「行動規範」がない会社は理念が浸透しない
私たちの会社の企業理念は「社員の成長と革新により、社長を元気にし100年企業にする」というものです。しかし、これだけでは抽象的で、具体的に何をすればいいのかわかりません。私たちの会社に限らず、ほとんどの企業の理念もそうだと思います。
この理念を実現するために、何をすべきかを示すのが「行動規範」です。行動規範がない会社は理念が浸透しません。理念が絵空事になってしまうことでしょう。
私たちの会社は行動規範をフィロソフィーという名称を使って10個掲げています。
ここでの注意点は、言葉の定義を明確にすること。たとえば私たちの理念の定義をブレークダウンした文書には「社員(パート、アルバイトを含む)の成長と革新」というフレーズがあります。何か変な感じはしませんか? 元々は社員としか書いていませんでしたが、あるとき、パートさんから「私は社員じゃないから関係ないわよね」と言われたのです。そういう意味で社員と表記したわけではありませんが、パートさんはそう受け取ったのです。言葉は、発信する側と受け取る側では定義が異なることがあるのです。
自分が当たり前だと思っている言葉でも、定義を細かくすり合わせなければなりません。
「あいさつ」という言葉ひとつ取ってもそうです。ある人は、会釈すればあいさつと見なす一方で、ある人は目を合わせて声を出さなければあいさつとは見なさない。そうなると、あいさつしたしないが問題になります。
企業理念や行動指針をつくる際には、言葉の定義も明確にすべきです。
行動規範例(アクセスグループの場合)
1.私たちは常に元気です(元気)
2.私たちは常にプロフェショナルです(プロフェショナル)
3.私たちはみんなで遠くを目指します(全体最適)
4.私たちの価値を決めるのは100%お客様です(5Sの徹底)
5.私たちは言っていることとやっていることを一致させます(行動言語)
6.私たちは目先にとらわれず第二象限を実行します(第二象限)
7.私たちは当たり前の事を当たり前に特別に熱心に行動します(規律・凡事徹底)
8.私たちは『成長と革新』に情熱をもって挑戦し続ける(情熱と挑戦)
9.私たちは報連相を徹底し、責任を果たします(責任と達成)
10.私たちは社内の仲間をパワーパートナーとして全力でフォローします(フォロワーシップ)
これまで私は企業理念という表現を使ってきました。経営理念という言葉も広く使われていますが、私はあえて企業理念という言葉を選んでいます。
経営は、社長や役員といった経営者の行いです。社員が経営するわけではありません。経営理念というと、社員からすると「経営する人の理念」。社員には他人事です。社員が自分たちの理念という感覚を持つことはできません。
社員には、自分の個人理念とリンクするものだという意識を持ってもらいたい。それで私は会社の理念=企業理念という言葉を使っています。
私は「社風」という言葉も使いません。「会社の風」と言っても、わかるようでわからない。「場」という言葉を使っています。
「社風をよくしよう」と言っても、社員たちには伝わりにくい。「場の空気をよくしよう」と言ったほうが、伝わりやすいのではないでしょうか。
教科書がある塾の方が子どもの学力が伸びる理由
A塾とB塾、2つの塾があります。講師はどちらも同じで一流。A塾は教科書があって、B塾には教科書はありません。さて、どちらの塾に通わせたほうが子どもの学力が伸びるでしょうか? 答えはA塾です。
その理由は大きく3つあります。
1つは、教科書があれば復習できるから。授業で習ったことをその場ですべて頭に入れるというのが理想ですが、現実的ではありません。家で復習してこそ、頭の中に定着するのです。
2つ目は、教科書があれば、それを使ってほかの人に説明できるから。教えられるよりも、教えるほうが学習効果が高く、脳に定着します。
最後に、経営的に言えば、伝播するから。教科書があれば再現性があるため、正しい情報が一人歩きしていきます。
企業理念も掲げただけでは社内に浸透しません。
そこで、私が取り入れているのが「手帳型経営」です。
企業理念や行動指針、全員のコアシートなどを盛り込んだ手帳を作り、社員には常に携帯させています。
事業承継の成功例:株式会社貴善
大阪市、社員40名。振袖レンタルのトップ企業。
順調に業績を伸ばしてきたが、さらなる発展を目指す貴善としてはまだまだ不十分。代表の糸井善宣社長より、現場の社員から意見が出るような自律型社員の育成と企業理念の浸透について相談を受けました。
多くの会社に企業理念がありますが、じつは企業理念の浸透には重要な点が1つあります。それは、「企業理念の達成」とはどのような状態であるのかを明文化することです。つまり、社員全員がどのような行動をしていれば「理念が浸透している状態」なのかを明確にする必要があるのです。
糸井社長には、モデル社員3名ほどの日々の行動をリストアップしてもらい、企業理念に沿っているものを3つほど選んでもらいました。これがいわゆる行動規範になります。これを幹部社員と共有し、さらにその行動規範の細かい状況を定義しました。行動規範を浸透させることが結果として、企業理念の浸透につながるからです。
貴善の行動規範は[図表2]のとおりです。その行動規範について、社員が発表する機会をつくる。査定に加える。人事評価システムと発信型の勉強会の両輪により行動規範が浸透し、やがて企業理念の浸透につながりました。
しかし、行動規範を決めることには、デメリットもあります。経営者や幹部がその行動規範を破ってしまうリスクがあるのです。言行不一致は一般的には「嘘つき」と思われます。経営者や幹部が、嘘つきであれば、どんなすばらしい企業理念も浸透するはずがありません。
行動規範をつくることで、一番成長するのはじつは経営者・経営幹部なのです。貴善さんは、社長と幹部の率先垂範により急速に企業理念の浸透が進み、社員さんからのアイデアが溢れる企業文化となっています。