他人に怒られてストレスを感じた経験は、誰もがあるでしょう。ストレスの多い現代社会を生き抜くには、「他人の怒り」への対応力が必要です。本連載では、シニア産業カウンセラー・研修講師の宮本剛志氏の著書、『怒る上司のトリセツ』(時事通信社)の中から一部を抜粋し、怒りのメカニズムと周囲の怒りに正しく対応する方法を紹介していきます。

「怒られる人」のためのアンガーマネジメント

「怒られる不安」に悩んでいませんか

 

「先生、私は、会社であの人の顔を見るだけで緊張してしまうんです」「あの人にいつ怒られるのか、また怒られないかと、いつもビクビクしています」「毎朝、今日一日、あの人に何を言われるかを考えると、怖くて・・・」

 

私は、「シニア産業カウンセラー」として、さまざまな企業に勤める人々のカウンセリングを行っていますが、こうした相談を受けることが年々増えています。

 

「産業カウンセラー」とは、働く人たちが抱える問題を自ら解決できるよう、心理的手法を用いて援助する専門家です。主に「メンタルヘルス対策」「キャリア開発」「職場における人間関係開発」の3領域で活動しています。

 

私のところに寄せられる相談内容はさまざまですが、多くは仕事や職場を中心としたストレスの悩みです。

 

怒りに正しく対処する「アンガーマネジメント」

 

厚生労働省の調査によると「現在の仕事や職業生活に関することで、強いストレスとなっていると感じる事柄がある」と答えた人は、約6割(平成29年度「労働安全衛生調査(実態調査)」)です。その原因のトップは「仕事の質・量」で、そのうち、約3割の人が「対人関係」を挙げています。

 

「対人関係」は双方向のものです。あなたが誰かに「怒り」をぶつけられると憂鬱になり、やがてそれがあなたの悩みになってしまうことがあります。その一方で、「怒り」をぶつけた側も、注意した、あるいは叱った程度と思いつつも、「ちょっと言いすぎたかな」「パワハラと取られないかな」と心配になり、内面に不安を抱えています。「アンガーマネジメント」という言葉をご存じでしょうか?

 

自分の「怒り」に正しく対処し、健全な人間関係をつくりだす知識や技術がアンガーマネジメントです。私が所属する「一般社団法人日本アンガーマネジメント協会」の代表理事・安藤俊介氏は、次のように説明しています。

 

「アンガーマネジメント」は、1970年代にアメリカで生まれた「怒りの感情と上手につき合うための心理トレーニング」です。

怒らないことが目的ではなく、怒る必要のあることは上手に怒り、怒る必要のないことは怒らなくて済むようになる。その線引きができるようになることを目的とします。

(安藤俊介『誰にでもできるアンガーマネジメント』より。太字は著者)

 

私のカウンセリングでも、この技術を用いて相談者に自分自身の「怒り」の対処法をアドバイスしています。目指すのは自分の「怒り」の感情で後悔しないことです。

 

こうした視点で今までは「怒る人」の問題や課題が語られてきました。しかし、私は、「怒られる人」――他人の「怒り」に悩む人が増えている現状にも注目する必要があると思います。

 

パワハラとなりかねない強い指導。部下とのジェネレーションギャップがもたらす仕事への価値観の違いや強いいら立ち。顧客対応やクレーム対応でのストレス・・・。

 

対人関係のストレスから「怒り」を抱え、時には爆発させてしまう人がいる一方で、当然、その周囲には「怒り」を受ける人がいます。

 

本連載を手にしたあなたも、誰かの「怒り」に悩んでいるのではありませんか?

他人の「怒り」に、自分の感情が支配される必要はない

怒られると、何も考えられなくなる

 

人には喜怒哀楽の感情があります。

 

「喜」と「楽」は、ストレスからは生まれません。ストレスのイライラは「怒」を生み出します。同時に、怒られた側の人の心には「哀」を生み出します。誰かの「怒り」に悩む人は、「つらい」「悲しい」と胸の内を私に明かします。

 

怒られて、他人の「怒り」から自分を守れなくなり「気づいたらボーッとしていて、何もできない」という相談例が増えています。

 

相手の「怒り」に対して受け身になり、どうしてよいか分からなくなり、「自分は期待をされていないのだろうか」「どうすればいいのだろう」と悩んで、やがて「悲しい」という「哀」の感情に囚われてしまうのです。

 

しかし、ここで一度、振り返ってみてください。「怒っている」のは誰でしょうか。あなたの周りの「あの人」「他人」「誰か」であり、あなたではないのです。

 

喜怒哀楽の感情は、本来、自分の中から湧き起こるものです。それなのに、なぜ、あなたの「哀」が他人の「怒」によって生まれ、それに支配されなければならないのでしょうか?

 

困ったり不安になったりする。でも、どうしていいか分からない。だから悲しくて、何も考えられないままボーッとしてしまう。あるいは途方に暮れてしまう。

 

それは当然なのです。理由が自分の中にないのですから。

 

[図表]

 

「怒り」の被害者にならないために

 

他人が原因で生まれる「怒り」にあなたが悩み、苦しむ必要はありません。それが、私が本連載で伝えたいことです。そしてあなたと一緒に目指すのは現状から抜け出すための方法を身に付けることです。

 

人間関係が原因の悩みの出口は2つです。無関係としてしまうか、関係改善を目指すか。本連載では、「アンガーマネジメント」の方法論に加え、心理療法やコーチングなど、私が日々、カウンセラーとして、アドバイスしている他人の「怒り」への対処法を紹介します。

 

もうこれからは、周りの「怒り」の感情に振り回されない──その出口への道順を、一歩ずつ一緒に探していきましょう。

怒る人の「手の内」を知れば、対処法が見えてくる

私も以前は「怒る人」だった

 

「宮本さんは、いつも誰かのことで怒ってますよね?」

 

仲の良い友人から、そう言われて、私はギョッとしたことがあります。カウンセラーになる前、会社に勤めていた頃の話です。

 

ある企業の支店から本部に異動し、経営部門直属の顧客対応部署を任されていました。日々、相談室に寄せられる膨大なクレーム対応。その情報を全支店と共有し、部署に配属される新人育成まで…。常にストレスを感じて、「怒り」のかたまりのような日々を過ごしていました。

 

向上心や改善意欲、例えば「やってやるぞ!」といった気持ちが伴う「怒り」は必ずしも、すべて否定されるものではありません。

 

こうした「怒り」は、よりよく制御できれば、困難な課題を乗り越えるために、そのエネルギーを使うこともできるからです。

 

しかし、多くの場合の「怒り」は、身勝手から発せられるもので、そのイライラは周囲に拡散されていく悪循環を起こしがちです。

 

友人は、そんな私の「空回り状況」を見かねて忠告してくれたのでしょう。

 

それが、私の転機となりました。

 

友人は、さらに「アンガーマネジメントというものがあるよ」と教えてくれたのです。そこから学び始めて、アンガーマネジメントの資格を取り、自分を素材とし、職場を実験場として、「怒り」の制御とその効果を日々確認していくことができました。

 

自分の「怒り」の仕組みが見えてくると、社内の仕事がうまくいかない理由に、関係者相互の「怒り」があることが分かりました。また、顧客からのクレームの中にある「怒り」の構造が把握できるようにもなり、自分も含め、「怒る人」の手の内が分かると、ただイライラ、オロオロするだけではなく、この仕事を、この職場を「どうしたいのか」という出口が見えてきました。そして、課題の一つひとつを改善していくことができたのです。

 

「怒り」の対処を知るために、まず、怒る人の「手の内」の理解から始めましょう。

怒りの理由を知れば、「自分とは無関係」だとわかる

相手の「怒り」は、あなたとは無関係な相手の理由や事情から発しています。では、怒る人は、どんな理由で怒っているのでしょうか。よくあるタイプ別に見てみましょう。

 

怒りの理由はさまざま

 

「強い信念がある」タイプ

中高年以上の40代、50代の怒りっぽい人に多いのは、自他共に「仕事ができる人」です。激しく変化するビジネス環境で、先例がない中、なんでも自分でやり、叩き上げでやってきた自分への強い自信があります。

 

その価値観を前提に、他人にも同じような苦労や努力を求めてしまうため、「そんなこともできないのか」「自分で考えろ」「皆そこからはい上がってきたんだぞ」と、説明なしの「怒り」の直撃が続きます。

 

「ストレス抱え込み」タイプ

意外かもしれませんが、中高年の職場でのイライラやストレスの理由を探っていくと、家庭や親族に関するプライベートの悩みが多いものです。

 

夫婦関係、親の介護、子どもの教育費、家のローン・・・。「家庭の問題を仕事に持ち込まないで」「それを他人にぶつけないで」と思いますが、これが「怒り」の原因になっているのです。

 

「好き嫌いで決める」タイプ

受け答えの態度がとにかく気にいらないから、理由を説明することもなく怒る。同じことでも相手によって態度が変わる。そのことに無自覚なので、周りを振り回している「怒り」にも無自覚です。

 

どの「怒り」も、その理由を具体的に見れば見るほど、あなたとは無関係なのです。

怒りが大爆発する前に「初期消火」することが大切

「初期消火」が大切

相手の「怒り」が、自分とは無関係と分かりました。では、それに巻き込まれないようにするためにはどこに注目すればいいのでしょうか?

 

下記の図表のように「怒り」には一連の流れがあります。どこかで発火し、その火種がくすぶっていたものが時に火柱を上げ、時には自然に鎮火し、そうかと思えば何かに燃え移り、大爆発を引き起こすことがあります。

 

[図表]怒りには一連の流れがある

 

 

他人の「怒り」に悩んでいる人のカウンセリングでは、この最初の「火種」に気付いていない人が多いようです。最初を見逃しているため、突然の火柱に慌てて、時に起きる大爆発にも巻き込まれてしまうのです。

 

ステップ① 出口を決める

「怒られる」→「ボーッとして何もできなくなる」→「さらに怒られる」。

 

他人の「怒り」の理由が自分とは無関係と分かっても、この迷宮の中にいては、状況は変わりません。あなたと相手の関係は、それが職場や取引先、顧客対応等、シチュエーションが違っても、一方的な「怒る・怒られる」もので、しかも発生から鎮火まで相手に主導権を握られている状況です。

 

相手の「怒り」の感情に振り回されることなく、また、あなたの感情を相手の都合に支配されることなく、あなた自身がどのような状況を望むのかを思い描くことがスタートであり、その実現がゴールとなります。

 

あなたはどうしたいのでしょうか?

 

相手を「やっつけたい!」ですか? それはあまりお勧めできませんが、そう思えたなら、あなたの中の「怒り」は相手に対抗できているので、すでに迷宮からは脱しているのかもしれません。具体的な対策も考えられます。

 

もしくは「逃げ出したい」ですか? これも一つの手段です。深刻な場合は、逃げることも現実的に考えるべきなのでこれについても後述します。

 

多くの人は、仕事や職場という自分の場所を守りつつ、「できれば相手と上手にやっていきたい」を望むのではないでしょうか。

 

実際に、私のところに寄せられる相談でも、「あの人からもう怒られない環境が実現できれば大丈夫」というものがほとんどです。迷宮の中にいる時は分からないかもしれませんが、意外に出口はすぐそこにあることが多いのです。

 

まずは出口を決めましょう。

 

ステップ② 観察する

あなたが「怒られている」という最大の悩みを「怒られない」という逆転の環境に変える道筋を見極める。その第一歩は、「観察」です。相手の「手の内」を知るためにも、あなたが追い込まれている迷宮の状況を俯瞰するためにも必要です。

 

観察法については、次回以降で詳しく説明します。

 

ステップ③ 分析する

相手の「怒り」には理由があります。それに加えて、発火の原因や、よく燃える燃料、鎮火する条件、もちろん大爆発の要因もあります。それら諸条件を分析し、適切な対処を行えば、他人の「怒り」を制御し、巻き込まれることから脱却できます。

 

相手の「怒り」を知る上で役立つのが、アンガーマネジメントの知識と技術の応用です。自分と相手の価値観の違いを知る方法についても詳しく説明します。

 

ステップ④ 最終防衛ラインを決める

いよいよ、相手の怒りに対処しますが、「怒り」の根拠が、常に相手の感情にあることを忘れないようにしましょう。

 

ただし、相手のせいだと思い、自分は正しいと頑張り過ぎると、自分で自分を追い込む危険もあります。相手が社内の人であれば、今後の仕事、職場、部門等を踏まえて、どこまで後退できるかという「最終防衛ライン」を心の中でそっと決めておくことをお勧めします。

 

社外の人である場合もまた、どこまで下がれるか、あるいはどこまで出ることができるかを考えることが有効です。自らの怒られやすい体質を改善する方法も詳しく説明します。

 

本連載ではさまざまな対処法を紹介します。その中から、ぜひ自分に合ったものを見つけてください。

 

そして、次回に進む前に「あなたはどうしたいのですか?」という問い掛けに、もう一度耳を傾けて、自分はどうしたいのかを考えてみてください。

こんなの理不尽! 怒る上司のトリセツ

こんなの理不尽! 怒る上司のトリセツ

宮本 剛志

時事通信社

他人の怒りに悩む人が増えています。 しかし、その悩みに振り回される必要はありません。 喜怒哀楽の感情は、本来、自分の中から湧き起こるものです。それなのに、なぜ、あなたの「哀」が他人の「怒」によって生まれ、それ…

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