肥大化し、機能不全に陥った「診療報酬」
病院崩壊を語る上で、絶対に切り離せないのが「診療報酬制度」です。
一つひとつの医療行為を点数化し、それを対価(=金額)に換算するものですが、これが非常に膨大で煩雑な事務作業を生み、病院経営を苦しめています。
以下はわたしが2000年に『社会保険旬報』に寄稿した文章の抜粋で、診療報酬の問題点をまとめています。
診療報酬点数表について
医療費抑制のために複雑な診療報酬を作り、これを管理するために毎年膨大な費用が使われているのは、一般にあまり知られていない。
一説によれば年に5000億円を超えていると言われている。制度をもっと簡素化し、定められた基準のコンピューターソフトを使用すればこの費用も半減するのではないか。毎年改定されている点数表は膨大なものになり、一般医師にとってますます分かりづらくなってきている。医学の勉強はそっちのけで対応に追われているのが実情であろう。
根本的に一般患者にも分かり易くするためにもっと簡素化する時期にきているのではないか。自己負担が2割から3割になれば、なおのこと一般の理解が求められる。このままではますます医療不信が高まるのは目に見えている。点数表は今のように発表して即施行ではなく、少なくとも半年から1年前に予告できないものか。
一旦決まれば5年程度は大きく変えないでほしい。そうすれば医療機関も余裕をもって対応でき費用の節約にもなる。その作業は厚生省に任せずに、医師会や病院団体でも取り組む必要がある。
厚生省の伊藤健康政策局長(当時)が、最近ある講演で「医療法で人員配置基準や構造基準等を決めているが、こうした事は本当に必要なのか、医療機関の責任者が自由にしても良いのですよ、という世界もあり得る」と言っておられるのは、誠に示唆に富んでいると思われる。
情報公開について
情報公開は前にも述べたようにカルテの開示のみではない。医療保険審査の仕組みや方法等、今まで密室で行われていたものをもっと公開すべきである。
審査員も2年毎に変わっても良いのではないか。基準を簡素化し、誰でも理解できるようにすればそれは可能なはずである。医療不信も少なくなるであろう。制度上の不備から今はすべての医師が不正請求をしているように報道されている(過誤請求=不正請求)。
何が患者のためになっており、何がなっていないのかを患者の立場でもっとはっきりさせていくことが情報公開である。
何故カルテは今まで医師のメモ帳であり、公開に耐えるものでなかったか。何故米国のようにカルテ管理がきちんとできなかったのか。
原因は明白である。日本ではそうしたものに対する見返りがなく、米国ではあったからである。
また医療監視でも何故かそれは見過ごされていたのである。中小病院のすべてが情報管理士を置けるように補助金等で誘導すべきである。すべての一般急性期病院は出来高を止めてDPCを採用できるようになる。
(『複雑すぎる診療報酬の点数制度』社会保険旬報2000.8.1号より一部改訂)
病院の生きるも死ぬも、診療報酬の改定次第
診療報酬が病院経営を苦しめるのは、それによって2年ごとに発生する事務作業の煩雑さだけではありません。そのことを語る前に、まずは診療報酬の仕組みをもう少し詳しく説明しましょう。
たとえば体調を崩して初めて受診した患者を診療した際、医療機関は「初診料」として282点を算定します。2回目以降の受診では「再診料」として72点が算定されます(一般病床200床以上の病院なら外来診療料として73点を算定)。
診療報酬は日本全国どこへ行っても「1点=10円」と決められています。そこで先ほどの初診料282点に10円をかけると、2820円という金額になります。これが、「初診」という医療行為をした際の病院が受け取る「対価」となるわけです。
この診療報酬の大枠は「改定率」という概念によって決められています。「初診料」などの項目ごとの点数の改定は、限りある財源をどの項目にどれだけ配分するのかの見直しを意味します。
