「いつでもどこでも受けられる」日本の良き医療が崩壊する日

本記事では、医療従事者のスキルとモラルを低下させる現場の実態を取り上げます。

病院の4割はブラック企業

厚生労働省によると、病院に勤務する医師の1か月当たりの平均労働時間は、2013年には172時間を超えました。2011年には180時間を超えていたので改善傾向にあるとは言えそうですが、全産業ベースの150時間程度と比べるとかなり高水準です。

 

また、医師の1週間当たりの平均労働時間を年代別に見ると、50代までのすべての年代で50時間を超えています。全体のほぼ4割が60時間以上で、1年間に取得した有給休暇の日数は「3日以下」が47.2%を占めました。若い医師ほど長時間労働を強いられていて、週当たりの労働時間は20代が60.5時間、30代が54.2時間という過酷さです。特に、20代では「80時間以上」も2割ほどを占めました。

 

さらに、単に労働時間が長いだけでなく、医師は宿直やオンコールにも対応しなければならないので、実際には、規則正しい生活を送ることすら困難と言えます。病院や医師自体が少ない地方ではなおさらです。

 

こうした実態から、「日本の医療機関の40%が“ブラック企業”だ」と指摘され、国の対応を求める声も上がりました。

医師だけでなく、看護師の勤務環境も過酷

医師だけでなく、看護師の勤務環境の過酷さも深刻です。

 

日本看護協会(以下、日看協)の坂本すが会長は、夜勤に対応する看護師の業務負担が大きくなりがちだと指摘して、こうした看護職員の所定労働時間を短縮するなど、「夜勤・交代制勤務改革」が必要だと訴えました。

 

日看協の調べによると、3交代制勤務の病院では、看護師の26%が月に10日以上夜勤をこなしています。3交代制の勤務では、変則的な時間割りになりがちで、これでは疲れを蓄積させながらひたすら働き続けなければなりません。そのため、最近では民間病院の一般急性期病院でも2交代制を採用する病院が増えてきました。

 

1か月当たりの夜勤回数が多い病院ほど看護師の離職率が高く、月9回以上のスタッフが過半数を占める病院では12.9%と高くなっています。

 

医師にしろ看護師にしろ、優秀な人材をどれだけ確保できるかは病院の経営だけでなく、医療の質をも左右します。高齢化に伴う医療需要の増大が見込まれるならなおさらです。それだけに、スタッフの労働環境や処遇の改善はどの病院にとっても最重要課題の一つとなっていますが、医療費の削減や人材の偏在がそれを阻んでいるのです。

医師不足はなぜ解消されないのか?

こうした過酷な労働環境が改善されないことは「医師の偏在」とも関係しています。「医療崩壊」が社会問題化した2000年代初頭より、医師不足を解消させるための国の政策は二転三転してきました。

 

厚生労働省は当初、医師の絶対数自体は諸外国に比べてそん色はなく、都市部など特定の地域への偏在や、産婦人科や外科などの診療科が若手医師に敬遠されがちなことが問題だと主張していました。

 

しかし、大手メディアが医師不足の問題を大々的に取り上げ始めると、2008年に国は医学部の定員を削減するそれまでの政策を見直し、増員へ転換。同年6月に閣議決定した「経済財政改革の基本方針」(骨太方針)には、大学医学部の定員を「過去最大程度まで増員」すると明記したのです。

 

ところが2016年5月11日、政府の経済財政諮問会議に出席した塩崎恭久厚生労働大臣は、「2008年度以降、医学部定員を大幅に増やしてきたが、地域・診療科の偏在はまだ解消されていない」と述べました。同省の調べでは、1994年以降、麻酔科や皮膚科の医師数は確かに増え続けていますが、外科や産婦人科では依然として伸び悩んでいるのです。

 

診療科間の医師の偏在は2008年以降、解消するどころかむしろ進行しています。

 

労働に関する調査・研究を行う労働政策研究・研修機構が2012年9月に公表した「勤務医の就労実態と意識に関する調査」では、「休日・休暇の日数」に対する不満が37.0%と「給料・賃金の額」(37.7%)に次いで高く、勤務環境の改善を妨げる要因として「地域・診療科による医師数の偏在」を挙げる医師が53.8%と最多でした。

 

医師不足の抜本的な対策は、待遇(給与を含む)を良くして働きやすくするしかないのです。特に外科系の医師不足は深刻で、少ない人員で多くの患者を診なければならない状況が続いているため、過酷な勤務環境が改善されず若手医師が敬遠するという悪循環を生んでいます。

医師の偏在は病院の「勝ち組」と「負け組」を鮮明に

医師や看護師など医療従事者の特定の地域や診療科への偏在がなかなか解消しない中で、厚生労働省は、2016年4月20日の「医療従事者の需給に関する検討会」で、大胆な内容を提案しました。

 

将来にわたって医師の偏在が継続することを想定して、十分に整備が進んだ医療機関に医師の定員を設定するという内容です。都道府県が策定する「医療計画」に新たに定員を記載するとしています。

 

日本の医療制度はこれまで、医師の「自由開業」と「自由標榜」が大前提とされてきました。どこの地域でどの診療科を掲げて開業するのも、医師の自由だということです。

 

厚生労働省の提案はこの前提を制限するもので、さらに「特定の診療科や地域の診療に従事することを診療所の管理者の要件にする」とも提案しました。医師不足が深刻な地域や診療科への配慮でしょうが、これが実現されれば医師の開業へのハードルは格段に高まります。そのため、既存の病院にとっては医師の流出に歯止めがかかり、医師不足の地域が減少するメリットもありそうですが、実現へのハードルは高そうです。

