問題解決への対応が事態を深刻化させるおそれも
一般に、過剰問題に対する政府主導の対応としては、
①行政的手段によって、強制的に過剰産業を整理すること
②ゾンビ企業を財政等政府支援によって救済すること
が考えられる。①は過剰産業を直ちに消滅させ、②はとりあえずゾンビ企業を延命させ、問題を顕在化させないという短期的効果はあるが、長期的に見ると、生産要素が市場原理にしたがって合理的に配分されることを阻害し、結局は過剰生産能力を深刻化させ、または逆に供給能力の不足といった事態を発生させるおそれが強い。
たとえば中国の場合でも、90年代末に電力産業の成長を行政的に抑えた結果、2003、4年頃に逆に電力需給がひっ迫し、結局、多くの省市政府が需要に対応できず、電力供給制限措置を導入せざるを得ない事態になった例、また03年、国務院が「鉄鋼、セメント、電解アルミ、板ガラス等産業の無計画な投資を制限する通知」を発出、これに基づいて、多くの関連工場が強制的に閉鎖されたが、その影響で逆に、07年頃にはこれら産業で供給不足が発生する事態になったといった例が指摘されている(2016年1月11日付経済観察報)。
失業発生が招く「社会不安」が最大の懸念
むろん、市場による淘汰に伴い発生する摩擦を緩和するため、政府が市場に一定の関与をすることは当然正当化される。中国当局にとって最大の懸念は、失業発生が社会不安を招くことだ。しかし、アジア金融危機時の98年の経験では、2100万人がいったん職を失ったが、その後、1300万人が再就職、100万人が内部待機となり、実際に完全に失業した者は2100万人の約3分の1だったという(上述、中金公司)。仮にこれにしたがうと、各種推計のように、300万人から600万人が職を失うとして、実際に完全に失業する者は、その3分の1の100万-200万人、都市部就業者数の0.3-0.6%に相当する。
この程度失業率が上昇することを、中国政府が極めて深刻なものと受け止めるのかどうか、判断はし難い。しかし近年、国有企業就業者は大きく減少していること(就業者に占める国有企業のシェアは、2000年35%から14年は16%にまで低下、図表1)、中国経済がいわゆるルイス転換点を迎えていること(農村から都市部に流入する余剰労働力の増加スピードが鈍化、図表2)から、以前に比し都市部で再就職する環境は良好になってきていること、98年グローバル金融危機時と異なり、第3次産業がGDPの過半を占めるようになっており、その雇用吸収力が期待できることなどを勘案すると、失業対策の名目で政府が市場に過度に介入する必要性は、実はそれほど大きくないかもしれない。
【図表1 国有企業シェア推移(%)】
【図表2 農民工対前年増加率】
本連載の第6回で述べた、発改委が発表している5項目にわたる重点方針は、政府の過度の市場への介入を控えるとする一方、過剰産業が生産能力をさらに拡大することを厳禁する、また専用の対策基金を設置し、それを失業対策に使用するとしているなど、市場機能を尊重しようとする姿勢と、政府の行政的・強制的手段で解決を図ろうとする姿勢が混在しているように見受けられる。市場を通じてゾンビ企業を淘汰し、生産要素の合理的配分を図ることが結局は最良の策とは理解しつつも、中国政府は短期的な摩擦発生をできる限り抑えたい、あるいは市場を完全には信用していないということだろう。
李首相も16年初頭、山西視察の際、“壮士断腕”‘、勇敢な者は、毒蛇に噛まれた腕を、毒が全身に回らないうちに、直ちに自分で腕を切り落とすという強い表現を用い、過剰問題に対しては、「一刻の猶予もなく勇敢な決断をするという精神の下で取り組む必要があり、全国的な生産能力の“天花板”(天井)規制を設定し、雇用への影響を緩和するため、財政面からの支援を強化する」と発言し(2016年1月14日付渤湃新聞)、政府主導で問題の解決を図る姿勢を鮮明にしている。
中国において、市場機能を通じてゾンビ企業が淘汰され、また生産要素が合理的に配分されることによって、過剰問題が根本的な解決に至るには時間がかかる、あるいは、そもそもそうした方向に向かうのかどうかはなお未知数だ。