※本連載では、アクセスグループ代表、税理士法人アクセス代表税理士・鈴木浩文氏の著書、『親父いつ社長やめるの? ―創業者があなたに事業承継しない決定的な理由―』(アチーブメント出版)から一部を抜粋し、人財・理念承継のポイントを解説します。

「借金しているけれど、いつでも返せる」状態がベスト

「無借金経営」という言葉が健全経営の代名詞のように使われることがあります。確かに、無借金なら簡単に倒産することはないでしょう。

 

ただし、借金ゼロがいいとは限りません。前回取り上げたニコニコ社長も少し借り入れしていますが、私は「実質」無借金経営が一番いいと思っています(関連記事『次期社長として知っておきたい「BSを簡単に可視化する方法」』)。

 

実質無借金とは「借金しているけれど、いつでも返せる」という状態です。借金しないと銀行との付き合いがなくなってしまいます。今は利息が1億円借りても1%にならない時代です。

 

プロパー融資の利息が1%だとしたら、年間100万円のコストです。月に約8万3333円。これは銀行からの情報料だと考えればいいのです。銀行には、地域経済の情報が集まっています。法律や経営・税務、それに事業承継まで、さまざまな支援サービスもあります。それらを無担保・無保証で1億円を借りたうえに活用できます。

 

銀行とパイプを保つ意味でも、返せる範囲内で借金しておくのがいいでしょう。

借り入れはプロパー融資なのか、保証付き融資なのか?

後継者は、銀行からの借り入れの中身を知るべきです。引き継ぐ会社の借り入れがプロパー融資なのか、それとも信用保証協会が保証している保証付融資なのかを把握しておきましょう。

 

信用保証協会とは、「保証人」として中小企業の資金調達をサポートする公的機関。その保証付融資は、公的機関の裏づけがあることから銀行の審査が通りやすい。ところが、その枠をすでにいくら使っているのか知らない経営者がいます。

 

たとえば災害にあったとき、信用保証協会は特別枠をつくって融資してくれます。ところが枠を使い果たしていたら、借りられるものも借りられなくなってしまいます。

 

なるべくプロパー枠で借りておいて、信用保証協会を使わないようにしておかないといけません。

 

ところが、銀行の営業マンに勧められるがままに借りている場合、信用保証協会の枠を使い果たしていることがあります。業績が悪くてやむをえず保証付融資を受けているなら仕方ありません。しかし、業績がよければ、まずプロパーで借りておいて、それでも資金が必要なときに信用保証協会を使う。これが順番です。

 

なぜ、保証付融資の枠を使ってしまっているのでしょうか? よくあるケースは、地方銀行1行としか付き合っていないこと。

 

銀行によっては、担保を取って、個人保証を取って、信用保証協会の保証まで取っているケースもあります。銀行も商売ですから、有利にビジネスを進めようとするのは当然ですが、そうした経営者にほかの銀行を紹介すると、個人保証も担保も信用保証協会の保証もすべて不要で借り換えられることがあります。

 

大切なのは、複数の銀行と取引することです。そうすれば競争が生まれます。「向こうが保証付じゃないとダメだと言うなら、うちはプロパーで融資します」という提案を引き出せます。

銀行が中小企業の経営者から「個人保証」を取る理由

中小企業は、背伸びしてメガバンクと付き合う必要はありません。地方銀行と信用金庫、そして政府系の3行と付き合うのがおすすめです。

 

政府系は、商工組合中央金庫(商工中金)か日本政策金融公庫のどちらでもかまいません。

 

株式会社は本来、所有と経営が分離されていて、出資者は出資した分しかリスクを負わないのが原則です。たとえば、東証一部上場企業の株を買ったとして、その会社が倒産しても、株の価値がなくなるだけです。株を買った分は損しますが、それ以上の負担を強いられることはありません。

 

ところが中小企業の場合、多くは社長が株主であり、経営者です。出資した分しかリスクを負わないとなると、銀行から見れば、社長個人が会社をつぶして逃げてしまう恐れがあるのです。それで個人保証を取るわけです。じつは、銀行が経営者から個人保証を取るのは先進国では日本と韓国くらいしかないといわれています。

 

近年は、個人保証を取らないというのが国の政策の方向性です。とはいえ、強制ではありません。民間の銀行の場合、これまで通りに個人保証を取って融資するケースが少なくありません。

 

しかし、公的機関は国の方針を守るのが大原則。政府系の金融機関は、業績がいい会社に融資するとき、個人保証を取らないようになってきました。

 

本連載を読んでいるのは、事業承継を本気で考えている人でしょう。そうした人が経営する会社は業績がいいケースが多く、経営者の個人保証が外れる可能性が高いのです。

 

実際、私はこれまで何人も経営者の個人保証を外してきました。私の顧問先には個人保証のない経営者がたくさんいます。

 

ひと昔前は、個人保証を外そうと思ったら株式を上場するしかありませんでした。株式を公開するとなると、個人が保証しているのは公私混同になるため、逆に個人保証を外さないといけないからです。今はそんなことはありません。

 

ユニクロを展開するファーストリテイリングの柳井正氏の著書『一勝九敗』(新潮文庫・2006年)には、上場したときのエピソードが記されています。そこには、個人保証が外れたのが「非常にうれしい出来事だった」と書かれています。これで自分の資産が守られるというわけです。私は、とても正直な人だと感動しました。あの柳井氏ですら、個人保証が外れるとホッとする。社長はどれだけ安心するでしょうか。それを今は国が推奨してくれているのです。

 

「うちの親父の会社は業績がいいから関係ない」と思っている後継者がいるかもしれません。しかし、地銀、信金、政府系の3つと付き合えば、手持ちのカードが増えます。

 

銀行は、困ったときにお金を貸してくれません。泥船には貸したくない。儲かっている会社、間違いなく返してくれる会社に貸したいのです。

 

保証協会の枠を空けておく。

 

個人保証の枠を空けておく。

 

担保も空けておく。

 

決め手を温存しておけば、万が一、業績が悪くなっても担保を提供できます。担保で足りなければ保証も付けられます。いざというときにカードを切れるのです。

親父いつ社長やめるの? 創業者があなたに事業承継しない決定的な理由

親父いつ社長やめるの? 創業者があなたに事業承継しない決定的な理由

鈴木 浩文

アチーブメント出版

経営者の平均年齢は66歳・・・ 「うちの親はいつになったら引退するつもりなの?」 後継者のあなたはそう思っていませんか? 2028年まで事業承継税制「特例措置」によって自社株の贈与・相続に税金がかからなくなりました…

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