交通事故「被害者の保険金を値切る」日本の保険制度のカラクリ

本記事では、日本の自賠法および自賠責保険制度が抱える、様々な問題や矛盾点について解説していきます。

自賠責保険の保険者が民間の損害保険会社になった経緯

自賠法の制定および自賠責保険の成立で、我が国の交通事故補償はそれまでと比べて飛躍的に前進したが、一方でいくつかの問題点も存在した。その大きなものが保険者を誰にするかということであった。

 

保険者とは、保険の対象となる事故が発生した時に損害の補てん、その他の給付をする義務を有する者をいう。本制度設計段階においては、国の関与を強く打ち出すべきとの意見も強かった。自動車社会の発展に伴う被害者救済という役割から、国が社会保障の一環として行うべき、という考え方が根底にあったからである。

 

少なくとも営利企業である保険会社がそのまま保険者となることは、この制度が持っている公共性を保証することが難しいのではないかということで、別の組織、団体が想定されたのである。そしていずれの形においても、国がどのような形で、どの程度制度に関与するかが議論の焦点になった。

 

制度の試案段階の最初には相互保険組合の開設が考えられた。そして保険料を補完する国庫負担の方法も組合に対する再保険制度が想定されていた。次いで考えられたのが組合ではなく特殊な相互保険会社による方法である。それまで存在していた民間の損害保険会社とは違った、自賠責保険を運用する新たな保険会社を設立する。そしてその基金の半額に当たる1億5000万円を国が負担するという案が考えられた。

 

しかし、結局これらの特殊保険機構を設けることは従来の損害保険制度に対する全面的な改革につながり、混乱を招くという意見が大勢を占めることとなった。そして保険者は現在のように保険会社とすることになり、国は保険料などの一部を負担する案で決着したのである。

 

さて、このように保険会社を自賠責保険の保険者としたのには、第一に膨大な保険契約を円滑に処理するために、保険会社の長年にわたる経験と、その全国的組織網を活用することが早道であったことが挙げられる。

 

そして第二はすでに保険会社が任意保険として保険事業を営んできた実績を無視しえないなどの理由によってである。

 

しかしながら、やはり自賠責保険というそれまでの保険概念とは違う保険制度を扱うということ、そして何より交通事故被害者救済という、社会保障的な意味合いと公共性を考えると、保険者が任意保険と同じ保険会社ということはその制度運用に大きな弊害をもたらす危険性があるといわざるを得ない。

 

事実、現在の交通事故補償における自賠責保険の運用の実態を見るにつけても、明らかにその弊害が見られる。

 

そもそも第一の理由である、保険契約の円滑な処理に損害保険会社のノウハウとインフラを活用することは理解できても、第二の理由である保険会社の実績を無視することになるという点が理解に苦しむところである。

 

我が国の保険制度の概念として交通事故補償における自賠責保険は最低補償としての1階建ての部分であり、任意保険は1階部分で補償ができない部分、2階建ての部分を構成するものという考え方である。1階部分の自賠責保険事業をどのような第三者機関が行うとしても、なぜそれが任意保険の保険者である保険会社の実績を無視するということにつながるのであろうか?

 

いずれにせよ発足当時は火急の状況の中で暫定的に決定されたという要素があるとすれば、それはそれで致し方のないところかもしれない。とするならば、歳月を経て世の中の状況も大いに変わってきている現在、旧態依然とした体制のままであることが果たして妥当かどうか、大いに議論の余地があると考える。

後遺障害算定の基準は「戦前の工場法」

さて、自賠法および自賠責保険制度は昭和30年(1955年)に定められたものであるが、自賠責保険の後遺障害の等級表は昭和39年(1964年)に自賠法施行令第2条としてその後新たに制定されたものである。

 

この自賠法施行令第2条が制定されるまでは、後遺症による損害の立証や算定は民法に基づいて行われてきた。ただ、立証資料の収集などが難しく、請求棄却となることも多かったのである。こうした事務請求手続きを簡素化し、迅速性を高める必要から、自賠法施行令第2条が制定されたわけである。

 

後遺障害の等級の内容に関しては以前に触れているので詳しくは解説しないが、1級から14級まで、後遺障害の症状の内容によって基準をしっかりと設けることは、等級認定の簡素化、迅速化とともに、公平性を追求するうえでも当然の帰結であろう。問題はこの等級表をどのように策定したかということである。実は後遺障害の等級は労災保険の等級表をそのまま採用しているのである。

