1:受託者には「会計責任」がある
委託者から財産を預かる受託者は、その義務を果たすため、信託財産に係る会計帳簿を作成しなければなりません。そして、毎年1回、信託の決算書(貸借対照表、損益計算書など)を作成し、受益者へ報告しなければなりません。
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また、受託者は信託の法定調書としての信託計算書を税務署へ提出することも義務付けられていますから、その根拠資料として、会計帳簿の作成は不可欠となります。
2:記帳方法
信託の会計帳簿は、決算書及び信託計算書の基礎となるものです。この点、信託計算書には「収益の内訳」と「費用の内訳」を記載しなければなりませんが、これらは各種所得を生み出した財産の種類ごとに内訳と金額を記載しなければなりません。たとえば、不動産からの家賃収入、投資信託からの収益分配金、自社株式からの配当金など所得区分ごとにわけて記録します。
信託の決算は、受益者の所得税の確定申告のために行うものですから、それに役立つものとして会計帳簿を作っておく必要があるのです。
3:会計処理では「税法基準」を採用する
信託の会計帳簿を作成する目的は、受益者の所得税の確定申告に資する情報を記録することです。それゆえ、信託財産に係る会計処理の基準は、企業会計基準ではなく税法基準を採用しなければなりません。すなわち、信託計算書の収入及び費用は、所得税確定申告書の総収入金額及び必要経費と一致するということです。
4:信託計算書
信託の受託者は、「信託の計算書」とその合計表を作成し、翌年1月31日までに所轄税務署へ提出しなければなりません。
その一方で、会計帳簿に信託財産に係る取引記録を残すとともに、信託財産の決算書というべき貸借対照表と損益計算書を作成して、受益者へ報告しなければなりません。この決算に基づいて受益者は翌年3月15日までに税務申告を行います。すなわち、受益者が個人であれば所得税申告、法人であれば法人税申告となり、信託以外の所得と合算して申告を行います。
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これは、受益者が自ら所有している財産とは別に、信託財産に係る決算を行い、その所得を申告するということです。
たとえば、個人の場合、所得税の計算期間は暦年ですから、12月31日までの1年間の所得を申告することになります。この点、信託の計算期間は自由に決めることができますが、個人の所得と異なる計算期間とすれば、信託の決算日から12月31日までの発生した所得の取込みが必要となり、実質的に決算を2回行うことになります。そこで、信託の計算期間は、受益者個人の所得税の計算期間と合わせ、決算日を12月31日とすることが一般的です。
5:不動産所得に係る明細書
信託財産に不動産所得が発生する場合、確定申告書に、以下の2つの書類を添付しなければなりません。
1つは、不動産所得に関して通常添付する青色決算書や収支内訳書です。もう1つは、不動産所得の明細書です。この明細書には、総収入(受取家賃、その他)と経費(管理費、修繕費、固定資産税、減価償却費、その他)を記載しなければなりません。
6:信託財産から利益が発生した場合
信託財産から利益が発生したとき、受益者に対して所得税が課されます。すなわち、受益者が財産を所有しているものとみなして、所得に対する課税が行われます。
受益者が個人の場合、信託財産に属する資産を所有しているとみなされ、そこから発生した所得は受益者に帰属するものとして所得税申告と納税が必要となります。
現金の収受については、受託者が受益者のために収益をいったん受け取り、費用を立替え払いします。そのため、一時的に利益に相当する現金を預かりますが、それを受益者へ渡さなければなりません。
7:信託財産から損失が発生した場合
信託財産から発生した損失は、受益者個人の所得の相殺に利用することはできません。たとえば、信託された賃貸不動産の大規模修繕を行うような場合には、信託財産から損失が発生することになりますが、それによって受益者に生じた損失は、ほかの所得と損益通算することができず、また、繰延べもできません。受益者個人の不動産所得との損益通算もできないのです。
8:確定申告の際の注意点
このような損失利用制限があるため、受益者の確定申告の際には、所得計算をわけなければなりません。
不動産所得が生じる信託財産の場合、受益者は、「信託による不動産所得」に関する賃貸料の明細書と、減価償却費、修繕費、管理費、借入金利息などの経費の明細書を所得税の確定申告書に添付しなければなりません。具体的な作業としては、不動産所得用の青色決算書や収支内訳書を、個人所有の不動産と信託された不動産とに分離して作成することになります。
9:相続と信託契約
受益者の相続が発生したときに、信託を終了するものとした場合、信託財産の受取人(たとえば、相続人)に対して相続税が課されます。信託が終了しない場合、受益権が相続されることになり、その相続人に対して相続税が課されることになります。
個人の財産が受益権によって相続された場合であっても、ほかの相続人の遺留分を侵害することはできません。受益者または受託者に対して減殺請求ができます。
10:受益権の相続税評価額
被相続人の財産が信託されていた場合、受託者に対して相続税が課されるのか、受益者に対して課されるのかが問題となります。
この点、財産に係る経済価値を持っているのは受益者です。受託者は単なる形式的な名義しか有していません。そのため、相続税は受益者に対して課されることになります。財産の所有権は持っていませんが、財産を所有しているものとみなして、相続税が課されるのです。その際、受益権の相続税評価額は、信託財産そのものの評価となります。
11:信託財産に係る特例の適用
小規模宅地の評価減の特例(相続税)、不動産の買換特例(所得税)などの特例を適用することができるかが問題となりますが、これらは受益者が財産を所有しているものとみなして適用することができます。
たとえば、信託財産が賃貸不動産であれば、貸付事業用宅地として50%評価減の特例を適用することもできます。すなわち、信託を行っても課税上の取扱いが不利になることはありません。
12:受益権の贈与と譲渡
受益権は、原則として自由に譲渡(及び贈与)することができます。しかし、受益権が勝手に他者に移転されてしまうと、委託者の当初の目的が達成されなくなる場合も出てきます。そこで、信託契約において、受益権の譲渡制限の定めを設けることができます。
受益権を贈与した場合、受贈者に贈与税が課されます。そして、贈与者の持っていた受益権の一部を贈与したのであれば、結果として、贈与者と受贈者の2人が受益者となります。
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たとえば、当初、父親が自益信託によって受益権を保有していた場合であっても、受益権の一部を息子へ受益権を贈与すれば、父親と息子の2人が受益者となります。
そして、暦年贈与によって毎年110万円相当の受益権の贈与を続け、最終的にすべての受益権を生前贈与してしまえば、無税ですべての相続財産を息子へ承継させることができます。
受益権を譲渡する場合、その第三者対抗要件は、譲渡人が受託者へ通知することまたは受託者が承諾することです。それによって、受託者は、信託目録へ受益者が譲渡人から譲受人に変更されたことを登記します。
ちなみに、信託登記の変更に係る登録免許税は、1つの不動産につき1,000円です。それゆえ、不動産の所有権を譲渡するよりも、不動産の受益権を譲渡するほうが登録免許税は軽くなっています。もちろん、受益権の譲受人に対して不動産取得税は課されません。
岸田 康雄
国際公認投資アナリスト/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/公認会計士/税理士/中小企業診断士