医師が勧める「最期まで寝たきりにならない」ための生き方5つ

医療法人八事の森理事長(杉浦医院院長)森亮太氏の著書『長寿大国日本と「下流老人」』より一部を抜粋し、「最期まで寝たきりにならない」ための生き方を紹介する。

住み慣れた自宅で最期を迎えるのが理想

日本では病院で亡くなる人が多数派です。厚生労働省の資料「医療機関における死亡割合の年次推移」によると、1950年には約8割の人が自宅で亡くなっていました。一方、医療機関で死亡した人は10%あまりにすぎなかったのです。ところがその後、医療機関で亡くなる人の数は増える一方でした。1970年前後には医療機関で亡くなる人の数が自宅で亡くなる人の数を上回るようになり、2000年以降になると8割以上が病院で亡くなっています。

 

これに対し、西洋諸国では自宅で亡くなる人の方が多いのです。社会保障制度や医療経済に関する研究を手がけている医療経済研究機構の『要介護高齢者の終末期における医療に関する研究報告書』によると、2000年当時、病院で亡くなったスウェーデン人は42.0%。一方、自宅や集合住宅、施設で亡くなった人は58.0%もいました。

 

[図表1]死亡場所の推移
[図表1]死亡場所の推移

 

[図表2]各国の死亡場所比較
[図表2]各国の死亡場所比較

 

あなたは人生の最後の瞬間を、長年住み慣れた自宅や施設で迎えたいですか? それともなじみのない無機質な病室で迎えたいでしょうか? 恐らく大半の人が、自宅や施設を選ぶと思います。自分が愛する場所で亡くなることができれば、それは理想的でしょう。

 

もちろん、自宅で亡くなることに対して不安を感じる人もいると思います。医療機器のない自宅で、十分な診療が施せるのかと疑問に感じてしまうのです。しかし、それは杞憂だといえます。

 

私のように在宅医療を手がける医師に任せれば、患者の症状をうまくコントロールすることが十分に可能です。また、家族などの協力が得られれば、それほどの負担を感じることなく、自宅で看取ることができるのです。なにしろ半世紀前までは、病院より自宅で亡くなる人の方が多かったのですから。

自分で自分の命を見極め、「ピンピンコロリ」を目指す

現在の日本人には、「健康でなければならない」という意識が強すぎます。笑い話に、「健康のためなら、死んでもいい」というものがありますが、健康をあまりに大事にしすぎるのです。

 

もちろん、健康でいることは大切です。充実した楽しい人生を送るためには、健康である方がいいに決まっていますから。しかし、健康でありたい、長生きをしたいと思うあまり、人生の楽しさを損なっては意味がありません。健康はあくまで手段で、目的ではないのです。

 

今後の日本では、年金の削減や医療費の高騰が起きます。そのなかで、50代、60代のうちから病院依存症になり、奴隷のようになって「下流老人」に転落する人は、決して少なくありません。それより、自分の人生を自分でコントロールし、たとえ短くても充実した暮らしを送る方が、ずっと幸せなのではないでしょうか。

 

世に「ピンピンコロリ」という言葉があります。できるだけ長い期間、元気に生き抜き、いったん病気になったらコロリとあの世に行こうという意味合いです。これは、「健康寿命」と「生物としての寿命」とのギャップを、できるだけ短くすることだといい換えられます。これから高齢者になる人が「ピンピンコロリ」を目指す場合、私がお勧めしたい生き方をまとめておきましょう

 

① 過剰な検診は避け、必要な検査だけを2、3年おきに受ける。

② 自分の身体は自分でチェック身体が発する声に耳を傾ける。

③ 信頼できる医師を見つけ、処方される薬を最小限に減らしてもらう。

④ 最期は自宅で迎えられるよう、主治医や家族、近隣の人々などの協力を得ておく。

⑤ 身体と頭が健康なうちに自分の最期に関する希望をまとめ、リビングウィルとして書き残しておく。

 

