協議でも、進展が見られなかったことがある。同協議終了後、中国外交部は、米中通商交渉に進展がないのは、米側に責任があるとする声明を発表しており、米側の出方は心配されていた。

米中間の軋轢が一気に表面化した背景は?

中国人民日報は3日の論説で、トランプ米大統領が追加の関税を課すと表明したことについて、米中首脳会談における合意の「重大な違反」であり、今後の通商協議にプラスをもたらさないと非難した。同紙は「米国による貿易摩擦や関税強化は両国の国民や世界の利益に反するもので、世界経済を後退させる」としたうえで、「中国は米国からの極端な圧力を恐れていない」と言明した。また、トランプ米大統領が、中国側の行動の遅れのひとつとして不満を示した米農産品の購入促進について、中国側は輸入拡大に向けて取り組みを進めている状況だとした。

 

米中間での軋轢が一気に表面化した形となり、前日に米FRBが予防的な利下げを実施した金融緩和策をどう消化するか考えあぐねていた市場にとっては、不意を突かれた格好である。今後、主要国の中央銀行が金融緩和へ舵を切るという期待感に加えて、通商問題では米中双方が経済的な打撃を甘受してまでは、厳しくやり合わないのではないかという見通しもすっかり雲散霧消した感がある。

 

米中両国間で通商問題に関して緊張が再度高まったことは、今後大きなリスクとして意識されることになろう。史上最高値圏にあった株式市場のモメンタムは、一旦後退することは不可避と言わざるを得ない。米ドル金利も反落し、為替市場でも米ドルが下落した流れは、足元では続くディフェンシブな相場にならざるを得ないだろう。

改めて問われる「利下げは正しい判断だったのか?」

なお、8月2日に米労働省が発表した米国雇用統計(7月)は、非農業部門雇用者数は前月比16万4000人増と、市場の事前予想どおりだった。一方で、6月分は速報値22万4000人増から、下方修正され、19万3000人増(5月分も同様に下方修正)だった。失業率は3.7%と、前月から変わらずで、これは、約半世紀ぶりの低水準である。平均時給は前年同月比で3.2%増と、6月(3.1%)から加速し、市場予想(3.1%)も上回った。

 

米国雇用市場は引き続き着実な雇用の伸びが見られるといえる。ただ、雇用の伸びはやや緩やかになり、今後は減速するとの予想も台頭している。これが、雇用市場のタイト化による、雇用の伸びの鈍化なのか、景気が勢いを失い始めているためなのかは、議論が分かれるところでもある。

 

このように雇用市場が堅調であるにも関わらず、FOMCでの反対票もある中で、敢えて実施した利下げは、果たして正しい判断だったのだろうか? しかも、折角の利下げカードは、それまで、利下げを声高に要求していた大統領のツイッターで、市場での賞味期限はあっという間になくなってしまった。

関税実施まで「1ヵ月の猶予」をもたせた意味

米中通商交渉に話を戻すが、5月の時点でトランプ大統領が、中国に対して同様に関税措置という拳を上げた時と今回では、少しやり方は異なるように筆者は感じている。

 

前回は2000億ドル相当の中国製品に25%の関税を実施するというものだったが、このときは関税措置表明の2日後から、実施するというスピード感のあるものだった。今回は、9月1日実施と、1ヵ月程度の余裕をもたせている。そして、本来、関税措置第4段は、25%の関税を想定していたが、今回の関税発動は10%になっている。中国との交渉のカードとして、何をどう切るかは、それなりに考えがあって発言してきているように見える。

 

そして、10%の関税措置に止めたということは、これまで底堅く推移してきた米国個人消費に及ぼす影響を考慮しながらでもあるだろう。実際に、米国経済指標では、このところ成長に陰りも予感させるものが出てきている。今回の関税措置をトランプ政権がどこまで進めるのか、8月中の米中のやり取りに注目したい。

 

 

長谷川 建一

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO

 

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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