資産管理や資産承継などのさまざまなニーズに対し、家族の状況にあわせた柔軟な設計が可能な「民事信託」。上手に活用すれば、遺言や成年後見では難しいことも実現できますが、委託者である家族等は資産管理の専門家ではないため、注意すべき点も多くあります。※本連載は、株式会社継志舎代表取締役・石脇俊司氏の著書『民事信託を活用するための基本と応用』(一般財団法人 大蔵財務協会)から一部を抜粋し、「非営利型の一般社団法人」を活用した民事信託における実務のポイントを整理し、わかりやすく解説します。

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内容を理解したうえで、専門家へ委託する必要がある

Q 民事信託の課題・問題点とは?

 

A 民事信託は家族等が受託者を務めます。家族等は資産管理の専門家でない者のため、専門性と経験が不足しています。また、個人が受託者を務めることが多いため、その個人に万が一の事態が生じると、新たな受託者を定めなければならず継続性に課題があります。その他、民事信託ゆえの問題点が存在し、その解決策を導入時に検討していかなければなりません。

 

 Point 

□資産管理の専門家ではない家族等が受託者を務めること

□専門性が不足する受託者への支援が必要

□個人が受託者を務めることもあり継続性に課題

□委託業務を明確にし、その業務の専門家の支援を得る必要がある

 

商事信託の受託者となるには、資産管理の専門家が社内に揃っていることを監督当局に審査された後に免許の交付や登録がなされます。商事信託の受託者は資産管理の専門家がそろった集団です。一方、民事信託の受託者は、資産管理については素人です。その素人が受託者を務める民事信託では、専門性と経験不足を外部の専門家に頼る必要があります。

 

信託事務の処理を第三者に委託することは可能です(信託法第28条)。帳簿の作成は会計の専門家に、不動産の管理は、賃貸管理を業とする者に委託することもできます。信託目的と信託財産の内容に応じて不足する専門性と経験を補うことが必要です。

 

ただし、受託者が信託事務を全く行わずに何でも人任せとなっていては信託ではありません。受託者が中心となり受託者の不足する信託事務について第三者に任せつつ受託者自身も自身で行える事務を担うようにしなければなりません。第三者に委託するときは、受託者は第三者が適切に事務を行っているかの監督をします。

 

個人は年齢を重ねていきます。高齢となれば業務に支障が生じます。そしていずれ亡くなります。突然の事故や病気により受託者として必要な能力を失ってしまうこともあります。

 

受益者連続信託(本連載第2回参照※関連記事『遺言より有利?相続・事業承継対策で「信託」が使われるワケ)のような長期間にわたる信託は個人受託者では限界があります。受益者が弱者で信託財産より定常的な給付が必要な民事信託の場合は、受託者が不存在になると信託目的が実現しません。

 

家族等が受託者を務める民事信託では、受託者を担える者に限りがあります。長期間にわたる信託では、第一受託者が信託事務をできなくなったときの第二受託者の候補をあらかじめ選定しておくことが必要です。

 

また、個人ではなく法人を受託者とすることも検討します。法人受託者とする場合、家族等が中心になって設立する一般社団法人がふさわしいと考えます。

 

<帳簿作成>

受託者は受益者には信託財産の状況を報告する義務があります。毎年、受益者ごとに信託の収益を計算して税務署に法定調書を提出しなければなりません(関連記事『確認すべき受託者の義務は?家族で行う「民事信託」の留意点』)。これらの義務を果たすには、会計の専門家である税理士の支援を受けることがよいと考えます。

 

<不動産賃貸管理>

不動産が信託財産の場合、不動産管理・処分について専門的な知識を有する受託者はその数も少ないと思います。建物の簡単な保守や掃除は可能かもしれませんが、大規模修繕をする、売却をするなどの処分行為は専門家に相談することも必要です。信託業務を第三者に委託して信託財産の管理・処分を行っていかなければなりません。

 

不足する専門性をどのように補うのか? 受託者を支援する者は誰がふさわしいか? 信託の設計者は信託の設計時点で検討し、支援者を選定しておくことも必要です。

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受託者の義務の不履行は「財産の棄損」につながる

Q 民事信託の受託者が義務を怠るとどうなるのか?

 

A 信託目的を達成することができなくなることにもつながります。受益者の権利が損なわれることにもなります。信託財産の管理と承継に支障が生じ、信託の設定が原因となり家族に問題や争いを生じさせることにもなりかねません。

 

 Point 

□家族の強い信頼のもとに成り立つ民事信託でも綻びが生じる

□受託者が義務を果たさなければ信託財産は棄損し、次世代への資産承継にも問題が生じる

 

信託は、委託者が受託者を信頼し、委託者が所有していた財産を受託者に(所有権を)移転します。受託者は信託財産の管理・処分を引き受けることで受託者としての義務を負うことになります。

 

信託が開始されると、受益者は信託契約等で定められた権利(受益権)を得ます。受益者の権利の実現は、受託者が果たしていきます。受託者はその権利を実現するために信託財産の管理・処分を忠実に行うことの義務を負います。

 

受益者は権利を損なわれないように受託者を監督する権利も有していますが、民事信託の場合、基本的には家族等の受託者を信頼して信託財産の管理・処分による受益者の権利の実現を待っています。

 

受益者が高齢の場合、高齢者は生活のための資金の給付を受託者に任せることで、健康で福祉的な生活を実現していきます。老後の生活は受託者の信託事務を信頼することで成り立つことになります。家族の信頼関係があってこそ成り立つのが民事信託です。

 

資産の承継を目的とする信託を受託者が引き受けたら、受託者は委託者の所有していた資産を次世代へと橋渡しする義務を担います。忠実(忠実義務)に自身の利益を顧みず(利益相反行為の禁止)委託者の思いがこもった信託財産を次世代に承継していかなければなりません。

 

信託財産は信託期間中ずっと受託者自身の資産と分別して(分別管理の義務)管理し続け、委託者が設定した目的実現のために受託者は信託事務を担っていかなければなりません。

 

受託者の義務の履行が信託財産の維持につながります。経済の大きな変動や地震や天災など避けることのできない事故により信託財産が棄損してしまうことなどやむを得ないこともありますが、受託者が責任をもって信託期間のあいだ信託財産を管理し続けなければなりません。

 

信託期間中、信託財産は委託者のものでも、受託者のものでもなくなり独立した存在です。その財産を管理する権限はその財産の真の所有者ではない受託者が有しています。受託者の義務の不履行は、その財産の棄損につながります。財産の棄損は信託目的を実現できなくなることにもなります。受託者の義務は重いのです。

 

家族等が受託者を務めるゆえに、委託者と受益者の信頼を得やすい民事信託では、その信頼に安んじて受託者が義務を履行しないと信託財産の棄損にもつながります。それでは信託した意味がなくなります。また、将来において家族間に問題や争いを引き起こす種にもなってしまいます。

 

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民事信託を活用するための基本と応用

民事信託を活用するための基本と応用

石脇 俊司

一般財団法人 大蔵財務協会

実務目線による経験に基づく情報を盛り込み、「非営利型の一般社団法人」を活用した民事信託における実務のポイントを整理し、わかりやすく解説します。

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