日本で少子高齢化が進むにつれ、高齢者の「認知症」についても、深刻な社会問題になってきています。特に相続の面では、認知症により判断能力がなくなると、法律行為(契約の締結など)ができなくなるため注意が必要です。そこで本記事では、岸田康雄公認会計士/税理士が、相続の生前対策として有効な「民事信託」の基礎知識を解説します。

1:相続対策に民事信託を活用したい

資産家の相続対策において、生前対策の重要性が高まってきています。生前対策には3つの側面(遺産分割、納税資金、相続税)があり、総合的に対策を講じなければなりません。

 

しかし、多くの資産承継の事例を見ていますと、生前贈与など従来から存在する伝統的な相続対策だけで十分に解決できない問題に突き当たっているケースが多く見られます。つまり、遺産分割がうまくいかずにトラブルが発生したり、多額の相続税の支払いを強いられて資金繰りに困ったりするケースです。

 

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そこで、活用すべき相続対策の手法が信託(家族信託、民事信託)と一般社団法人なのです。

 

一般社団法人は、登記だけで誰でも簡単に設立することができます。持分のないこと、すなわち、オーナーが存在しないことが最大の特徴ですが、これが相続税対策に強烈な効果をもたらします。富裕層ファミリーの永続的な財産承継や、同族会社の株式承継のために有効に機能します。

 

一方、信託は2007年に信託法が改正されたことにより、個人間でも使いやすいものとなりました。特に、財産管理できない高齢者や年少者のためにご親族が財産を管理・承継する際に活用することができます。これにより、相続生前対策において従来ではできなかったことが多くできるようになりました。

 

これまで、「信託」は、信託銀行が提供する費用の高いサービスだと認識されてきました。しかし、家族信託や民事信託は親族内の契約でのみ効力を発することができる手軽な仕組みです。

 

資産家の相続が増えてきている現在、「信託は難しい」というマイナスイメージだけでなく、積極的に活用すべきものと感じてもらえる環境はできつつあると考えます。相続税の大増税時代において、急速に信託は普及していくものと予想します。

 

しかしながら、これらの手法の有効性が認識されながらも、その知識や経験のない資産家が最初に手にすべき入門書はあまり出版されていません。また、民事信託のみを、それも相続対策に積極的に活用すべきと正面から取り上げた書籍はほとんど見当たりません。つまり、これらの手法は高度な資産税専門の税理士のノウハウとして止まってしまっています。

 

そこで、事業承継コンサルティングを専門とする著者が、実務を通じた経験に基づき、民事信託を相続対策に活用することを考えている読者に対して、わかりやすい平易な文章で解説することを試みます。

2:「信託」とは何か?

信託とは、「信じて託す」、すなわち個人が持っている財産を守りながら、それを人に預けることです。具体的には、本人が自分で財産を管理することに不都合が生じた場合、人に財産を預け、預かった人がその財産の管理を行いながら、そこから生じた便益を本人に渡してあげる仕組みのことをいいます。

 

「信託」と聞いて馴染みがないという方も多いでしょう。しかし、実は読者の皆さんも日常的に信託の仕組みを活用しているのです。

 

証券会社で投資信託を買ったことがありませんか? 実は、投資信託は「信託」の仕組みを使って、金融機関に皆さんの資金を「信じて託して」いるのです。

 

金融商品としての投資信託は、投資家から預かった資金を使って株式や債券などへの投資を行い、そこから獲得した利益を投資家に分配する仕組みです。

 

[図表1]「信託」とは?
[図表1]「信託」とは?

 

その際、資金を運用したいと考える投資家は、直接に株式や債券を購入しているわけではありません。投資信託の受益証券を購入しているのです。すなわち、投資の専門家である運用会社が行っている株式投資や債券投資に参加して、株式や債券への投資から生じた利益を受け取る権利だけを購入しているのです。

 

これによって、数多くの投資家から多額の資金を集め、効果的かつ効率的な金融商品投資を行うことができ、個人単独で投資する場合よりもリスクを抑えつつ高い利回りを期待することができます。

 

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複雑でわからない、難しい、馴染みがないと思われている「信託」ですが、実は皆さんはすでに「信託」の受益権を購入し、日常生活ですでに活用しているのです。

3:死亡保険金の信託の仕組み

生命保険信託とは、生命保険の死亡保険金を受け取る権利を信託することをいいます。たとえば、親が契約者かつ被保険者となっている保険契約の死亡保険金が信託銀行に支払われるようにします。子供は受益者として、相続発生後、信託銀行から現金を受け取るという仕組みです。これによって、子供が多額の現金を一括して受け取り、それを浪費することを防ぐことができます。生命保険信託は、以下の順序で機能させます。

 

①信託契約を締結する前の段階で、保険契約の受取人=契約者とする保険契約に加入します。

 

②「死亡保険金請求権」を信託財産として、受取人=契約者を「委託者」、信託銀行を「受託者」、親族(子供など)を「受益者」とする信託契約を締結します。この際、死亡保険金請求権の時価はゼロですので、贈与税はゼロ円と計算されます。

 

③保険会社に対して受取人を信託銀行に変更する手続を取ります。

 

④相続が発生しますと、信託銀行が保険会社に対して死亡保険金の支払請求を行い、保険金を受領します。

 

⑤信託銀行は受け取った現金を管理、運用します。

 

⑦受益者である親族又は指図権者・同意者からの指図に従い、信託財産である現金を交付します。

 

[図表2]生命保険信託:プルデンシャル生命保険の例
[図表2]生命保険信託:プルデンシャル生命保険の例

4:相続対策の3本柱とは?

相続対策には3つの柱があります。①円満な遺産分割、②納税資金の確保、③相続税対策です。資産承継対策はこの順序で検討しなければなりません。つまり、遺産分割が最も重要な課題なのです。

 

[図表3]相続対策の3本柱
[図表3]相続対策の3本柱

5:遺産分割とは何か?

保有する財産が容易に分割できない資産であった場合、遺産分割の問題が発生します。たとえば、大きな自宅、賃貸用オフィスビル、賃貸用マンションです。また、非上場の自社株式も分割すれば支配権争いの問題をもたらします。

 

民法は「法定相続分」を定めていますが、必ずしも法定相続分に応じた遺産分割を行う必要はなく、相続人による遺産分割協議によってわけることもできます。これは遺言書がある場合も同様です。遺言書と異なる分割も可能なのです。それゆえ、遺産分割を巡る相続間の争いは避けられません。

 

この点、遺産分割の争いを避けるため、相続人のなかの1人に集中して承継させようとすれば、ほかの相続人の遺留分の侵害という問題が発生します。

 

これに対して、分割せずに仲良く共有という発想もあります。しかし、資産を共有している状態では、各人が資産を自由に使用収益及び処分することができません。

6:遺産分割における民事信託の有効性

そこで、有効な手段となるのが民事信託です。親族間で信託契約を締結すれば、法的な所有者を誰か1人に集中させることができる一方で、経済的な利益を享受できる権利を複数の人たちで共有できるのです。

 

これによって、経済的に共有されている資産であっても、1人の意思によって自由に使用収益及び処分できるようになります。

 

 

岸田 康雄

国際公認投資アナリスト/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/公認会計士/税理士/中小企業診断士

 

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