 

では、労災保険および労災保険の等級表の起源は何かというと、実に昭和14年(1939年)頃の工場法の改正によって作られたものが、その後ほとんど変わることなく、戦後そのまま採用されたものなのである。つまり現在使われている後遺障害の等級表は戦前の工場法に則って作られているということだ。

 

この等級表自体は細かく条件づけられていて、労災の認定においては有効性が高いものだと考えるが、果たしてこれを後遺障害の等級としてそのまま採用することに問題はないのか? 本来はもう少し議論と検証を必要とするところであったと思う。

 

ただし、当時交通事故の急速な増加と被害者の増大に伴い、後遺障害の認定において一刻も早い客観的な等級審査が必要とされるところであった。まさに労災すなわち工場法による等級表は、その場をしのぐ火急の対応のために必要であったのである。しかしながら、当然そこには多くの問題が潜むこととなった。

 

その問題を明らかにするためにも、まず工場法がどういうものであるか簡単に触れておこう。

 

工場法自体の制定はさらに明治時代にまでさかのぼる。当時の工場においては人身拘束に近い前近代的な雇用形態の下、長時間労働、非衛生的な職場環境、低賃金という過酷な労働条件が工員に課せられているケースが多かった。しかもその多くが女性や子どもといった社会的弱者であった。いわゆる「女工哀史」の世界があらゆる現場で見受けられたのである。

 

当時は労働組合に対する規制も厳しく、労働環境改善を自ら勝ち取ることもまず不可能であった。このような過酷な環境の中、事故によって傷害を被る工員も多く、逃亡者も後を絶たず、健康な労働力の確保が工場経営者の緊急の課題になったのである。

 

そこで職工の健康保護に関する労働条件規制を設けることが工場法の目的であった。つまりいかに健全な労働力を確保するかという使用者側の論理からの法律であり、決して人権擁護的見地、人道的見地から制定された法律ではなかったのである。そして先ほどの等級表はそのような工場法の中での労働災害の認定基準として作られたものなのである。

 

こうした経緯を持つ労災保険の等級表を自賠法にそのまま取り入れたのが、現在の後遺障害の等級表ということになるのだが、当時そこで生活していた人々の意識との間に差があることは明らかだろう。

 

企業規模も違えば人権意識もまったく異なる。発生する事故も多様化しているし、後遺障害の態様も当然複雑化しているはずである。また医学水準も当時とは大きく様変わりしている。このような時代背景と人々の生活や意識の変化の中で、少なくとも後遺障害の認定に労災の等級表をそのまま使用することが妥当であるとは、到底いえないのである。

工場労働者の基準を、全市民に広く適用できるのか

労災の基準をそのまま後遺障害の等級に当てはめることに無理があること、つまり工場労働者の等級を全市民に広く適用することに無理があることを、もう少しわかりやすくするため、具体的な例で見てみよう。

 

例えば交通事故被害に遭い1本の指が動かなくなったとしよう。残った4本の指でも何とか車を運転することはできるし、簡単な軽作業なら健常の時より多少時間はかかるかもしれないが、ある程度はこなせるかもしれない。

 

しかし、もし被害者がピアニストであったらどうであろう。その損失は運転や軽作業よりはるかに大きいことは容易に想像できる(もちろん運転や軽作業でもその内容、目的によっては著しい支障をきたすこともあるので一概にはいえないが)。彼、または彼女は演奏家としての名声を失い、演奏活動を断念しなければならないかもしれない。もちろん本人の努力と情熱で克服することもできるかもしれないが、本来事故に遭わなければそのような努力をする必要もなかったはずである。ピアニストだけでなく、外科医や微妙な指の動きが要求されるある種の職人など、指の機能を1本失うことで仕事を継続することが困難な職種はいくつも考えられる。

 

このように、仕事の内容によってその損失は異なるのが実際だが、現行の後遺障害認定では器質的障害に基づく等級評価になるので、職業に関係なく皆同じように評価されてしまうのである。

 

後遺障害の等級が労災基準であるということの不都合とは別に、等級表そのものが持つ矛盾点もある。例えばファッションモデルが交通事故によって顔に大きな傷を負ってしまった場合、後遺障害等級表に当てはめるとどうなるか。外貌について、著しい醜状がある場合は7級と認定される。ところが、単なる醜状だと12級にしか該当しない。この「著しい醜状」と「単なる醜状」の境界線はどこに引かれるのか。

