相続時精算課税制度は、むしろ使わないほうが節税になることが多いです。今回は相続時精算課税制度について、どのような制度なのか、利用すべき人はどのような人なのか、説明していきます。※本連載では、円満相続税理士法人の橘慶太税理士が、専門語ばかりで難解な相続を、図表や動画を用いてわかりやすく解説していきます。

納税を先送りにする「相続時精算課税制度」

贈与税が2500万円も非課税になる「相続時精算課税制度」をご存じですか? 通常の生前贈与では年間110万円までしか非課税になりません。それと比べると非常に太っ腹な制度ですよね。一見お得そうに見える制度なのですが、実は、この制度は使ってもまったく節税にはならないのです。むしろ、使わないほうが節税になります。この制度は節税になるのではなく、税金の支払いを将来に先延ばしにすることのできる制度なのです。今回は、この「相続時精算課税制度」について解説していきます。

 

まずは、そもそも相続時精算課税制度とはどういった制度なのかということを説明します。この制度はひと言でいうと、「生前贈与をするときは2500万円まで贈与税を非課税にしますが、贈与した人が亡くなったときには、その人の遺産だけでなく、過去に生前贈与した財産も一緒に、相続税を課税しますよ」という制度です。

 

わかりづらいので、事例を使って解説します。たとえば、平成25年の時点で1億円持っている甲さんという人がいたとします。この甲さんが、相続時精算課税制度を使って、子供に2500万円を贈与したとします。このとき、2500万円まで非課税なので、贈与税は1円もかかりません。贈与をしたあと、甲さんの手元には、いくらの財産が残っているでしょうか?

 

答えは、7500万円ですよね。1億円から贈与した2500万円を引けば、7500万円となります。

 

[図表1]相続時精算課税制度を使って、子どもに2500万円を贈与したら
[図表1]相続時精算課税制度を使って、子どもに2500万円を贈与したら

 

その後、時は流れ、令和元年になりました。悲しいことに、この甲さんはお亡くなりになりました。このときに、甲さんの手元に残っていた遺産はいくらかというと、7500万円です。では、この7500万円に相続税がかかるのかと思いきや……ここで出てくるのが、相続時精算課税制度です。相続時精算課税制度を使って生前贈与した財産は、2500万円まで贈与税が非課税になります。しかし、その人が亡くなってしまったときには、手元の財産だけではなく、この相続時精算課税制度を使って贈与した財産も含めて相続税を計算しなければいけません。

 

つまり先ほどの甲さんの場合、手元の財産7500万円と相続時精算課税制度を使って贈与した財産2500万円を足した、1億円に対して相続税が課税されるというわけです。

 

[図表2]相続時精算課税制度を利用後に、被相続人が亡くなったら
[図表2]相続時精算課税制度を利用後に、被相続人が亡くなったら

 

「2500万円まで非課税」と書かれているのでお得そうに見えますが、結局、最終的には相続税が課税されます。非課税にはなっていないのです。ここで、この制度の名前をもう一度よく見てください。

 

“相続時精算課税制度”

 

この制度は、「贈与をするときは贈与税を非課税にしますが、相続がおきた際は、非課税にした分を精算して課税する制度」という意味なのです。つまり、贈与税が非課税になるだけであって、相続税は課税されます。節税というわけではなく、税金の先送り、というのが実態です。

相続時精算課税制度は、一生の累計額で適用される

相続時精算課税制度の一番恐いポイントは、一度この制度を選択すると、永久にこの制度が継続される点にあります。ここも難しいポイントなので、事例を使って解説します。

 

たとえば、先ほどの1億円もっている甲さん。平成25年に相続時精算課税制度を使って1000万円を贈与したとします。2500万円の非課税枠に収まるので、当然このとき、贈与税は課税されません。その後、甲さんは平成26年に、再び1000万円を贈与しました。この場合、どのような取扱いがあるでしょうか?

 

答えは、この1000万円も贈与税が非課税とされるのです。考え方としては、平成25年に贈与をした1000万円と、平成26年に贈与した1000万円を合計した2000万円という金額は、相続時精算課税制度の非課税枠2500万円に収まるので、贈与税は非課税とされるわけです。

 

この相続時精算課税制度における2500万円の非課税枠の考え方は、1度きりに使えるのではなく、一生の累計額で使える金額なのです。確かに贈与税は非課税となりますが、先ほどの甲さんが亡くなったときには、平成25年に贈与した1000万円も、平成26年に贈与した1000万円にも相続税が課税されることになります。

 

[図表3]相続時精算課税制度における非課税枠の考え方
[図表3]相続時精算課税制度における非課税枠の考え方

「贈与税110万円/年」の非課税枠との併用は不可

一方、相続時精算課税制度は一度使うと、自動継続で取消しは一切できません。実務上、よく起きる現象として、相続時精算課税制度を使って贈与をしたあとに、通常の年間110万円の非課税枠を使って贈与をしてしまうケースです。

 

