東日本大震災後の「病院の災害対策」…浸水から建物を守る方法

東日本大震災や熊本地震では、天井・床・壁のみならず、飲用の受水槽までもが破損し、休診を余儀なくされた病院が多くありました。このような経験を踏まえ、二次災害による被害拡大を未然に防ごうと、地震対策をする病院が増えています。本記事では、病院・介護施設などの設計のを得意とする久米設計の病院設計タスクチームが、病院の地震対策について解説します。

大地震でも中断せずに医療を継続

災害対策でまっ先に念頭に浮かぶのは地震対策です。1981年、建築基準法改正で新耐震基準が定められました。同年以降に新築された病院は必然的に新耐震基準を満たした建物となり、昨今続いた震災でも新耐震基準の建物には被害が少なかったと報告されています。

 

2017年に実施された厚生労働省「病院の耐震改修状況調査の結果」によると、「すべての建物が新耐震基準」だという病院は全体の71.5%でした。「一部の建物が新耐震基準」という病院は8.3%、「新耐震基準の建物がない」病院は1.7%存在します。

 

[図表1]建物の新耐震基準の適応状況
[図表1]建物の新耐震基準の適応状況
出所:「病院の耐震改修状況調査の結果」(厚生労働省/2017年)より作成

 

病院側はもちろん耐震補強工事の必要性を感じているはずです。しかし、「費用調達が困難」「診療業務との両立が困難」という理由で補強工事を先送りしたり、「建替え計画で対応する」と回答している病院もあります。

 

[図表2]補強工事をしていない理由 出所:「病院にける災害対策の実施状況に関する研究(工学院大学/2012年)より作成
[図表2]補強工事をしていない理由
出所:「病院における災害対策の実施状況に関する研究(工学院大学/2012年)より作成

 

では、いざ建替えとなったとき、病院側が選べる建物の地震対策にはどのようなものがあるのでしょうか。耐震構造、免震構造、制震構造の3工法の特徴を[図表3]にまとめてみました。

 

[図表3]工法による地震対策の違い 出所:久米設計 病院設計タスクチーム調べ
[図表3]工法による地震対策の違い
出所:久米設計 病院設計タスクチーム調べ

 

病院設計において免震構造が普及した背景には、1994年にアメリカ・ロサンゼルスで起きたノースリッジ地震の教訓がありました。耐震構造のオリーブ・ヴュー病院は機能停止に陥り休業する事態になりましたが、免震構造の南カリフォルニア大学附属病院では病院機能を継続できたのです。

 

これをきっかけに、アメリカでは免震構造の病院が増加していきます。ノースリッジ地震の1年後に阪神・淡路大震災が起き、その後、新潟県中越沖地震や東日本大震災、熊本地震と続き、大災害時に病院が果たすべき機能の重要性が、日本でも事あるごとに論じられてきました。

 

ただし、免震構造には多額の導入費用がかかります。「いかにコストを抑えて導入するか」が病院にとっても設計会社にとっても課題であり、免震装置の台数を少なくするために建築面積を減らし、高層化させるなどの手段を講じることもあります。災害拠点病院や地域支援病院では、すでに相当数が免震構造を実現していますが、それ以外では導入コストを考えながら病院と設計会社の協議で決めていくケースが多いのが実情です。

何も漏れない、浸水もしない「水密区画」

宮城県石巻市の《石巻市立病院》の移転・新築計画は、東日本大震災の発生後、久米設計の病院設計タスクチームが最初に携わった新規プロジェクトです。

 

この事例では想定津波水位から算出した、水没しない位置に免震層を置く「中間免震」を採用しました。通常は建物の基礎部分に免震装置を置く「基礎免震」が一般的ですが、万が一、津波が発生して浸水したり漂着物が押し寄せたりすると、免震性能が十分に機能しないことも想定されます。そこで今回は2階部の柱に免震層を設置しました。

 

そもそも法律で定められた耐震基準は必要最低限の基準であり、建物が倒壊しないことを目標にしたにすぎません。しかし、病院では、建物だけでなく、医療の機能を維持しなくてはならないのです。このため、一般の建物の安全係数を1とするなら、病院では最低でもその1.25倍を確保することを標準としています。

 

ここでもうひとつ、地震対策に関連して、津波対策に比重を置いた事例をご紹介します。《地域医療機能推進機構大阪病院》です。建物の老朽化が著しく進んでいたため、全面建替えを計画しました。ところが、この整備計画がスタートする直前に東日本大震災が発生したため、一般的な病院建設から一歩踏み込み、急きょ津波災害対策まで考慮したプランを目指すことになりました。

 

病院設計タスクチームは、前提となる水害レベルを設定しました。淀川や大和川といった大きな河川と海に囲まれた大阪市は、市街地の9割までが平坦な低地です。中でも病院の建つ大阪市福島区は、ほぼ0メートル地帯で、大雨や津波による水害時にはその弱点を露呈します。

 

計画当時、行政当局による津波被害のハザードマップは未発行だったため、タスクチームは津波が起こったときの浸水の深さを最大でGL(グラウンド・レベル)10メートルと想定。最悪の場合、3階の床上まで水が届くと設定したのです。

 

考えうる限りの水害対策を行うと、コスト面での負担が大きくなりすぎます。守るべきものの優先順位を検討した結果、地下1階にある放射線治療部門と核医学部門、排水処理室の周囲は、RC躯体と水密扉を使用した水密区画にして厳重にガードしました。河川氾濫時の想定水位以上となる1階天井裏までにRC造の遮蔽壁を立ち上げたほか、壁や床を貫通する配管とケーブルの隙間には発泡ウレタンを注入するなど止水処理を行いました。

 

諸設備を上階に移設すれば浸水を回避できるように思われますが、放射線治療部門と核医学部門は、強い放射線の漏洩を防止するために、厚いRC壁で覆うのが前提になっています。とてつもなく重いこの設備をすべて上階に移設すると、建物全体の重心が崩れてしまうのです。

 

こうした点を踏まえて、何も漏れない、浸水もしない水密区画を設けたのです。ハンドルを回して操作する水密扉は、ひとりでも操作が可能で、全部で6カ所設けました。津波の場合、海水が到達するまでタイムラグがあるので、その時間を利用して担当者が閉めに行くことになります。

 

[図表4]≪地域医療機能推進機構大阪病院≫津波対策用「水密扉」
[図表4]≪地域医療機能推進機構大阪病院≫津波対策用「水密扉」

1932年、建築家・久米権九郎によって創立された≪久米設計≫では、「人と社会への貢献」の理念のもと、「建築設計・監理」にとどまらず、「各種マネジメント&ソリューション」「環境設備エンジニアリング」「構造エンジニアリング」を柱にしたトータルソリューション業務を展開。おもに、事業の企画段階から設計、竣工後の運用アドバイスまで、一貫したサービスを提供している。とくに、業界に先駆け、同社内に「医療福祉設計部」を立ち上げるとともに、病院・介護施設などの設計プロフェッショナルたちが集まる「病院設計タスクチーム」では施主が抱える様々な課題解決を目指し、トータルな医療福祉コンサルティングサービスに取り組んでいる(写真は常務、執行役員の佐藤基一氏)。

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