各国が国家プロジェクトとしてしのぎを削る、水素・燃料電池技術の開発。いよいよ「水素社会」の夜明けは目前だ。果たして覇権を握る国・企業はどこか? 本記事は、『第三次エネルギー革命』(株式会社エネルギーフォーラム)より一部を抜粋し、再生可能エネルギーの行方とそこに見えるビジネスチャンスについて、世界最大級のグローバル経営コンサルティング会社、デロイトが解説する。

日米欧だけでも、600社超の企業が研究に取り組む

水素・燃料電池技術は、再生可能エネルギーが主導する世界において、重要な役割を果たすことが期待されている。

 

1800年代に英国で燃料電池の原理が発明されて以来、米国における宇宙開発や日本における省エネルギー計画などをきっかけに、各国で様々な研究開発が成されてきた。

 

現在は目的が変わりつつも、国家が主導する研究開発は継続されており、近年の水素・燃料電池に関する研究開発競争は激しさを増している。経済大国と言われている日本や米国、欧州だけでも400を超えるプロジェクト、600社を超える企業が水素社会の実現に向け、研究に取り組んでいる。

 

日本では、長期目標として2050年 80%の温室効果ガス(GHG)排出量削減を目指し、低炭素社会づくり行動計画が2008年に策定された。水素・燃料電池は、GHG排出量削減の主要技術として位置づけられ、実用化・導入が進められてきた。さらに近年においては、水素エネルギーの推進や燃料電池自動車の実用化は、日本の成長戦略の一環として位置付けられている。安倍総理は2013年5月における「成長戦略第2弾スピーチ」において、水素・燃料電池技術のイノベーションを推進すべく、次のように語り、規制改革をコミットした。

 

「歩みを止めてしまえば、一巻の終わり。世界の競争相手は、すごいスピードです。皆さんを食ってしまうでしょう。競争相手よりも一歩先のイノベーションを、常に生み出し続ける他に道はありません。私は、新たなイノベーションに果敢に挑戦する企業を応援します。その突破口は、規制改革です。

 

例えば、燃料電池自動車。二酸化炭素を排出しない、環境に優しい革新的な自動車です。しかし、水素タンクには経済産業省の規制、国土交通省の規制。燃料を充填するための水素スタンドには、経済産業省の規制のほか、消防関係の総務省の規制や、街づくり関係の国土交通省の規制という、がんじがらめの規制の山です。ひとつずつモグラたたきをやっていても、実用化にはたどりつきません。これを今回、一挙に見直します」。

 

『第三次エネルギー革命』の第5章において紹介した水素・燃料電池戦略ロードマップでは、「利用段階」である燃料電池自動車の普及は、まずは公用車や社用車への導入から始め、低コスト化により2030年頃には、HV同等の価格競争力を実現することで自立的な普及拡大を目指している。「輸送・貯蔵段階」である水素ステーションも同様、現在の半額程度のステーションコスト実現により2030年頃に水素ステーションの自立的な展開を目指している。「製造段階」に関しては、まずは副生水素の利活用から始め、2040年頃には、CO2フリー水素の流通の本格化を目指すとされている。

 

現在もロードマップは見直しが行われてはいるものの、2030年までに燃料電池自動車の普及台数80万台、水素ステーション320カ所といった目標が掲げられている。また、2015年7月には、日本の約束草案で2030年度にCO2排出量2013年度比26%減が決定され、温暖化対策としての更なる水素・燃料電池技術開発の推進が求められている。

 

2017年4月に開催された再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議では、燃料電池自動車及び水素ステーションの普及の加速化に加え、水素サプライチェーンの構築と水素発電の本格導入も盛り込んだ基本戦略を年内に策定する方針が安倍総理から示されたところであり、省庁横断での戦略策定が進められた。

 

このように政府は、経済成長・環境負荷削減の重責を担う技術として水素・燃料電池を位置づけており、各省庁において研究開発・実証事業に多くの予算が割り当てられている。ここで再生可能エネルギー及び未利用エネルギー由来水素の普及促進に向けた取り組みを行っている環境省、経済産業省のプログラムを見てみよう。

