2065年には、4529万人にまで落ち込むと推測されている日本の生産年齢人口。「売り手市場」となった今、人材集めに奔走する中小企業経営者も多いことだろう。本記事では、税理士/社会保険労務士のダブルライセンスを持ち、企業への助言を行う寺田慎也氏が、中小企業の厳しい現状を解説する。

人材不足の三重苦に晒される中小企業

中小企業の経営課題を突き詰めると「ヒト」に行き着く──そう言っても過言ではないほど、いま中小企業は人材不足の悩みを抱えています。中小企業基盤整備機構が行ったアンケート調査「人手不足に関する中小企業への影響と対応状況」によると、中小企業の7割以上が「人手不足を感じている」と回答。そのうち5割以上は、人手不足の度合いが「深刻」または「かなり深刻」と答えています。

 

なぜ中小企業はここまで人手が足りないのか。そこには「採用できない」「定着させられない」「育てられない」という3つの要因が複雑に絡んでいます。

 

これを言っては元も子もありませんが、そもそも募集しても応募者が集まらないという事情があります。就職先としてベンチャー企業や中小企業を選択する学生が増えているとはいえ、実態としてまだまだ大手志向が根強いです。

 

日本を代表する大企業がアジアの会社に買収されたり、大量リストラが頻繁に行われたりしている昨今でも、「待遇がよさそう」「安定している」といったイメージから、依然として新卒者の大手志向は高止まりを続けているのです。

 

さらに、中小企業では新卒者だけでなく中途採用でも苦戦を強いられています。[図表1]は転職者の状況を示した『中小企業白書』(2017年度版)のデータです。このグラフを見ると、大企業から中小企業への転職に比べ、中小企業から大企業への転職が大幅に増えているのが分かります。つまり、たとえ優秀な人材が中小企業に入ったとしても、次の転職先として選ばれるのは、やはり中小企業ではなく大企業だということです。

 

[図表1]前職の従業者規模別に見た、現職の企業規模別転職者数の推移 資料:厚生労働省「雇用動向調査」より作成 出所:中小企業庁『中小企業白書』(2017年版)
[図表1]前職の従業者規模別に見た、現職の企業規模別転職者数の推移
資料:厚生労働省「雇用動向調査」より作成
出所:中小企業庁『中小企業白書』(2017年版)

 

大企業への転職を希望する人の多くは、その理由として「収入が少ない」「労働条件が悪い」ことを挙げています。では賃金などの待遇を改善すれば中小企業の定着率が上がるのかといえば、それほど単純な話ではありません。「ワーク・ライフ・バランス」を重視する人が増えている昨今、労働時間や福利厚生など、労働条件が劣悪な状況のままでは人材流出を食い止めるのは難しいと言えるでしょう。

 

こうして中小企業に人材が定着せず人材の入れ替わりばかりが進むと、技術やノウハウの継承はスムーズに進みません。そうこうしているうちにベテランが退職する時期を迎えれば、若手を育てる人材自体もいなくなってしまいます。

人材不足は企業の存亡にも関わる最大の経営課題

大企業の雇用者数の拡大に伴って、中小企業の従業員はどんどん少なくなっています[図表2]。具体的には、ここ20年で従業員数500人以上の規模の企業では従業員数が約382万人増加している一方、29人以下の規模の企業は従業員数が約215万人減少しているのです。

 

[図表2]従業者規模別非農林雇用者数の推移 資料:総務省「労働力調査」 出所:中小企業庁『中小企業白書』(2017年版)
[図表2]従業者規模別非農林雇用者数の推移
資料:総務省「労働力調査」
出所:中小企業庁『中小企業白書』(2017年版)

 

従業員数の減少は企業力の低下につながり、より応募者が来なくなるという負のスパイラルを生み出します。人材不足に悩む多くの中小企業は、早急に対策を打たなければならない状況にあると言えるのです。

 

事実、『中小企業白書』(2017年度版)によると、「中核人材の不足による経営への影響」として、「新事業・新分野への展開が停滞」「需要増加に対応できず機会損失が発生」「現在の事業規模の維持が困難」「技術・ノウハウの承継が困難」などが上位に入っています。さらに帝国データバンクは2017年7月、「人手不足が原因の倒産件数は4年前の2.9倍に増加」というデータを公表しました。

 

このように、人手不足の問題はただ「人手が足りない」という表層的な部分に留まりません。経営の悪循環を引き起こすきっかけとなり、企業の持続的成長を阻んでしまうという点に本質的な問題があるのです。その意味で、人材不足は企業の存続をも脅かす最大の経営課題であると言えるでしょう。