これらを実行できれば、あなたの人生の最期はきっと素晴らしいものになるはずです。

日本人は、世界でもトップクラスの「病院好き」

日本人は、世界でもトップクラスの「病院好き」です。経済協力開発機構(OECD)
の「OECD Health Statistics 2016」によれば、患者1人当たりの受診回数は年12.8回で、調査対象となっている30か国中、韓国(14.6日)に次いで2位でした。また、急
性の病気にかかった患者の入院日数は年17.2日で、2位の韓国(8.9日)を大きく引き離して1位となっています。こうした現状は、いつも満員になっている病院の待合室をのぞいてみれば、すぐに実感できることでしょう。

 

では、日本人は以前から病院に頼り切っていたのでしょうか? そんなことはありません。少なくとも戦後からしばらくたった頃までは、病院は庶民にとって縁遠い存在でした。多少の病気なら寝て治せというのが、ごく普通の感覚だったはずです。

 

その後、日本では国民皆保険制度が整備され、世界でも有数の医療環境が整いました。安い費用で必要な医療を受けられるようになった結果、日本人の平均寿命は飛躍的に延びています。ただし、医療があまりに手頃になったことで、「自分の身体は自分で守る」という意識は薄れていきました。そして、病院に依存しすぎる国民が増えていったのです。

 

しかし、病院に頼り切っていられた時代は、もうすぐ終わります。今後の日本では、年金や医療費の削減が確実に進んでいくからです。今のまま病院依存を続けていると、多くの高齢者が生活保護レベルの収入で暮らす「下流老人」に転落する危険性を秘めていると、私は考えています。

 

私はこれまで、地域のかかりつけ医としてたくさんの命を看取ってきました。また、長年にわたり、ホームレスや外国人といった弱い立場の人々を支える活動も続けています。こうしたなかで、常に「幸せな死に方」について考えを巡らせてきました。

 

たくさんの医療機器につながれ、ただ単に呼吸をしているだけの存在で何年も生かされ続けるのは、人にとって不幸なことです。そこで私たちが選ぶべき道は、単に寿命を延ばすのではなく、健康でいられる期間、すなわち健康寿命と生物としての寿命のギャップを小さくする「ピンピンコロリ」を目指すことではないでしょうか。また、「病院に頼らず、自分の健康を自分で守る」ということも大切にすべきです。

 

私は小学3年生のとき、母親を胃がんで亡くしました。見舞いに行くたびに痩せていき、元気のなくなる母を見るのは実につらい経験でした。病床の母が「がんを治して」とつぶやくのを聞いたのが、私が医師を目指した原点です。そして、大好きだった母が亡くなった時のことは、今でも忘れることができません。

 

しかし、今の私は、母の死を受け入れています。「死」は誰にでも必ず訪れます。私の母はまだ幼い子どもを残して死ななければなりませんでした。しかし「死」がいつ訪れるかは誰も予測することはできません。私自身医師として、人間にとって避けられない運命であることを実感しながら、日々を生きています。

 

もちろん、病気になるのが怖い、長生きしたいと考える人は多いでしょう。それは、人間として当然の心理です。でも、ベッドの上で身動きもとれないまま、何年も寝たきりで生きながらえる生活を想像してみて下さい。そんな晩年と、短くても最期まで健康な一生のどちらが素晴らしいと思いますか? 選択するのはあなたです。

 

 

森 亮太

医療法人 八事の森 理事長

 

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医療法人 八事の森 理事長

医療法人八事の森理事長(杉浦医院院長)。NPO法人ささしまサポートセンター理事長、NPO法人外国人医療センター理事、名古屋労災職業病研究会代表。1970年生まれ、1998年名古屋市立大学医学部卒。宗教法人在日本南プレスビテリアンミッション淀川キリスト教病院で内科・小児科から救急、ホスピスでの緩和医療まで幅広く研修。2000年名古屋市立大学臨床研究医、名古屋市立東市民病院(現・名古屋市立東部医療センター)で外科医として勤務。2010年4月から杉浦医院の副院長、2011年1月より院長に就任。

著者紹介

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幻冬舎メディアコンサルティング

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