 

環境省では、大幅なCO2排出削減に資する技術を導入するため、民間の開発インセンティブが小さく、更なる地球温暖化対策につながり、規制などの政策的対応が必要となる技術開発・実証を促進する「CO2排出削減対策強化誘導型技術開発・実証事業」を展開している。

 

同事業では、各分野の有識者で構成されるCO2排出削減対策技術評価委員会及び分科会において審査などを行い、交通、建築、再生可能エネルギー・自立分散型エネルギー、バイオマス・循環資源の4分野を対象として、技術開発・実証支援を実施している。

 

これまでの具体例としては、燃料電池フォークリフト・大型路線用燃料電池バス・燃料電池ゴミ収集車・燃料電池小型トラックの技術開発・実用化支援などが挙げられる。再生可能エネルギーを利用した水素普及に関しては、地域特性を活かしたシステムを構築し、先進的かつ低炭素な水素技術の実証を行う「地域連携・低炭素水素技術実証事業」を展開している。

 

水素・燃料電池関連技術のCO2削減効果及び削減ポテンシャルを算定・検証し、波及効果・事業性の高い水素利活用モデルを確立することを目的とした実証支援であり、これまでに風力発電、バイオガス、副生水素、廃プラスチック、小水力などの再生可能エネルギー及び未利用エネルギーを利用した水素サプライチェーンの構築・導入支援が決定している(図表1)。

 

[図表1]地域連携・低炭素水素技術実証事業の展開地域
[図表1]地域連携・低炭素水素技術実証事業の展開地域

 

経済産業省では、「エネルギー・環境問題の解決」及び「産業技術力の強化」に取り組むNEDOにおいて、水素・燃料電池の開発を古くから推進してきた。NEDOは、経済産業行政の一翼を担う公的研究開発マネジメント機関であり、1981年度より燃料電池分野の研究開発を開始している。リン酸形燃料電池(PAFC)の技術開発から始まり、その後、固体酸化物形燃料電池(SOFC)、固体高分子形燃料電池(PEFC)の技術開発が推進されてきた(図表2)。

 

[図表2]NEDOの水素・燃料電池関連の取り組み 出所:NEDO「水素エネルギー白書」
[図表2]NEDOの水素・燃料電池関連の取り組み
出所:NEDO「水素エネルギー白書」

 

現在は、燃料電池製品の市場化に伴い、燃料電池自動車及び水素供給インフラの低コスト化に向けた研究開発支援だけでなく、再生可能エネルギー及び未利用エネルギー由来水素の普及促進に向けた様々な支援を行っており、世界と比較しても特徴的な研究開発・実証プログラムが「未利用エネルギー由来水素サプライチェーン構築実証事業」である(図表3)。

 

[図表3]未利用エネルギー由来水素サプライチェーン構築実証事業の概要 出所:NEDO「水素社会構築技術開発事業/大規模水素エネルギー利用技術開発 中間評価」
[図表3]未利用エネルギー由来水素サプライチェーン構築実証事業の概要
出所:NEDO「水素社会構築技術開発事業/大規模水素エネルギー利用技術開発 中間評価」

 

海外の未利用エネルギーである褐炭や副生水素などを活用して低炭素な水素を低コストで製造し、安定的に国内に供給する輸送手段と水素発電にかかる技術実証を行う事業であり、国内で調達しきれない水素を大規模に国際輸送しようという、土地や資源が豊富ではない日本ならではのテーマとなっている。

 

本プログラムにおいては、オーストラリアの褐炭利用と液化水素による輸送を目指す「未利用褐炭由来水素大規模海上輸送サプライチェーン構築実証事業」と、産油国における随伴ガスなどの利用と有機ケミカルハイドライド法による輸送を目指す「有機ケミカルハイドライド法による未利用エネルギー由来水素サプライチェーン実証」が中心となっている。