「働き方改革」に取り組みたくてもコスト負担が重い

いま日本は「生産年齢人口の減少」と「労働生産性の低さ」というダブルの課題を抱えています。その結果、人材不足による経営へのダメージは今後さらに大きくなっていくと考えられます。

 

国立社会保障・人口問題研究所によると、日本の生産年齢人口は8700万人を超えた1995年をピークに減少に転じ、2065年には4529万人にまで落ち込むと推測されています。

 

限られたパイを奪い合うなかでは、前述の「賃金」や「労働環境の改善」が欠かせません。そこでいま着目されているのが「ワーク・ライフ・バランス」です。現在、政府は一人ひとりが多様な働き方を選択できる社会の実現を目指し、企業に向けて「働き方改革」を提唱しています。具体的には「非正規雇用の処遇改善」「賃金引き上げと労働生産性向上」「長時間労働の是正」「柔軟な働き方がしやすい環境整備」などの分野についての対策が検討されています。

 

大企業の多くは潤沢な資金を元手にすでに対策を講じていますが、中小企業にとっても必要な改革であることは間違いありません。しかし労働環境の整備や賃金待遇の改善には相応のコストが不可欠です。大企業と比べて資本力の乏しい中小企業はそのコスト負担の問題をクリアできない以上、改善策を講じたくても一歩を踏み出すことはできません。

 

「働き方改革」への対応が難しい場合、少ない人手でいかに効率良く利益を上げられるかがカギとなります。しかしこちらも簡単には解決できない問題です。

 

日本の時間当たりの労働生産性はOECD加盟35カ国中20位の46.0。OECDの平均値51.9を下回っています。さらに主要先進7カ国で見ると、1970年以降、およそ50年にわたって最下位の状態が続いています。経済のグローバル化が定着したいま、日本は働き方を早急に見直さなければならないのは言うまでもありません。

 

かつての日本では長時間労働が黙認されていましたが、現在は企業に労働者の人権や健康を守る義務があります。ヒトの配備や作業の見直しなど、抜本的な改革なしに効率を上げることは困難であり、結局は人手とコストが足りないという問題に戻ってしまうのです。

労働条件の整備に加え情報発信にも問題を持つ中小企業

大企業と中小企業の「情報格差」も見逃すことはできません。インターネットが普及する以前、就活生や転職希望者の一番の情報源は学校の就職課やハローワークなどでした。実際に事務所などに足を運び、情報を得て、ハガキや電話で会社説明会や採用面接に応募していたのです。もちろん誰もが知る大企業に応募が集中する状況はいまと変わりありませんでしたが、情報の格差という意味では現在ほどの開きはありませんでした。

 

ところがインターネットが普及したことで、就活生はさまざまな企業情報を容易に入手できるようになりました。職種や賃金に加え、働き方や口コミ評価などから、本当に自分に合った会社なのかを事前にある程度調べられるようになったのです。結果、多くの情報を発信している企業の注目度が高まる一方、情報が不足している企業への関心は低くなるという、二極化が生じています。

 

「検索」という能動的なアクションは、「知りたい」というニーズそのものです。ですから、企業側がその欲求に応えれば、求職者は興味を持ち「応募」という次のアクションを起こす可能性が高くなります。反対に、ニーズに応える情報をうまく発信できない企業は、インターネット上では「無」、つまり存在意義のない企業になりかねません。

 

その点でも資金力のある大手は有利です。そもそも、すでにブランド力やネームバリューがあるうえ、多額の資金を投じて複数の求人サイトへの登録やリクルート専門コンテンツの作成など、さまざまな方法で求職者に訴求できるでしょう。

 

一方の中小企業では、前述の労働環境整備と同じく情報発信のためのコストを捻出するだけでも一苦労というところが少なくありません。大企業志向が根強いとはいえ、他社にない技術を持つ中小企業で働きたいという優秀な若手は一定数いるものです。中小企業がそうした人材を迎え入れるためには、一にも二にも〝知ってもらう〟ことが第一条件です。にもかかわらず、情報の発信力が弱いために、その最初の関門を突破できないのです。

 

マイナビによると、企業が新卒採用で投じるコストは一人当たり50万円が相場となっています。この金額は大手も中小企業も大きくは変わりません。仮に5人採用するとすれば250万円。この採用活動費に情報発信コストもプラスするとなれば、その負担に耐えられる中小企業の数は限られてくると言わざるを得ないでしょう。

中小企業の人材コストは国の助成金で払いなさい

中小企業の人材コストは国の助成金で払いなさい

寺田 慎也

幻冬舎メディアコンサルティング

経営者は公的支援をフル活用して業績を向上させよ! 税理士・社労士資格を有する経営コンサルタントが豊富な実例をもとにわかりやすく解説。

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