今回は、中小企業の社員に役割と責任を自覚させるための「人財役割責任等級基準」の作り方を見ていきます。※本連載は、株式会社中央人事総研代表取締役・大竹英紀氏の著書、『今いる社員で成果を上げる 中小企業の社員成長支援制度』(合同フォレスト)から一部を抜粋し、これまで100社以上のコンサルタントを通じて多くの成果を出してきた経験をもとに筆者が構築した、社員のやる気と能力を最大限に引き出して会社の業績をアップさせる「社員成長支援制度」の活用法を紹介します。

社員の役割を明確化する「人財役割責任等級基準」

「管理職が自分の役割をわかっていない」

 

「自分の仕事が精一杯で部下の指導をしない」

 

「言われたことしかやらない社員が多い」

 

このような管理職、一般社員の役割の意識の低さを、社長から指摘されるケースが少なくありません。

 

社員の役割、責任を社員成長支援制度の中で具体的に示す仕組みがあります第2回(関連記事『能力主義の評価は古い?「社員成長支援制度」の5つの仕組み』)でも紹介した「人財役割責任等級基準」です。

 

これは、会社における成長のステージ(階段)を役割と責任という2つの軸で等級ごとにランク付けしたものです。社員の「成長の階段」ごとに、会社として期待し、要求している役割、責任を明確にします。新入社員をはじめとして、上位等級までに至る期間、仕事を通じ、成長する階段を等級ごとに役割・責任の広さと深さで明らかにしていきます(図表1)。

 

社員の成長の階段(ステージ)を「役割」と「責任」で明確にしたもので社員成長支援制度の中心となる仕組み。
[図表1](人財役割責任等級基準の体系)社員の成長の階段(ステージ)を「役割」と「責任」で明確にしたもので社員成長支援制度の中心となる仕組み。

 

1人財役割責任等級基準の目的

人財役割責任等級基準の目的を述べると、次の4つになります。

 

①社員の成長・育成の物差しとするため(能力開発)

②昇格・昇進基準の要とするため

③人事評価に結びつけるため

④処遇(昇給・賞与・退職金)ルールと連動させるため

 

人財役割責任等級基準の導入の一番の目的は、今の会社で社員がこれからどのように成長してほしいのかのビジョン(期待する人物像)を明らかにすることです。

 

そうすることによって、社員は「今はこの仕事をやっているけど、これから数年後はこの目標に向かって、このあるべき姿に向かっていけばいいんだ。よし、頑張ろう」という気持ちがふつふつと沸くようになります。

 

その結果、本人の頑張りにより、毎回の人事評価の結果が改善され、上位の等級にも昇格することができます。もちろん昇給、賞与にも連動されます。

 

このような意味で、人財役割責任等級基準は、社員成長支援制度の要となる仕組みです。反対に、企業でよくあるのは、この基準の内容が曖昧で、他の仕組みとまったくつながっていないケースです。

 

2役割・責任の考え方

今までの100社以上の個別指導をもとに、組織の成長における必要な役割と責任を整理しました。図表1「人財役割責任等級基準の体系」を参照してください。

 

①業績と成果を果たすための役割と責任

②マネジメントと人材育成を果たすための役割と責任

③技術・技能、能力の向上のための役割と責任

④仕事への取り組み姿勢の向上のための役割と責任

 

この4つの役割と責任が基本となりますが、注意する点としては、上位の等級に向かうほど、①と②の役割と責任のウエイトが高くなることです。それは、組織における階層の求めるべき役割分担の大きさによるものです。

 

上位等級(等級が高い)の社員は、当然、自部門の業績向上とマネジメント、人材育成が大きな役割と責任となります。

 

反対に、下位の等級に向かうほど、③と④の技能、能力の向上と取り組み姿勢を向上させる役割と責任のウエイトが高くなってきます。下位の等級の社員は、仕事の基本を忠実に行う役割と責任が必要なわけです。

「あなたにはもっと重要なことやってほしいんだよ」

3人財役割責任等級基準の作り方のステップ

次に、実際の人財役割責任等級基準の作り方のステップを説明しましょう。

 

【人事基本方針明確化シート】

1.人事基本方針について

□方向性・・・どんな人事制度(社員の成長支援制度)を目指していきたいですか?

一言で表すなら・・・

 

□階層別では、この制度を導入することで、どんな社員に変わってほしいですか?

会社に必要な人材像を明確にします。

※会社の実情によって階層は変えてください。

●部長・課長は・・・

●リーダーは・・・

●一般社員は・・・

 

2.各制度の基本方針について

□採用方針

●いつまでにどんな人材を採用したいですか?

 

□等級制度(社員の成長の階段づくり)

●どこに主軸を置いて等級分けをしますか? ※何等級に分けるかを仮決定する。

例)業務の遂行能力、仕事の成果、果たすべき役割、負うべき責任・・・

 

□人事評価(制度)

●社員のどんなところを見て評価していきたいですか?

例)年齢、勤続年数、仕事の量や質、仕事の成果や結果、役割・責任の発揮具合、仕事への取り組み姿勢(態度)、知識や技術・技能の活用度合(職種別に)・・・

 

□報酬制度(賃金体系、昇給、賞与、昇格昇進、その他のインセンティブ)

●年収、月収、インセンティブ(やる気を喚起する仕掛け)等をどのように変えていきたいですか?

 

【社員のモデル賃金】についてどの程度が妥当だと思いますか?

 

 

□社員教育(制度)・・・社員成長支援制度の運用も含む

教育基本方針(全社員共通の教育)について

●どのような全社員共通の教育をしていきたいですか?

 

●今後、どの階層にどんな教育をしていきたいですか?

