充分な説明ができないと高い所得税を課税される⁉
ここでお話しするお客様は、かなり利益率の高い事業会社のオーナーで、保険会社からの提案を受け、数ある生命保険の中でも節税メリットの非常に高い、低解約返戻金型の生命保険を使った節税スキームを積極的に活用していました。
低解約返戻金型の生命保険とは、一定の期間は解約返戻金の金額が低く抑えられ、その期間が終わると解約返戻金が急激に増加するように設計された生命保険の一種のことですが、これを使った「同族会社からオーナーへの財産移転」が数多く行われています。
このスキームは、財産評価のルール上、生命保険契約の「時価」は「解約返戻金」とされていることを活用し、解約返戻金の金額が低く抑えられている時に、その低い解約返戻金で保険を評価して、会社からオーナーに売却し、解約返戻金が高く戻ったあとに、オーナーがその保険を解約することで多額の現金をオーナーに低税率で移すことができる仕組みでした。つまり、同族会社で経費を計上しながら、会社からオーナーに低税率で財産を移転する手段として用いられています。
このようなスキームは税務上のメリットが確かに大きいのですが、同族会社が翌年には解約返戻金が格段に上昇するような保険を、その当時の解約返戻金でオーナーに移転する理由の説明を税務署から求められることがあります。
そして、十分な説明を行うことができないと、オーナーに移した際に「時価よりも安く譲渡したのだから役員報酬だ」と高い所得税を課税されたり、同族会社とオーナーとの間で行われた保険を譲渡する取引自体が否認されて、税務メリットが完全に消滅することもありえます。
この低解約返戻金型の保険を使ったスキームの最も大きな課題は、「同族会社がなぜオーナーに低い解約返戻金で譲渡する必要があったのか、その『経済合理性』をどのように説明するか」です。
これまでのところ、税務署がこのスキームを実際に否認してきた事例は聞いたことがありませんが、税務調査の中で厳しく追及され、顧問税理士が修正申告に応じるように言ってくるケースは多くあります。解約返戻金が低い期間中に、オーナーに名義を変更する必要性を十分に説明できるようにしておくか、このような複雑なスキームの税務調査にも対応できる税理士を入れておくことが大事なのです。
この方の失敗は、このような税務署から指摘されやすいスキームを使っているにもかかわらず、経理処理だけをただ淡々と処理する税理士を顧問に入れていたことでした。保険などの金融商品や不動産は非常に難しいものですが、それに伴う税務リスクを十分に理解した上で対策を取っていく必要があります。
しかし、残念ながら多くの税理士にとって、不動産や保険というのはあまりに自分の仕事(一般的な経理処理と税務処理)とかけ離れたものであるが故に、まったく理解できていない、またはわからないからそれらを使った対策を反対するケースが多くあります。節税対策に知識や意識を持たない専門家や、よくわからないから反対するような専門家はあてになりません。不動産や保険の複雑なスキームに付随する税務リスクについて、複雑なスキームを理解した上で対応ができる「資産に関するプロフェッショナル」を探すことが大事です。
「制度の穴」が防がれると機能しない対策は意味がない
他にも、その時には有効な節税手法としてコンサルタントから提案を受け、税理士にも相談しながら実行したものの、多額の報酬を払ったにもかかわらず、その後に法改正が行われ税金対策としての効果が出なくなったり、弊害だけが残るケースも少なくありません。
少し前まで、「一般社団法人」を使った相続税対策がよく取られてきました。この相続税対策は、一般社団法人の特徴を利用した次のようなものです。
一般社団法人の特徴
1.簡単に設立できる
2.出資持分がない
特に2つ目の「出資持分がない」ことから、親から法人を引き継いでも相続税の課税対象にはならないとされてきました。つまり、「一度、一般社団法人に資産を移してしまえば永久に相続税がかからない」という考え方があり、一般社団法人を使った相続税対策が広まったのです。
これまで、一般社団法人を使った相続税対策は、次のような方法で行われてきました。
親が一般社団法人を設立して収益物件や自社株式などの資産を移すと、その時に贈与税や譲渡所得税などの税金が課税されるのですが、資産が個人の財産から切り離されます。その後、親が死亡した時は、一般社団法人のオーナーを親から子供に交代して一般社団法人を子供が引き継ぐと、子供は法人とともに法人の資産を引き継ぐことができます。子が死亡した時も同様にして孫に財産を引き継がせることができます。この相続の時、一般社団法人には持分がないため、相続税は課税されないというものでした。
つまり、一度財産を親から一般社団法人に移転する時に税金を払ってしまえば、その後は相続税を負担せずに何代にもわたって資産を承継することができると考えられ、相続税対策として採用されてきたのです。
しかし、相続税理論からすると課税当局が一般社団法人に対して課税することはもともと可能であったという見解もあり、この対策は当初から大きなリスクのある方法でした。それに加えて、2018年の税制改正ではこのような相続税対策にハッキリとNOが突きつけられたのです。
一般社団法人を親族で支配している場合は相続税が課税されることになり、個人から一般社団法人に資産を移転する時の課税規定が明確になりました。つまり、次の要件のいずれかにあてはまる一般社団法人(一般財団法人も含む)の理事が死亡した時は、一般社団法人に相続税が課税されることになったのです(法人に相続税がかかるというのに違和感を感じる方もいるかもしれませんが……)。
1.相続の直前で、役員に占める同族役員の割合が1/2を超える
2.相続の前の5年間で、役員に占める同族役員の割合が1/2を超える期間が合計3年以上あった
なお、過去5年以内に理事であった人が死亡した場合も同様に一般社団法人に相続税が課税されます。しかし、相続税対策の本質を考えた場合、以前からこの対策がいずれ完全に使えなくなることは明白でした。
はっきり言いますが、このような一般社団法人を使った税金対策などは本質的な相続税対策になるわけがありません。なぜなら、相続税は実際に相続が発生した時にかかる税金です。相続が将来発生する時まで、制度の穴が防がれない保証などまったくないのです。
生前に対策が完了したからといっても、実際に相続する時が来るまでに税制改正が行われたら効果は吹き飛ぶのです。にもかかわらず、対策を実行した時点で多額の報酬を払っていたら目も当てられません。このような失敗をしないためには、長期にわたって効果が見込める対策かどうかを十分に吟味する必要があるのです。
その瞬間がよくても、制度の穴が防がれた時に効果がなくなるばかりか、元に戻せなくなるような対策は取るべきではありません。この一般社団法人の対策は、そういう意味で、最悪な対策のひとつと言えるでしょう。
曽根惠子
公認不動産コンサルティングマスター 相続対策専門士
保手浜洋介
税理士法人アレース 代表社員