長期目標として2050年80%の温室効果ガス(GHG)排出量削減を目指す日本、エネルギー安全保障を最重要課題と定め、水素・燃料電池政策を積極的に進めている米国。欧州では、競争力ある低炭素経済へと展開するエネルギー技術の一環として、水素・燃料電池技術を位置づけているが、その具体的な政策や進捗はどうなっているのか。本記事は、『第三次エネルギー革命』(株式会社エネルギーフォーラム)より一部を抜粋し、再生可能エネルギーの行方とそこに見えるビジネスチャンスについて、世界最大級のグローバル経営コンサルティング会社、デロイトが解説する。

国境を越え、官民連携で技術開発・検証を行う欧州

欧州における水素・燃料電池技術は、競争力のある低炭素経済へ展開するためのエネルギー技術の一環として取り組まれている。水素・燃料電池開発プログラムの中心となっているのは、第2期燃料電池水素共同実施機構(FCH 2 JU)であり、2014~2020年にかけて実施される新たな研究開発・イノベーション推進枠組みであるHORIZON 2020のもと、欧州における水素・燃料電池技術開発支援の主体を担うものである。なお、第1期燃料電池水素共同実施機構(FCH JU)は2008~2013年にかけて、FP7の資金提供のもと実施された(図表1)。

 

[図表1]欧州における水素関連政策の推移 ※2020年までにエネルギー消費20%削減・再生可能エネルギー20%導入・温室効果ガス20%削減、2050年までにエネルギーシステムを脱炭素化
[図表1]欧州における水素関連政策の推移
※2020年までにエネルギー消費20%削減・再生可能エネルギー20%導入・温室効果ガス20%削減、2050年までにエネルギーシステムを脱炭素化

 

FCH 2 JUは、水素・燃料電池をエネルギー・交通システムを担う技術とすることを目指しており、「欧州水素・燃料電池技術ロードマップ2014~2020」に基づき、製造から利用までの全サプライチェーンに対応した技術開発・実証プロジェクトを実施している。交通システム・エネルギーシステムの2テーマを基準としつつ、双方のテーマを補完する分野横断的プロジェクトや双方を包括したプロジェクトが展開されている。これらのプロジェクトは、EU加盟国の研究機関・民間企業・大学などが国境を越えて組成したコンソーシアムにより実行されている。

 

欧州における水素・燃料電池技術開発の特徴は、再生可能エネルギーから製造した水素について、多様な利用法を見据えている点にある。再生可能エネルギー発電の余剰電力を利用して製造した水素の主な用途としては、①メタンガスを製造して利用するPower to Gas、②燃料電池自動車用の燃料として利用するPower to Fuel、③石油化学などの産業用ガスとして利用するPower to Chemical、④燃料電池により発電を行うPower to Powerの4点が検討されている(図表2)。

 

[図表2]欧州における水素の活用方法 出所:伊トリノポリテクニカ大学、仏McPhy energy社へのインタビュー、各種公開情報
[図表2]欧州における水素の活用方法
出所:伊トリノポリテクニカ大学、仏McPhy energy社へのインタビュー、各種公開情報

 

②Power to Fuelや④Power to Powerは、日本や米国でも想定されている用途であるが、メタンガスとして利用する①Power to Gasや産業用ガスとして利用する③Power to Chemicalは、欧州が世界に先駆けて取り組んでいる領域と言える。

代表的なPower to Gasのプロジェクト、Audi社の例

ここでは、代表的なPower to Gasのプロジェクトの例である、ドイツAudi社のe-gasプロジェクトを紹介しよう。世界初の工業規模のPower-to-Gas工場であり、ETOGAS GmbHとMT-BioMethan GmbHとの共同事業としてドイツのザクセン州南部のヴェルルテに建設された。工場では、風力発電により製造された電力を利用して、水の電気分解を行い水素が製造される。

 

次に、隣接するバイオガス工場から排出される高濃度CO2と水素を化学反応させることにより、化学合成メタンガス(Audie-gas)が生成される。こうして生産されたAudi e-gasは、化石燃料である天然ガスと同様の性質を持ち、ドイツ国内に巡らされた既存の天然ガス供給ネットワークを経由して圧縮天然ガス(CNG)ステーションに搬送され、CNG車であるAudi A3 Sportback g-tronへと供給される。

 