たとえば平成25年に相続時精算課税制度を使って1000万円を贈与したあとに、平成26年に110万円、平成27年に110万円、平成28年に110万円の贈与をしたとします。この場合、この人が亡くなったときには、手元の財産に1330万円の財産を加えて相続税を計算しなければいけないこととなります。

 

このことから何がいえるのかというと、一度、相続時精算課税制度を使った場合には、二度と110万円の非課税枠を使えなくなってしまうのです。通常の生前贈与は110万円までしか非課税となりませんが、その人の財産を減らすことができるので、将来の相続税を減らすことができます。一方で相続時精算課税制度は、贈与税は2500万円まで非課税ですが、結局、すべて手元の財産に足し戻して相続税を計算するので、将来の相続税を減らす効果は一切ないのです。

 

相続時精算課税制度を使ってしまうと、二度と110万円の非課税枠が使えなくなるので、税金の負担を少なくしたいのであれば、この制度は使わないほうがいいのです。

 

[図表4]一度、相続時精算課税制度を使うと、110万円/年の非課税枠は使えない
[図表4]一度、相続時精算課税制度を使うと、110万円/年の非課税枠は使えない

非課税枠の2500万円を超えるどうなるのか?

たとえば、先ほどの甲さんが、平成25年に1500万円、平成26年にも1500万円を贈与したとします。合計3000万円となりますので、非課税となる2500万円を超えることになります。この場合には、2500万円を超えた500万円に対して一律20%の贈与税が課税されます。つまり100万円の贈与税を払わなければいけないのです。この贈与税100万円については、相続が起きたときに、相続税から控除されます。

 

このように、一度、相続時精算課税制度を使った場合には、その後、贈与を受ける都度、必ず贈与税の申告書を税務署へ提出しなければいけないのです。結構大変ですよね。

 

[図表5]相続時精算課税制度の非課税枠を超えたら
[図表5]相続時精算課税制度の非課税枠を超えたら

相続時精算課税制度を利用すべき人とは?

たとえば、3500万円の財産を持っている乙さんという人がいたとします。この乙さんの子どもが自宅を購入することになったので、頭金として1000万円を贈与してあげたいと考えました。しかし1000万円も贈与した場合には、177万も贈与税がかかってしまいます。せっかく、少しでも足しにしてほしいのに、こんなに税金かかってしまっては贈与も断念するしかありません。そんなときにこそ、相続時精算課税です。この乙さんが相続時精算課税制度を使えば、1000万円を非課税で贈与してあげることができます。贈与をしたあとの乙さんの財産額は3500万円から1000万円を引いた2500万円です。

 

[図表6]3500万円の相続資産を持っている乙さんが、相続時精算課税制度を使い、1000万円を贈与したら
[図表6]3500万円の相続資産を持っている乙さんが、相続時精算課税制度を使い、1000万円を贈与したら

 

将来、この乙さんが亡くなってしまったときには、手元の財産2500万円に、贈与をした1000万円を加算した3500万円で相続税を計算することになりますが、3500万円は相続税の基礎控除の金額を下回ります。このようなシチュエーションであれば、相続時精算課税制度は非常にいい制度になるというわけです。

 

[図表7]図表6で相続時精算課税制度を使った乙さんが亡くなり、相続が発生しても、基礎控除額内だから相続税課税の対象外
[図表7]図表6で相続時精算課税制度を使った乙さんが亡くなり、相続が発生しても、基礎控除額内だから相続税課税の対象外

 

また、将来少しだけ相続税がかかりそうな人が、生前中に110万円以上の贈与をしなければいけないような事情がある場合にも、この制度は有効です。贈与する金額にもよりますが、贈与税の負担と相続税の負担を比べて、どちらが有利になるかによっては、あえて相続税で課税するほうが有利になることもあります。

 

 まとめ 

相続時精算課税制度は、贈与をするときには非課税ですが、相続発生時に、非課税にした分を精算して課税する制度です。この制度は節税をしたい人のための制度ではなく、将来的に相続税の心配のない人や、少しだけ相続税の負担が出る人が、110万円を超える生前贈与しなければいけない事情があるときのための制度です。

 

将来的に、財産額がこの基礎控除を下回る見込みの人は、相続時精算課税制度は効果を発揮します。しかし、そうではない人は、この制度を使うと節税にはならないので、「節税にならなくてもいいから早く贈与したい!」という人以外は使わないほうがいいです。

 

この仕事をしていると、本当に相続対策は薬とよく似ていると感じます。いくらよい薬であっても、骨折している人に風邪薬を飲ませても骨は治りません。逆に副作用で身体を悪くするかもしれません。それと同じように、相続時精算課税も、将来的に相続税のかからない人が使えば効果抜群ですが、将来的に相続税がかかる人に使った場合には、むしろ逆効果になることがあるのです。

 

 

橘慶太

円満相続税理士法人

 

 

【動画/筆者が「相続時精算課税の基本」を分かりやすく解説】

 

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