本記事では、章(あや)司法書士事務所代表・太田垣章子氏の著書『家賃滞納という貧困』(ポプラ社)より一部を抜粋し、延べ2200件以上の家賃滞納者の明け渡し告訴手続きを受託してきた著者が実際扱った「家賃滞納」事例を取り上げ、普通の人が貧困に陥らないための予防策やトラブル解決方法を探っていきます。

「家賃保証会社」が無視できない存在となったワケ

身の丈を超えた物件が簡単に借りられる司法書士として賃貸物件のトラブルに関わるようになって、約16年が経ちました。関わり始めた当初こそ、家賃滞納が発生し賃借人への督促に効果がない場合は、連帯保証人を巻き込むというのが普通でしたが、気がつけばいつの間にか、家賃保証会社の存在は無視できなくなっています。

 

古い会社なら設立20年以上にもなる家賃保証会社ですが、実は法規制がなく、日本にいったい何社くらい存在するのか、今のところ誰も把握できていません。中には不動産管理会社が、自社で家賃保証会社を設立しているケースもあります。法規制がないということは資本金の縛りもないわけですから、言わば誰でも家賃保証会社を設立することができます。それゆえに、その実態を把握することは難しいのです。

 

もちろん、家賃保証会社があって助かったという賃借人は、少なくありません。

 

連帯保証人というと、多くの人は実の親を思い浮かべるでしょうが、高齢の場合など、保証できるだけの経済的基盤がないと判断されれば、連帯保証人として認めてもらうことができません。そうなると兄弟姉妹、あるいは親族、もしくは友人などに頼らざるを得ませんが、そういう人たちに頭を下げることに抵抗がある人は珍しくないのです。また、ひとりっ子も増えているため、そもそも身近に経済力のある連帯保証人を探すことが難しいという現実もあります。

 

また、連帯保証人は、印鑑証明書の提出や実印での書類押印、さらには一般的には経済的基盤があるかどうかを確認するために、所得証明の提出も求められます。わざわざ取得に行かねばならない手間がかかる上、自分の所得まで知られるとなれば、よほど良好で親しい間柄でない限り、引き受けるほうも二の足を踏んでしまいます。

 

結果、連帯保証人というのは、頼む方にも頼まれる方にも大きなストレスがかかってしまうものなのです。

 

けれども家賃1カ月分程度の保証料を支払えば、家賃保証会社が利用できます。確かに出費はかさみますが、それで煩わしさから解放されるなら、その方がいいと考える人も多いでしょう。

 

さらに民法が改正され、2020年からは賃借人の連帯保証人の支払い額に、限度を定めなければならなくなりました。そのため今後はさらに家賃保証会社のニーズは増すはずです。

家賃保証会社の「審査の基準」はそれほど厳しくない⁉

とても便利に思える家賃保証会社ですが、実は大きなデメリットがあります。それは、賃借人が身の丈を超えた部屋を借りることを食い止める心理的なハードルを引き下げてしまうということ。連帯保証人が果たしてきた、口うるさいお目付役としての役割が欠けているのです。

 

例えば、月収20万円の我が子から、10万円の部屋を借りたいから保証人になってくれと頼まれたら、普通の親なら「身の程を知りなさい!」と突っぱねるはずです。そうなれば、たとえ不本意であっても、今の自分に相応だと思われる家賃の物件にせざるを得ないでしょう。わざわざ小言を言われたくはないし、そのような物件を借りることを最初から諦めることも多いはずです。

 

ところが、相手が家賃保証会社になると、そのハードルが一気に下がります。

 

ちょっと無理かな、と思うレベルの物件でも、それを借りたいと意思表示をする上での心理的なハードルは、連帯保証人を相手にするよりグッと低くなります。また身の丈以上の物件であっても、家賃保証会社の審査が通ってしまったら払える気になってしまうものです。

 

各社の基準発表がないので断言はできませんが、家賃保証会社の審査の基準はそれほど厳しいものではないというのが私の印象です。そもそも、家賃保証会社だってビジネスです。契約件数を増やさなければ、経営が成り立ちません。競合となる保証会社はたくさんあるので、自分のところが断れば、別の保証会社に客を取られるだけです。

 

もし事故(滞納)があれば、全力で督促して回収すればいいと考え、審査を厳しくしていられないのでしょう。その結果、背伸びした物件が簡単に借りられてしまうのです。

 

家賃は月収の3分の1が相応と言われていたのは、もう過去の話です。今の世の中、理想は4分の1以下にまで抑えなければ、大きなリスクを背負いかねません。

 

外出先で喉が渇けば、コンビニや自販機で飲み物を買えばいい。忙しくて夕飯が作れない時は冷凍食品や惣菜を買えばいい。そんな便利さに私たちはすっかり慣れてしまいましたが、水筒を持って出かけたり、自炊をするより、明らかに費用はかさみます。

 

また、スマホや携帯代金の支払いなど、かつてはなかった必要経費も生まれました。近年の夏の酷暑には、エアコンをつけなければとてもではありませんが太刀打ちできません。だから、当然、電気代も上がります。

 

挙げだしたらキリがありませんが、私たちの生活は以前より、確実にお金がかかるスタイルに変化しているのです。

 

その状態で月収の3分の1に上る家賃を支払うとなれば、傍から見れば豊かに見えても、生活はカツカツになって当然です。貯金をする余裕など残されていません。蓄えがなければ、何かの拍子に家賃が払えない月が出てきても何ら不思議ではありません。そういう人たちにとって家賃滞納とは、毎月直面するリアルなリスクなのです。

 

太田垣章子

章(あや)司法書士事務所代表

家賃滞納という貧困

家賃滞納という貧困

太田垣 章子

ポプラ社

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