ネット証券やネット銀行による「販売手数料無料化」が広がっている。販売手数料の無料化は、投資家にとって喜ぶべき事項かと思いきや、まだ残されている課題もあるという。本記事では、元ヘッジファンドマネジャーで、欧米での豊富な運用経験を持つ森敦仁氏が、投資信託の「販売手数料無料化」に隠された問題点を考察する。

広がり続ける「販売手数料無料化の波」だが…

昨年の投資信託の大きな動きといえば、ネット証券やネット銀行による「販売手数料無料化」を挙げる人も多いのではないか。筆者がこれを書いている2019年2月時点で、SBI証券、楽天証券、松井証券、マネックス証券、auカブコム証券の大手ネット証券5社とLINE証券、またネット銀行においては、もともと全ファンドの販売手数料が無料であったオリックス銀行に続き、ソニー銀行やジャパンネット銀行も無料化を開始した。ほかにもフィデリティ証券や新生銀行も条件付きながら一部無料化を実施、または実施を表明している。おそらく、この流れは徐々に広がっていくことになるだろう。

 

 

筆者は、ファンドマネージャー時代から機関投資家を顧客とする仕事が多いが、一般的に機関投資家にファンド(私募投資信託など)を売った場合に「販売手数料」を受領するケースは非常に少ない。

 

もっといえば海外では、個人投資家が公募投資信託を購入した際に3%もの販売手数料を支払わなければならない場合も限定的である。この低金利の時代に、個人が公募投資信託を買った場合、そのサービスの対価として即座に3%の販売手数料と年2%の信託報酬がかかるとは流石に高すぎると感じる人も多いのではないか。1000万円を1年預けて5%(3%+2%)、つまり50万円もの利息がもらえる投資はまずないだろう。

 

よって、販売手数料による収益は、それだけ販売会社にとって、おいしいビジネスなのである。

 

こうした背景を考えれば、個人投資家にとって販売手数料の無料化はごく当たり前の状態とも言えるが、ことはそう簡単ではない。なぜなら、証券会社や銀行は、対面型の高手数料のビジネスモデルに依存してしまっているため、急に収益モデルを転換することはそう簡単ではない。

 

というのも、証券会社や銀行は、対面型の高手数料のビジネスモデルに依存してしまっているため、急に収益モデルを転換することは難しいのである。

 

対面で営業マンから説明やサービスを受ける場合、どうしても、一定のコストがかかる(例えば、店舗などの固定費や営業マンの人件費、説明資料の制作費や広告宣伝費など)。ということもあるが、それ以上に、販売と同時に簡単に得られる「販売手数料」収入はあまりにおいしく、こうしたおいしいビジネスモデルからはなかなか抜け出せないというのが大きな理由ではないかと思われる。
 

これは、日本で「テーマ型」の投資信託が売れていることと密接に関係している。最近でいえば「5G、ロボット、フィンテック、EV」といった一定のテーマに投資する投資信託である。

 

「テーマ型」は、そのとき流行している魅力的なテーマを選んで投資信託を新規設定するケースが多いため、営業マンもバラ色の未来を語りやすく、結果、売れ筋となる場合も多い。こうして新規設定された投資信託は、現時点において実現が不透明な1つのテーマへの集中投資であることに加えて、その不透明な中で競争に勝ち抜いていく企業、銘柄を選んで行くことは更に困難であり、かつ運用実績も乏しいため、長期投資には適さない側面もあるのだが、そのとき旬の魅力的なテーマは新規購入を勧めるには適しており(経験の少ない販売員でも説明しやすい)、販売手数料を稼ぐには非常に好都合な商品となったと考える。

 

ところが近年、ネット銀行・証券を中心に、こうした販売手数料を収益源とするビジネスモデルに異を唱え、より顧客目線でビジネスを展開する会社が出現し、販売手数料の無料化に踏み切った。その後、こうしたより顧客目線の方針に乗り換えた会社も増え、冒頭に述べたように、販売手数料無料化の波は今後さらに広がりつつあるのだ。

 

では、この投資信託の販売手数料無料化の波は、投資家にとって手放しで喜ぶべきことで、課題はないのであろうか。

 

実は必ずしもそうではないと筆者は考える。投資家の皆さんがよりよい資産形成ができるよう、筆者の考える今後の課題点について以下、お伝えしたいと思う。

 

販売手数料無料化は喜ばしいことだが
販売手数料無料化は喜ばしいことだが

「販売手数料の二極化」と「サービス劣化」が課題に

◆課題点1:販売手数料の二極化

 

ここでいう二極化とは、販売する一部のファンドだけを販売手数料無料としているケースのことをいう。

 

例えば「インデックスなど特定のファンド限定」「インターネットでの取引のみ」「同時に積立口座開設」「投資額1,000万円以上」「最初の3ヵ月」「最初の3回のみ」「ラップ口座同時開設」などを条件として販売手数料を無料にすることが考えられる。こういったケースの会社で投資信託を買う場合には、「販売手数料無料」を前に出してはいるものの、結果的には3%など高い販売手数料のファンドを勧められることもあると聞く。こうしたケースの場合には、必ずしも顧客本位の「販売手数料無料化」ではないこともあるため、十分に見極めてほしい。

 

◆課題点2:相談などのサービス劣化・省略

 

手数料無料化によるコスト削減のため、十分な説明や相談サービスが受けられなくなる可能性があるということだ。

 

ネット証券などは、商品や情報の「数」を多くそろえ「場」を提供することで利用者を増やし、市場の優位性を確立していくビジネスとなってしまう可能性がある。ヤフー、楽天、Amazonなどを思い浮かべるとわかりやすいかと思う。商品もサービスも数はそろえるので自分で調べる、検索するというシステムだ。投資についてある程度自分で調べられる人には適したモデルにも思えるが、情報が多すぎて選べないという方も少なくはないと思う。

 

 

今後も、初めて投資する方などは、投資について相談したいというニーズもあるだろうし、手数料を下げるためにサービスが過度に省略されることは投資家にとって好ましくはないと筆者は考える。要するに、両極端な対応はだめだと考える。

 

◆まとめ

 

投資家の信頼を得るために必要なのは、投資家にいかに利益を還元し、資産形成に長期的に貢献するかである。

 

これまでのように、販売会社が、高額な販売手数料のビジネスモデルを続けていけば、投資家の収益の足を引っ張るだけでなく、投資の基本の1つともいえる長期投資を推奨することもできない(そうなれば、運用会社も長期で運用する戦略を立てられなくなり運用成績も悪化していく)。これでは、投資家の信頼など得ることができるはずがない。

 

また、販売手数料無料化の裏で、実は問題が隠れているケースもある。

 

先に述べたように、条件付きで販売手数料の無料化を見せておいて、高い販売手数料の商品を推奨するというのは、投資家本位から逸脱する行為であるし、単にプラットフォームすなわち「場」を提供しているだけでは、投資家ニーズに十分に答えているとはいえず、投資家の信頼を得られるものではないと考える。

 

販売手数料無料化に加えて、インデックス投信の信託報酬引き下げ競争などの動きも活発化しているが、大切なのは「商品やサービスの対価として、その手数料や信託報酬が見合っているか」であると筆者は考える。

 

 

※本連載に記載された情報に関しては万全を期していますが、内容を保証するものではありません。また、本連載の内容は筆者の個人的な見解を示したものであり、筆者が所属する機関、組織、グループ等の意見を反映したものではありません。本連載の情報を利用した結果による損害、損失についても、著者ならびに本連載制作関係者は一切の責任を負いません。投資の判断はご自身の責任でお願いいたします。

 

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