このAudi e-gas精製過程で廃熱が発生するが、隣接するバイオガス工場へ熱を供給し、再利用されることで隣接工場でのエネルギー消費を抑えることにも貢献している(図表3)。

 

[図表3]各国主要プロジェクト参加企業の俯瞰図
[図表3]各国主要プロジェクト参加企業の俯瞰図

 

このように再生可能エネルギーを利用した水素からメタンガスを製造することで、既存のインフラを活用しつつWell to WheelでのCO2排出量を95g-CO2/kmから20g-CO2/kmに削減することが可能となっている(Well to Wheelとは、一次エネルギーの採掘から車両走行までの意味)。

 

さらに、ドイツでは、電力市場における再生可能エネルギーのシェアが急速に拡大しており、発電量に大きなバラつきが生じているため、電力網の需給バランスを調整することが求められている。そのような状況の中で、このAudi e-gasプラントは、電力網の需給バランスを調整することが可能であり、電力網の制御を手がけるオランダTenneT TSO社から認定を受け、電力網制御会社が整備している電力需給バランス市場にも参入が許可されている。

 

このように、Power to gasは、水素から代替燃料を製造することで、既存のインフラを利用して社会の低炭素化を図るとともに、再生可能エネルギーの導入拡大にも貢献するコンセプトとなっている。 

プロジェクトは日・米・欧で400超

これまで述べてきたように、経済大国と言われている日本や米国、欧州において、背景や特徴は異なるが、それぞれ水素・燃料電池関連の技術開発・実証が展開されている。デロイト トーマツ コンサルティングでは、2015年度中に終了、又は実施中の各国主要プロジェクトについて、調査を実施した(図表3)。

 

研究開発テーマは、再生可能エネルギーを利用した水素製造関連技術を扱う①CO2フリー水素普及拡大、貯蔵・輸送・供給関連の技術を扱う②水素インフラ拡大、心臓部となるFCシステム関連技術を扱う③FC開発、アプリケーションの開発を目指す④FC展開と社会への水素・燃料電池アプリケーションの実装を行う⑤水素社会モデル構築の5テーマに大きく分類している。

 

2015年時点の数値を比較すると、プロジェクト数は、②水素インフラ拡大と③FC開発に集中していることがわかる。但し、②水素インフラ拡大と③FC開発の領域は大学などの研究機関が多数参加しており、企業数は必ずしも他領域よりも大きいとは限らない。プロジェクト数の②水素インフラ拡大と③FC開発への集中は、2014年末にトヨタ自動車から燃料電池自動車が発売されたことからわかるように、水素・燃料電池関連技術は実用段階に入り始めたばかりであり、依然として基幹となるインフラ技術の確立や低価格でのFCシステム製造が課題となっているためと想定される。

 

例えば、輸送・供給技術に関しては、圧縮水素が実用化に最も近いものの、既存の化石燃料と比較した場合に価格競争力を実現できておらず、輸送・貯蔵効率の観点から液化水素や吸蔵合金などの技術が優位性を持つ可能性もあり、現在もスタンダードとなる方式が各国で争われている状況にある。

 

日本は、独自に有機ハイドライドなどに注力する一方で、ドイツでは、BMW社とLinde社が開発する液化水素と圧縮水素の中間となる低温水素といった新しい技術を開発しており、今後もインフラ関連の技術開発競争は激しさを増していくだろう。

 

そして、日本では、2020年頃に現在の化石燃料と同等の水素価格、2020年代半ばに既存アプリケーション並みの価格実現を目指すとしている。これは、欧州や米国とも共通しており、2020年頃までは、現状と同様にサプライチェーンの基本となる水素輸送・供給領域とアプリケーションの心臓部分を担うFCシステムの研究開発・実証プロジェクトを中心に実施されていくと想定される。

 

当たり前ではあるが、水素社会の根幹となる輸送・供給インフラとアプリケーションの中核を成すFCシステムの確立が想定される2020年代後半から、多様なアプリケーションの開発や水素社会モデルの実装に関するプログラムへと研究開発・実証の主軸はシフトしていくだろう。

 

 

 

第三次エネルギー革命

第三次エネルギー革命

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社

株式会社エネルギーフォーラム

水素社会の夜明け前。世界最大級のグローバル経営コンサルティング会社、デロイトが描く「未来予想図」はこれだ! 第1章 はじめに 第2章 「2℃上昇抑制」に向けた本気の挑戦の始まり 第3章 持続可能なエネルギーシステム…

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