リスクを取らなければ、リターンは定期預金の金利程度
前回は、米国ヘッジファンドの手法、特に筆者が米国のヘッジファンドCommodities Corporation(現:Goldman Sachs Asset Management)で学び、長くファンドマネージャーとして運用を行っていたCTA(Commodity Trading Advisor/商品投資顧問業者)の運用手法のうち、分散投資を取り上げた(関連記事『CTA(商品投資顧問業者)の「分散投資」が効果的なワケ』参照)。
今回は、リサーチ・テストによる「リスク予測」について解説する。
個人投資家向けの投資信託セミナーを行うと、「リスクのない商品はないのか」「元本は割れたくない」といった声が必ず聞こえる。しかし、当たり前の概念ではあるが、リスクとリターンは「トレードオフ」の関係にあるので、リスクを取らないのであれば、定期預金の金利程度のリターン(現在であれば、ゼロに近い)にしかならないのだ。
本当に、リスクは「怖いもの」「避けるべきもの」なのだろうか?
優秀なヘッジファンドやCTAはリスクを取る。彼らは、自分たちがどういうリスクを取っているか、リスクに対しどういう備えをし、どう対応するのか、あらかじめ把握している。運用目線的にいうと、リスク管理がしっかりしている、ということだ。
CTAの例を紹介しよう。CTAはクオンツ運用を行っている会社が圧倒的に多いが、彼らはリサーチとテストによってリスク予測を導きだす。その例の1つがバックテストだ。過去のデータなどを使って、未来のリスクを計量的に予測し、それにさまざまなストレスをかけることで、さらに予測性を高めるのである。
つまり、CTAのテストでは、パラメーター(変数)を変えたら、運用する市場(ポートフォリオ)を変えたら、計測期間を変えたら、トレードする日を数日ずらしたら・・・など多くのストレスをかけて、彼らの運用手法の「堅牢性(robustness)」を徹底して検証するのだ。
現在の優秀なコンピュータープログラミングであれば、過去の相場にぴったりと合うよう、システムに過剰な最適化をすることは難しいことではない。いわゆる「カーブフィッティング」と呼ばれる現象で、過去の相場に合うようにシステムを作るので、バックテストの成績は優秀になる。しかし、実際の取引では、フィッティングされた手法をもとに運用しても、将来的に想定どおりの利益がでないケースもある。
例えば、10商品で作るAというポートフォリオがあったとしよう。Aのポートフォリオでは利益がでるが、商品を入れ替えて同じように分散させた、B、C、Dのポートフォリオでは利益がでなかったら、それは将来的に期待できる運用手法であろうか。テクニカル手法である「200日移動平均線」を価格が上回ったら買い、下回ったら売りという手法で利益がでても、199日と201日ではまったく利益がでなかった場合はどうか。
優秀なCTAは「過去に最も利益がでた運用手法」を見つけるリサーチをするのではない。「どのようなストレスをかけても安定的に利益がでる運用手法」を見つけるリサーチをしている。それによって将来のリスクを予想、管理でき、利益につながる運用手法であることを理解しているからだ。マーケットで何が起こったとしても、彼らにとってそれは「予想の範囲内」であり、淡々とあらかじめ決められたシステマチックなリスク管理を行い、運用を行っているのである。
リターンに対する「リスク・対価・コスト」を意識
個人投資家が投資信託を買う場合、証券会社や銀行などの窓口にて「未来は変わる」といった投資テーマをもとに、新規設定された商品を紹介され、「夢物語」を語られる。しかし、投資に夢はなく、リスクとリターンはトレードオフの関係である。
ぜひ購入する前に、夢(リターン)に対するリスク、対価は何なのか、そしてコスト(特に販売手数料)はいくらなのかを意識してもらいたい。
最後に、読者の皆さんはこの記事を読んで、ヘッジファンドやCTAは特別なことをやっていると思っただろうか?
彼らは忠実に「分散投資」「リスク管理」「長期投資」を基本に運用している。それが結果となって表れることで「運用力」「実績」がある運用会社となるので、何ら特別なことではないと筆者は考えている。個人投資家の方にも、投資信託を選ぶ際に参考にしてもらえれば幸いである。
筆者が90年代半ばから後半にかけて運用を学んだ、米国ヘッジファンドの老舗Commodities Corporation(現:Goldman Sachs Asset Management)であるが、今年で設立50周年を迎え、2019年5月に米国プリンストンで、関係者を集めた記念パーティーが行われる予定だ。筆者も末席にて招待されており、若造をよく覚えていただいていたと感謝している。
まさに、ヘッジファンドの原点たちが多く集うこの会で「日本の投資信託はどう発展したのか」と問われたら、筆者は何と答えるべきだろうか。ゆっくりではあるが、投資家にとってよい方向に進んでいると信じたい。
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