水素・燃料電池政策を積極的に進めるアメリカ

米国においては、エネルギー事情によりエネルギー安全保障が最重要課題となっており、温室効果ガス削減、石油消費削減、再生可能エネルギー拡大、燃料源多様化のために、水素・燃料電池政策が積極的に進められている。

 

発端は1970年代の石油危機を背景とした、ハワイ州の化石燃料から再生可能エネルギーへの転換であった。ハワイ大学の教授と協力し、当時の民主党上院議員スパーク・マツナガ氏が水素法案の先駆けとなるS・マツナガ水素法案を提唱し、1990年にジョージ・H・W・ブッシュ大統領(当時)がサインしたことにより、5年間の水素研究開発計画が策定された。

 

その後、エネルギー政策法などにより水素・燃料電池関連の研究開発が活発に行われるようになり、現在は米国エネルギー省(DOE)が主導する「水素・燃料電池プログラム(Hydrogen and Fuel Cell Program)」を中心に進められている(図表4)。

 

[図表4]米国における水素関連政策の推移 (平成26年度水素利用の統合的システム確立に向けたFS調査委託業務第1回検討会資料『国内外の最新動向について』より)
[図表4]米国における水素関連政策の推移
(平成26年度水素利用の統合的システム確立に向けたFS調査委託業務第1回検討会資料『国内外の最新動向について』より)

 

水素・燃料電池プログラムでは、水素・燃料電池の商業化に向けて、技術開発R&Dと実証に加え、制度的・経済的インセンティブ、教育、安全性確保についてもサブ・プログラムを実施している。また、原料・システムにおける技術開発R&Dにおいて、水素のサプライチェーンの各分野において研究開発・実証を行っている。水素製造に関するロードマップを見てみると、米国においても将来的には、バイオガスや太陽光といった低炭素なエネルギー源へ移行しようという点が読み取れる(図表5)。

 

[図表5]米国における水素製造技術のロードマップ FC EXPO2014のODEのプレゼン資料を基に作成
[図表5]米国における水素製造技術のロードマップ
FC EXPO2014のODEのプレゼン資料を基に作成

 

米国における主なインフラ整備の動きとしては、カリフォルニア州における官民パートナーシップ組織「カリフォルニア燃料電池パートナーシップ(CaFCP)」が挙げられる。CaFCPは、2012年に「カリフォルニアロードマップ」を発表し、2016年初めまでに州内で水素ステーションが68カ所必要と発表した。

 

このロードマップの実行を支援するため、カリフォルニア州エネルギー委員会(CEC)は、「代替エネルギー・再生可能エネルギー燃料車両技術プログラム」を推進し、水素ステーションの整備を支援している。このプログラムの特徴として、再生可能エネルギー由来の水素利用が補助金採択の条件となっている点が挙げられる(図表6)。

 

[図表6]カリフォルニア州における水素ステーション設置補助の概要
[図表6]カリフォルニア州における水素ステーション設置補助の概要

 

このような州レベルの動きを支援しつつ、燃料電池自動車普及と水素ステーション展開を全米に拡大するために、DOEは2013年9月に官民パートナーシップ「H2USA」を立ち上げた。このH2USAには、日本の自動車メーカーであるトヨタ自動車、本田技研工業、日産自動車をはじめ、米General Motors社、ドイツDaimler社などのOEMが参画しており、運営委員会とともに水素ステーション、市場支援・加速、ファイナンシングインフラ、ロケーションロードマップの4分野においてワーキンググループが設置され、全国での水素ステーション整備を支援している。

 

現在は、カリフォルニア州以外にコネチカット州、メイン州、マサチューセッツ州、ニューハンプシャー州、ニュージャージー州、ニューヨーク州、ロードアイランド州、バーモント州がH2USAの支援を受け、水素・燃料電池開発計画を作成し、燃料電池自動車や定置型燃料電池、水素ステーションなどの導入目標を設定している。

 

 

 

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