 

●具体的な項目については

例)専門的な技術・技能・知識、物事の考え方、物事に取り組む姿勢、マネジメント、コミュニケーション・・・

 

●フォロー体制はどうしていきますか?

※社員成長支援制度の運用も含め、方針を立てる。

例)管理職と一般社員の役割強化教育、成長支援面談の技法、考課者訓練など

 

①「人事基本方針」(※人事基本方針明確化シートを参照)を準備する。

②「人事基本方針」と自社の経営理念、社是、社訓、行動基準、経営方針といった経営の基本情報を見ながら、どんな社員になってほしいのか(役割と責任を意識する)を検討する。

③それらを役割、責任という軸で、まずは幹部、中堅、一般社員の3つのランクで区分して、たたき台を作る。

④③で作成した3つの区分を今度は等級という区分で細分化する(社員数50人未満は5~6等級、50~100人は7~9等級、101〜500人は10〜12等級を目安。図表2「人財役割責任等級基準 製造業H社事例」を参照)。

⑤完成した内容に、管理職に必要と思われる内容を追加修正してもらう。

⑥完成した人財役割責任等級基準を社員に公開、人事制度の中で運用していく。

 

※1…図表1「人財役割責任等級基準」の基本的な役割・責任の考えの1~4 を示している。 ※2…昇格のときにチェックをする。できていれば○、できていなければ×を付ける。
[図表2](人財役割責任等級基準 製造業H社事例)
※1…図表1「人財役割責任等級基準」の基本的な役割・責任の考えの1~4 を示している。
※2…昇格のときにチェックをする。できていれば○、できていなければ×を付ける。

 

4人財役割責任等級基準を活用して、管理職に役割・責任を落とし込む方法

さて、この「人財役割責任等級基準」を作成した後に、社員にどう自分の役割・責任を理解させるかという課題が生じます。

 

よくあるのは、本人が自分の役割を理解していないケースで、これ以上問題が生じないために行う解決方法を次の事例で紹介します。

 

【東海地区の製造業K社、社員50名の自動車部品加工業の例】

 

2代目社長は就任して約7年です。社長は、工場長にいつもある不満を抱いていました。それは、現場でクレームが発生すると、いつも自分自身で処理して、部下に任せないという状況でした。

 

工場長にそのことを伝えると、決まって「社長、部下は自分の仕事で精一杯なんですよ。だから私が代わりにクレームの処理をして、現場が回るようにしているのです」と、社長の意見にいつも反論していました。

 

社長は、内心は「いや、工場長、違うよ! あなたにはもっと重要なことやってほしいんだよ。それは自分の部下を育てることなんだよ。それがどうしてわからないのかなぁ」と思っていました。でも、工場長はそうした役割などまったく気にせずに、クレームがあると待ってましたと言わんばかりに、率先して現場に出向いて、クレーム処理に勤しんでいる日々でした。

 

社長は、工場長として今後続けさせるかどうかを迷っていました。

 

そこでK社の社長は、地元金融機関の紹介で、私に相談をしてきました。私は、社長から工場長に対する悩みをお聞きした上で、アドバイスをしました。

 

「社長、工場長に直接本人の役割を繰り返して伝えていますか」

 

「年始に面談をしていますが、実は業務的な改善策などの細かい話になっています」

 

「社長、役割や責任というのは、本人が本当に腹に落ちないと実行ができません。事あるごとに、本人に伝えることが必要です。それと、ぜひ本人に工場長としての役割を具体的に聞いてみてください」

 

私からの助言をもとに、社長は工場長に聞きだしました。

 

「工場長、毎日、現場の業務でご苦労さま。ところで、自身の役割についてはどう考えているのかな」

 

突然のことに工場長は少しびっくりした表情で、言葉を選びながら「はい、部下が現場の仕事をうまく回せるように手助けすることです」。

 

「具体的にはどんなことかな」

 

「前にも言いましたように、クレーム処理をして現場が回るようにすることです」との工場長の発言に対して、社長は「ほかにはあるかな」と重ねて問いかけました。工場長は「現場での細かい作業はいろいろありますが・・・」。

 

「今後、あなたがいなくなったらクレームの処理は誰がやるのかな。本来、課長や係長がやらないといけないんだよ。工場長の役割と責任とは、部下にそのクレーム処理を自分でできるように独り立ちさせることだ。このことは、昨年に渡した人財役割責任等級基準の6等級に書いてある。この等級の一番の役割は部下を育てて、自分の後継者を育てることなんだ。あなたが会社を辞めた後でも、仕事が回って行くようにしてほしいのです」

 

社長は心から工場長自身が成長してほしいという思いから、語気を強めながら、伝えたそうです。

 

その半年後には、工場長は部下にクレーム処理を任せられるようになったのです。

 

こうした事例は、特に中小企業ではよくあります。社長の想いがなかなか伝わらない。それを人財役割責任等級基準を活用し、本人との対話を繰り返しながら役割を刷り込んでいくのです。ぜひ一度実践してみてください。

 

管理職に役割・責任を落とし込むステップ

1.  本人に現状の自分の役割と責任を聞き出す。

2.  1に対して、会社から見た本人の役割と責任を伝える(人財役割責任

等級基準の活用)。

3.  1と2のギャップを明らかにさせる。

4.  そのギャップを埋めるための目標設定(ゴール)計画、改善策を作る。

5.  定期的にチェックをして、進捗を図り、本人への役割、責任を醸成させていく。

今いる社員で成果を上げる 中小企業の社員成長支援制度

今いる社員で成果を上げる 中小企業の社員成長支援制度

大竹 英紀

合同フォレスト株式会社

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