 

一つの目安として、傷痕の長さがある。傷が5センチ以上あれば「著しい醜状」、5センチ未満なら「単なる醜状」となるのである。自賠責の保険金額は(※1)、7級の場合1051万円となるが、12級ならば224万円しか補償してくれない。傷が5センチにわずか足りないだけで、両者に827万円の格差が生じてしまうのである。等級自体の労働能力喪失率の設定があまりにも大雑把であり、等級間の格差のバランスに妥当性があるかどうか、このようなケースで考えると大いに問題点がある(※2)。

 

等級間のバランスの問題と併せて、いってみればこれも器質的障害を基本にしているため、このような不条理な等級認定と損害額の算出につながっているともいえる。傷が4センチであろうが5センチであろうが、モデルを続けられないことによる実質の経済的損失はほとんど変わりがない。後遺障害の等級を器質的障害に限定した評価で行う限り、このようなことが起こりうるのである。

 

後遺障害等級の「併合」にも問題がある。これは、同一の交通事故によって後遺障害が複数残り、それぞれに等級が認定された場合に、それらを一体として最終的にどのような後遺障害等級を認定するのかを決めるルールのようなものである。

 

後遺障害が複数認定された場合、全ての等級が足されて補償が受けられるわけではない。例えば、肘と膝に後遺障害が残り、それぞれ12級が認定された場合、自賠責保険金額は肘の224万円と膝の224万円を加えた448万円となるのではなく、繰り上げられて「併合」11級が認定され、自賠責保険金額は400万円となる。この例の場合、少し違和感を覚えるかもしれないが、等級が上がるという意味においては一定の合理性を認めることができよう。しかし、次の場合はどうであろうか。

 

首の痛み、腰の痛み、肩の痛み、膝の痛みの4つの後遺障害が残り、それぞれに14級が認定されたとしよう。しかし後遺障害等級のうち、14級はいくら認定されたとしても、他の等級に何ら影響を及ぼさないというルールがある。この場合に現在の併合の方法を用いると、等級は一切繰り上がらずに併合14級が認定されるのみである。自賠責保険金額は4つ合わせても75万円であり、首の痛みのみの14級75万円と全く変わらない。痛みも複数箇所あれば労働や日常生活にその分影響があるはずであり、14級が複数認定されても、1つの場合と変わらないというのはあまりにも不合理である。

 

この他にも問題点は多々あり、併合についても抜本的な見直しが急務である。

 

また後遺障害の損害賠償には逸失利益とともに慰謝料がある。現状ではこの慰謝料も等級表に基づいて行われた等級認定によって算定されている。しかし、現在の等級表は明らかに労働能力の喪失に対する補償、すなわち逸失利益の算定を目的としたものであり、慰謝料の算定を前提としたものではない。そもそも労災補償には慰謝料の概念がないのである。

 

そのため後遺障害の慰謝料認定のためには、独自の目的を持った、別個の障害等級表を作ることが望ましい。いずれにしても、労災の等級表をそのまま使っている現在の後遺障害認定には、大いに問題があるということである。

 

※1 記事内の保険金額は2015年当時のもの。

 

※2 なお、醜状痕の後遺障害等級は、平成23年に大幅な改正がなされた。しかし、改正後の等級表によっても、依然として不合理な格差は存在する。例えば、傷痕が5センチと認定されれば「外貌に相当程度の醜状を残すもの」として9級16号、自賠責保険金は616万円となる一方で、傷痕が5センチ未満であれば「外貌に醜状を残すもの」として12級14号、自賠責保険金は224万円となり、依然として傷痕の長さが5センチに達するか否かという僅かな違いで392万円ほどの格差が生じてしまうのである。

 

 

谷 清司

弁護士法人サリュ 前代表/弁護士

 

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弁護士法人サリュ 前代表/弁護士

昭和40年、大阪市生まれ。府立天王寺高校、京都大学法学部卒業。平成9年、大阪で弁護士登録。当時問題となっていた弁護士偏在解決の先駆けとして、平成10年より弁護士過疎地であった山口県萩市に赴任、独立開業。平成16年、弁護士法人サリュ設立。平成27年、法律事務所を全国7カ所に構え、大阪にて執務する。平成20年より同志社大学法科大学院講師。

著者紹介

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ブラック・トライアングル[改訂版] 温存された大手損保、闇の構造

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谷 清司

幻冬舎メディアコンサルティング

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