つまり、初診料の点数を引き上げるというのなら、ほかの項目の報酬を引き下げて初診料の財源を確保しなくてはならないのです。しかし、こうした変更は病院経営の死活問題に直結しています。
たとえば、入院患者を受け入れていない「無床診療所」では収入全体に占める初診料と再診料の比重が非常に大きいので、これらの大幅な引き下げは経営上の死活問題です。
一方、入院患者の受け入れが主な役割とされている多くの病院にとっては、入院患者を受け入れたときに算定できる入院基本料の見直しが重大な関心事になります。
また、がん専門病院にとっては「がん関連の手術料」の見直しが、整形外科を標榜する病院にとっては「リハビリテーション料」の見直しが大切な要素でしょう。
そのため、診療報酬の改定に向けて医療側が一枚岩になるのは難しく、ときに“財源の分捕り合戦”の様相を呈します(話を簡素化していますが、実際の点数は診療所、病院各科によっても異なります)。
診療報酬改定のたびに翻弄され続ける医療機関
診療報酬制度は、医療機関の行動を誘導するのに非常に有効です。なぜなら政策的に推進したい医療行為の方向性には手厚い点数配分を行い、反対に推進したくない医療行為には点数配分を少なくすれば、医療機関はより収入の得られるほうを選択せざるを得ないからです。
近年の診療報酬改定では、「地域包括ケアシステムの推進」をテーマに掲げて在宅医療の評価を手厚くする一方、容体が不安定な入院患者を治療する急性期病院向けの報酬では算定の条件が厳しくされるなど締め付けを強めています。
この方針は、比較的容体が安定しているなら病院に入院させるよりも、医師や看護師が患者の自宅に出向いて在宅医療を提供したほうがコストは少なく済むという考え方に基づくものです。
要は、高齢化に伴う医療需要の高まりに対応できるだけの財源を確保し続けることが困難なので、より「効率的」な在宅医療への費用配分を増やして、医療業界全体をこちらへ誘導しようとしているのです。
しかしこの「効率」については、疑問を呈さずにはいられません。在宅医療と言ってもその実態は地域によって大きく異なります。地方では遠距離のために交通費などが高くなり、一か所の施設、病院で医療行為(看護・介護)を行ったほうがよっぽど安くなるケースもあるのです。
決定から1か月後にはルール適用という無茶振り
診療報酬の改定率は、「医科」「歯科」「調剤」ごとのサービスの対価となる「診療報酬本体」と、医薬品や医療材料の公定価格「薬価・材料費」ごとに設定されます。そして、数千項目に及ぶ医療行為ごとの点数配分を示す診療報酬改定案は、基本方針と改定率を踏まえて中医協が年明け2月頃に固め、原則として4月から新しい点数が適用される、というプロセスを踏みます。
診療報酬の改定率をめぐる攻防は、政治的な思惑も絡み、前年末までぎりぎりの調整が続きます。かつては、厚生労働族議員の有力者たちが関係者の調整に奔走しましたが、近年ではその枠組みも変わりつつあるようです。
診療報酬の改定は病院の死活問題であるにもかかわらず、改定から適用までにわずか1か月しかないというのは、あまりに無茶です。せめて半年から1年前に決定すれば、病院側も対策が立てやすく、対応も容易で、改定に伴う費用も抑えることができます。
地域包括ケアシステムの構築を推進するため、2016年度の診療報酬改定の基本方針では、「医療機能の分化・強化、連携に関する視点」を重点課題に位置付けて、急性期から介護まで必要なサービスを切れ目なく提供できる体制の整備を目指す方向性が示されました。
医療分野ごとの見直しでは、「緩和ケアを含む質の高いがん医療の評価」や「認知症患者への適切な医療の評価」といった具体策が挙げられました。
また、「かかりつけ医機能の評価」として複数の慢性疾患を持つ患者への療養上の指導や服薬管理、健康管理の継続的な対応を評価しています。
全国の病院経営者たちは、こうした一連の流れに注目せざるを得ず、診療報酬の改定次第で自分たちの今後を大きく翻弄され続けているのです。
吉田 静雄
医療法人中央会尼崎中央病院 理事長・院長