 

また近い将来、特定の地域や診療科への偏在を解消できる対策を国が打ち出したとしても、それとは異なる形で人材の偏在が鮮明になることも考えられます。

 

特定の病院への偏在です。

 

スタッフの処遇や労働環境の改善にどれだけ取り組めるか、医療需要の地域シェアを独占できるほどの得意分野があるか、医療従事者の支持を獲得できるだけの特色があるかどうか――。今や、そうした要素が病院の「勝ち組」と「負け組」を鮮明にする時代になってきました。

 

こうした二極化によって病院の数が減れば、わが国の掲げる国民皆保険の理念である「いつでもどこでも受けられる」日本の良き医療が崩壊するのは間違いありません。

ゴッドハンドでも研修医並み…報われぬ日本の医師

日米の診療報酬制度を比較する際、決定的に異なる点が医師の技術に対する評価の仕組みです。

 

極端な例を挙げれば、日本では高度な医療を提供する大学病院でも患者に最も身近な開業医でも、診療報酬の設定が同じなら医療の値段は変わらないということです。

 

同じように、どれだけ経験を積んだ医師が手術を実施しても、診療報酬の設定が同じなら、医師免許を取得したての研修医と評価は同じ。その上、報酬を受け取るのは病院です。

 

介護報酬には「介護職員処遇改善加算」という仕組みがあります。この加算は、過酷な介護現場で働く職員の処遇改善につなげるためのもので、これまでの経験や介護福祉士の資格の有無などとリンクした昇給制度を就業規則で規定しないと算定できません。

 

キャリアアップとリンクした昇給制度を就業規則に規定させれば、確実な処遇改善が見込めるうえ、職員のモチベーションも高まるでしょう。

 

しかし、診療報酬には医師のキャリアを報酬に反映させるような仕組みはなく、医師の貢献度をどれだけ評価するかは病院側に委ねられています。

 

血のにじむような努力を積み重ねて高度な技術を身に付けたはずなのに、国の制度で研修医と同じ評価しかされなければ医師のモチベーションは上がりません。

 

「医療崩壊」が社会問題になって以来、過酷な業務に耐えきれず病院を去る勤務医が相次いだことはすでに紹介しました。もしも、医師の持つ豊富なキャリアを直接評価できるような診療報酬の仕組みがあったなら、こうした流れを防げるかもしれません。専門医をどう評価するかが、これからの大きな問題です。

日米で大きく異なる医師の診療報酬制度

米国では、医師の技術を診療報酬の評価対象とする「ドクター・フィー」という概念が取り入れられています。医師の大半がフリーの開業医として活動していて、自分の患者に入院や手術が必要になったら提携先の病院で入院、または手術を実施します。

 

保険会社から医療機関に支払われる診療報酬は、医療機関が受け取る「ホスピタル・フィー」と医師が受け取るドクター・フィーとに区別され、このうちドクター・フィーには検査や手術にかかったコストのほか医師の技術料が含まれています。医師のそれまでのキャリアがここで物を言うのです。

 

そもそも米国では、医療サービスの価格を医療機関や医師が自由に設定できるため、同じ医療行為であっても価格は千差万別です。公的医療保険でカバーする範囲が狭い分、医療現場は柔軟に対応しやすいと言えます。ただ、日本に比べて患者が医療にアクセスしにくいという決定的な弱点もあります。

 

米国と日本とでは医療制度がそもそも大きく異なります。米国と同じドクター・フィーのような仕組みの導入は、医療費が公定価格とされている日本での導入はやはり難しいと思われます。

 

実際、日本でもドクター・フィー導入の是非をめぐって中医協で議論されたことがありますが、現実的ではないと判断され、そのままになっています。

 

少し古い話ですが、2002年度の診療報酬改定では、高難度で報酬の設定も高い手術を対象に、それぞれの手術で10年以上の経験を積んだ医師を配置して、一定の件数以上を実施しないと報酬を70%に減点する仕組みが導入されました。

 

海外の文献などを参考に、手術の実施件数が多ければ治療成績も良くなるはずだという考え方をベースにした仕組みでしたが、医療現場や学会が猛反発したためその後、廃止されました。

 

ゴッドハンドと呼ばれるような優秀な医師でも、診療報酬の評価が新人と変わらない現在の仕組みは大いに問題ですが、医師の技術を経験年数だけで評価することも非常に危険です。しかもこの仕組みでは、症例数に地域差があることを全く考慮していませんでした。

 

診療報酬を算定する条件に手術の実施件数を安易に組み込めば、不必要な手術の実施や、豊富なキャリアを積んだ医師の“引き抜き合戦”を助長しかねません。

 

病院による医師のキャリア形成支援と報酬をリンクさせるようなこれまでにない仕組みを検討すべきです。

 

 

吉田 静雄

医療法人中央会尼崎中央病院 理事長・院長

 

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医療法人中央会尼崎中央病院 理事長・院長

医学博士。1930年生まれ。
1955年に大阪大学卒業後、フルブライト交換留学生として訪米。
インターン外科レジデントとして5年間米国留学。
帰国後、1965年より大阪労災病院にて外科医として勤めた後、1975年からは大阪厚生年金病院(現・JCHO大阪病院)にて外科部長として勤務。
1985年、叔父の経営していた医療法人中央会尼崎中央病院理事長・院長に就任。
その後も全日本病院協会常任理事・監事、日本医療機能評価機構評議員、兵庫県私立病院協会(現・兵庫県民間病院協会)理事・副会長などを歴任。
日本外科学会専門医、日本外科学会指導医、日本消化器病学会専門医、日本医師会認定産業医、麻酔標榜医。

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