英議会下院は、欧州連合(EU)離脱協定案を三度否決
英議会下院は3月29日、欧州連合(EU)離脱協定案の主要部分を巡る採決を行い、賛成286票、反対344票の反対多数で否決した。合意案に関しては3度目の否決である。EU首脳は、メイ英首相がEUと合意した離脱協定案が、英議会で承認されない場合、4月12日まで離脱日を2週間延期し、それまでに新たな計画を示すか、合意なき離脱を選ぶか決断するよう求めている。
EU報道官は、合意なき離脱に突入する公算が大きくなったとの認識を示し、「EUは4月12日に合意なき離脱に至る準備を整えた」とコメントした。また、否決を受けて、トゥスクEU大統領は4月10日にEU首脳会議を開くことを明らかにした。
英下院は、離脱合意案の承認を三度否決したが、合意なき離脱も否決、離脱撤回も拒否、3月27日には議題に上がったすべての選択肢の受け入れを拒み、今後の協議に関わるプロセス継続も拒否している。メイ英首相は、選択肢がなくなりつつあり、今回の合意案の否決は、EU離脱に「重大な影響」を及ぼすとの懸念を表明した。事実上の審議空転と政治的な駆け引きばかり続ける英下院は無責任のそしりは免れないだろう。ここまで来たら総選挙をして国民に信を問うしかないとの声も強まり、解散総選挙もあり得る状況である。
英国企業の資金調達コストは既に上昇
早く決めてほしいと願っているのは、英国民や英国企業、英国で活動している外国企業だろう。特に英国企業にとっては、資金調達コストの上昇という形で既に影響が出ている。今年1月の数字ではあるが、英国企業の起債額は4億7800万ドルと、前年同月の23億5000万ドルから、激減している。離脱問題の先が見えず、合意なき離脱すらありうる状況から、投資家はリスクを回避する姿勢を強めており、起債引き受けには慎重にならざるを得ない。そして、それは資金調達コストの上昇という形で、英国企業の資金調達の重しとなっている。
既に市場では、英国企業の社債に対して、同格付けの欧州企業債の利回りよりも、リスクプレミアムを0.5%-1.0%程度上乗せすることを要求することも起こっているという。まさに「ブレグジット・プレミアム」である。そして、合意なき離脱となってしまった場合、英国企業の多くが債務の借り換えに苦労したり調達コストが一段と割高になったりする可能性が高い。
英国がEUとの関係を予見可能なまま保って離脱してくれれば、投資家の懸念は緩和される。しかし、それが全くはっきりせず、英国経済への悪影響が予想される中、市場参加者である投資家も金融機関も英国社債に対して心許ない状況が続いている。
信用格付け会社の中には、合意なき離脱が起きた場合、格付けそのものに悪影響を受けかねない英国企業が出てくると警告しているところもある。民間企業のみならず、公的セクター企業で格付け見通しを「ネガティブ」とされたところも出てきている。資金調達コストの上昇は、企業収益に減収という形で影響を及ぼす。ブレグジットを巡る情勢の悪化が心配され、英国企業の社債に対する需要は冷え込んできている。
イングランド銀行が昨年11月に公表した報告書によると、合意なき離脱に至った場合、英国経済は少なくとも第2次世界大戦以降で最悪の不況に陥る恐れがあると警告している。最悪のシナリオをたどれば、英国の国内総生産(GDP)は1年以内に8%縮小し、不動産価格は3割落ち込む可能性があるとの予想である。これは、英国にとってはリーマンショックよりも大きな影響(当時はマイナス6%)を受けることを意味する。景気後退と格付けの悪化、資金調達コストの上昇は、英国企業に追い打ちをかけるだろう。それは英国経済にとって非常に重い負担となってのしかかることになる。
英ポンドは、昨年12月安値の1ポンド=1.25ドルからは反発して1ポンド=1.32ドルまで戻す局面もあったが、3度目の否決を受けて1.2977ドルまで約0.5%下落した後、ニューヨーク市場の終値では1.30ドル近辺で踏みとどまった。しかし、4月初めにかけては、合意なき離脱シナリオに突入するリスクが意識されるだろう。以前のサポートラインであった1.27ドルを試す下値方向への動きを想定しながら、注意深く見守る必要があろう。合意なき離脱となってしまった場合には、やや長い時間軸で、テクニカルな下値めどである1.18ドルが視野に入るポンド安が起きるかもしれない。
なお、上述の通り、英債券市場の動向にも関心を持っておきたい。
長谷川 建一
Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO