2018年7月成立の「配偶者居住権」が制定された背景
2018年の7月に参議院本会議で可決、成立した遺産相続に関する改正民法では、配偶者が残りの人生で困窮しないように配慮した優遇策が盛り込まれています。この法律のポイントは、配偶者がそれまで住んでいた家に住み続けられる権利である「配偶者居住権」を創設するということです。
皆さんはなぜ、わざわざこんな法改正がなされたのか考えてみたことはありますか? こうした法律の改正は、世の中に起きている出来事を反映することが多いものです。
こうした法律が成立した背景には次のような事例が多く見られたからではないかと私は考えています。
夫婦が二人で住んでおり、子ども2人はすでに独立し、実家にいない状態です。この状態で夫が亡くなり、相続が発生するとしましょう。
夫の主な財産は相続評価2500万円の自宅と500万円の現預金でした。この場合、妻は当然のごとく自宅を相続し、預金についても老後の生活のために妻が相続するのが順当だと私は考えます。
すなわち、夫が死んで発生する最初の相続、一次相続では2人の子どもたちの相続分はゼロという不平等な分割が、公平感のある財産の分け方ではないかと私は考えますがいかがでしょう。実家も現預金も、その財産を築いてきたのは両親ですから、子どもたちに相続財産が分配されなくても当たり前のことではないでしょうか? 皆さんならこれで納得されますか? ほとんどの方が納得されるのではないかと私は考えています。
しかし、世の中にはそうではない人が多いようです。法定相続分で見ていきますと、2人の子どもの法定相続分はそれぞれ750万円ずつとなります。
しかし、現預金は500万円しかありませんし、母親の今後の生活のことを考えると現金はとっておきたいものです。しかし、母親の生活のことはお構いなしに、「母さん、私たちに法定相続分の750万円くれないかな?」と申し出てくる子どもがいるというのです。「そんなお金ないわ」と母親が反論すると、「だったら家を売ればいいじゃないか」と言うのです。遺産分割協議では、このように子どもが強硬に主張した場合、最悪のケースでは自宅を売却してお金を子どもに分けなければまとまらないということになりかねません。
そうです、今回民法が改正された背景には自宅を売却して、子どもが自分の法定相続分相当の現金を主張するケースが増えたからではないかと考えています。とても嘆かわしいことではないでしょうか。
法定相続、平等相続を主張するあまり、親の住居を売却させるなど本来であれば、言語道断な出来事です。自分たちを今まで育ててくれた両親なのですから、親のことを考えれば、平等相続はありえないと思います。しかし、目先の利益に惑わされがちな人たちが平等相続を支持してしまうのです。
これは、平等相続の弊害だと思っています。
嫡出子と非嫡出子の平等が、残された配偶者に落とす影
そして、私は今回民法が改正された背景はもう一つあると考えています。それは、嫡出でない子の相続問題です。いわゆる婚姻外の子(嫡出でない子)の法定相続分は、従来は嫡出子の2分の1でした。つまり、嫡出子の法定相続分が2分の1のとき、嫡出でない子の相続分は4分の1となります。ところが、2013年9月4日に最高裁判所でこの規定は違憲であるという判決が出ました。この結果、嫡出子と嫡出でない子の相続割合が同じになりました。
前述の例で仮に夫に婚姻外の子(嫡出でない子)がいた場合、相続財産は妻と子ども3人で分けることになります。
嫡出子である2人の子どもは母親に配慮して相続分がゼロで了解したとしても、嫡出でない子どもは母親とは血縁関係がないので、自分の権利を主張することになります。嫡出でない子を含めた子ども3人の法定相続分は、それぞれ500万円ずつですから、現預金500万円は嫡出でない子どもに相続させるしかなくなってしまいます。仮に現預金が足りない場合は、自宅を売るしか解決する手段がなくなります。
こうした問題も実際には相続の現場で起きていたのでしょう。そうした問題を見据えての民法の改正だと考えています。
相続財産が少なければ、そもそも分割は難しい
最高裁判所が出している司法統計(2016年)の遺産分割事件の金額別件数を見ると、1000万円以下が33.1%。5000万円以下が42.4%となっています。つまり、遺産分割事件によって裁判所で争っている人たちの75.5%は5000万円以下の相続財産で争っているということになります(図表1)。
少ない相続財産なのに、なぜ争いになってしまうのでしょうか? その主な理由は財産の内訳にあります。少ない相続財産のほとんどが、実は分けにくい財産で構成されているからです。
その筆頭となるのが自宅などの不動産です。相続財産が5000万円以下ならば、都内に自宅を所有し数百万円の預金があるというケースも多いと思います。
ただし、不動産は現金などと異なって、現金化しなければ分けるのは難しいものです。広大な土地があって、その土地を分けるというのなら別ですが、建売住宅のような自宅を分けることは難しいでしょう。
さらに司法統計を見てみましょう。遺産分割事件の内容別件数を調べると、現金が理由で裁判沙汰になるのはほんの1割(11%)、残りのほぼ9割は分けにくい財産である不動産が絡んで裁判沙汰になっていることが分かっています(図表2)。
遺産分割で裁判になってしまうのは、恐らく次のようなやり取りが、行われているはずです。
相続財産は、自宅と預金が少し。そして、自宅には長男夫婦が同居していました。相続が発生すると、他の相続人が実家にやってきます。そこで遺産分割協議がスタートしますが、これが難航します。他の相続人たちは、きっとこう言うでしょう。
「自宅は同居していたお兄さんが相続していい。しかし、この自宅の評価は4000万円あるようだ。私たちには法定相続分があるのだから、その分の現金をくださいね」
これに対して兄は、「遺産に現金がないので払うことができない」と断ると思います。そうすると他の相続人たちは、「だったら自宅を売却し、現金化して支払え」と言ってくるはずです。こうなったら、話はこじれていくばかり。こうして、遺産分割の調停が裁判所で行われることになるのです。
このように相続財産がそもそも少なくて、分けにくい不動産が含まれている場合、平等を意識した分け方だと、最終的に必ず揉めるというわけです。
ところが、相続財産が多い資産家や富裕層の場合は、最終的に分け与えるものがあるので、そもそも揉める要素がないというわけです。これが少ない相続財産のほうが、遺産分割で揉める本当の理由なのです。
さらに言うと、分けにくい相続財産は何も不動産だけに限りません。
分けにくい財産の1つとして挙げられるのが事業です。事業の評価は主に自社株によってなされます。しかし、自社株の評価がいくら高くても、上場している株ではないので、売却して現金化することは現実的に難しいケースがほとんどです。
しかし、ここでも相続人が平等を主張したらどういうことになるでしょうか。
例えば、自社株を法定相続分どおりに相続人に分ければ、兄弟仲が悪かったりすると会社の運営自体が危うくなる可能性があります。さらに、事業で使われている自宅兼工場も非常に分けにくい財産です。分割をしてしまえば、事業そのものが成り立たなくなります。ここでも相続人に対して平等に分けることを意識すればするほど、事業を廃業するという選択肢しかなくなってしまいます。これでは家を守ることはできません。
家を守り、争いの問題を解決するためにも、ここは180度考え方を切り替えて、平等という分け方にこだわらないほうが、揉めずに済むということになります。