今回は、相続財産を相続人で均等に分けるのではなく、後継者を1人だけに相続させたほうがいいケースを紹介します。※家庭裁判所に申し立てられる遺産分割事件の75%以上は遺産額5000万円以下の案件。相続問題は、お金が少ないほうが深刻化しやすいのです。その原因として、法定相続分を「機械的に・平等に分ける」従来の相続の考え方があります。本連載では、機械的な平等を排し、公平感があるように分ける「不平等相続」を提案するとともに、相続人の誰もが納得する相続のあり方を考察します。

資産が自宅のみで同居の子がいる、都市農家で現金なし

平等相続にこだわらずに、後継者1人を選び、相続財産をまとめたうえで家を維持していくという方法が良いケースが次の4つのケースではないでしょうか。

 

①自宅のみ(長男が同居。他の兄弟は外に出ている場合)

②都市農家(土地はあるけど現預金が少ない)

③広大な土地が必要な事業者(テニスクラブ、ゴルフ練習場、自動車教習所等)

④自営業者や創業社長(自社株が財産のほとんどを占める)

 

それぞれ説明をしていきましょう。

 

①自宅のみ(長男が同居。他の兄弟は外に出ている場合)

 

相続財産が自宅のみの不動産で、自宅と少しの預金しかない場合は、相続で揉めやすい典型例といわれています。なぜ揉めるのか?一言で言ってしまえば、相続人に分けるだけの相続財産がない、ということです。

 

2014年の司法統計によると、遺産分割の事件で最も争うパターンが多いのが、相続人3人が一番多く、全体の27.5%を占めています。次が相続人2人で22.2%、その次が相続人4人で19.1%です。つまり、相続争いは、4人以下の相続人で約7割を占めているというわけなのです。

 

自宅は両親と同居している長男や長女が、自然な流れでそのまま受け継ぐために、他の兄弟姉妹から異論が唱えられることになります。そうはいっても、預貯金は少なく、分けられる財産は自宅しかない。そこで、遺産分割協議で揉めて、最終的に裁判沙汰になってしまうという構図です。

 

相続人たちに分けるものが、そもそも存在しないのに無理やり平等に相続をしようという考え方が間違っていると言えるでしょう。親の財産である自宅を自分の財産だと思って、争っている人が少なくありません。

 

②都市農家(土地はあるけど現預金が少ない)

 

国税庁の調べによると2016年の相続財産の構成比率で不動産(家屋と土地)の占める割合は43.5%で、ほぼ半分が不動産だといわれています。そうした不動産の問題を抱えているのが市街地などに農地を持っている都市農家の人たちです。この都市農家の方々の財産構成を見ると80%から90%が不動産であるケースが珍しくありません。

 

市街地にある農地は、農業を続けてもらいたいという意図で生産緑地に指定されています。これにより農業を続ける限り、農地として所有している土地は、評価が大きく下がり、結果的に相続税も安くなるという制度があります。

 

ところが、農業をやめることになれば農地は宅地として評価の対象になるので、宅地と同じように相続税が課税されることになります。当然のことながら、土地の評価が高くなるため、相続税を支払うために農地を売却し手放さなければなりません。

 

このような相続財産の背景があるなかで、農業を今後も続けようと考えるのならば、後継者となる者に土地を多めに分けないと継続することが難しくなります。しかし、土地の評価を見れば、農家を継ぐ相続人に多めに分けるため、他の相続人から見ればそれは不平等になってしまうことがあるのです。これが争いの元になります。

 

また、相続税の納税猶予の問題もあります。市街地に農地を持っているということは、先祖代々、その土地で農業を営んできた人だと考えられます。相続した土地で農業をしているということです。市街地の生産緑地は、農業を続けていく限り固定資産税も相続税評価額も低く抑えられています。しかし、相続を機に農業をやめるとなると宅地並みの評価となるので、多額の相続税が課税されることになります。

 

そのため、農地を相続することになれば、引き続き生産緑地として相続税の納税猶予を活用する人が少なくありません。ところが、相続税の納税猶予制度は、終身営農が条件で、農業相続人が亡くなるまで農業を続けなければなりません。高齢や病気を理由に農業をやめた時点で、猶予措置がなくなり、相続時に遡って相続税が課税されるだけではなく、利子税まで付加されることになります。その代わりずっと農業を続けて、亡くなったときに免除される仕組みなっているのです。農地を相続した人は、相続税の納税猶予額が1億円であれば1億円分の税金を死ぬまで背負い続けていく、と言っても過言ではありません。

 

このため、農地を分けてしまえば宅地並みに評価することになり、多額の相続税が課税されることになり、納税猶予制度を利用せざるを得ないという問題が起きます。他の相続人に対して、その代わりの相続財産を渡せれば問題ないのですが、資金的にも余裕がない農家が多いのです。

広大な土地が必要な事業者、自営業者・会社社長

③広大な土地が必要な事業者(テニスクラブ、ゴルフ練習場、自動車教習所等)

 

テニスクラブ、ゴルフ練習場、自動車教習所といった事業に広大な土地が必要な事業の相続も揉めがちです。こうした事業を営んでいる人たちは、もともと農家の人が多いということがあります。

 

今から60年ぐらい前、天皇陛下のご婚約がテニスがきっかけであるということから、テニスブームになりました。ちょうど、都市部で人口が増加し、宅地が大きく減少して、多くの農地が宅地に転用されていった時期でした。宅地化を良しとしなかった農家の人たちが、農家をやめてテニスクラブやゴルフ練習場、自動車教習所といった業種に転用している例が多いのです。

 

加えてテニスコートやゴルフ練習場といった事業は更地の評価になるので、税金の軽減措置がほとんどありません。事業を維持するので精一杯な施設が多く、相続が発生し、他の相続人に分けてしまったり、それを切り売りしてしまったりすると事業そのものが継続できなくなってしまうのです。

 

特に自動車教習所は施設を造るだけでも最低8000㎡の土地が必要になります。現在は18歳人口が減っており、運転免許を取ろうという人が少なくなっています。社会的意義のある教習所を維持するためには、後継者に資産(土地)を集める不平等相続をすることが重要なのです。

 

④自営業者や創業社長(自社株が財産のほとんどを占める)

 

自営業者や創業社長の場合、事業を承継者に継がせるときに問題になってくるのが自社株の相続です。自社株の評価は類似業種比準方式や純資産価額方式などで評価をされます。毎年、黒字で業績も着実に上がっていれば、自社株の評価額が数億円規模になっていることも少なくありません。

 

しかし、中小企業の自社株は上場していないので、市場で売却することができません。もし相続分を現金で分配するのであれば、土地や機械など会社ごと売却しなければならず、会社を実質的に廃業しなければなりません。

 

非上場会社の自社株の評価は思いのほか高くなることが多いのですが、他の相続人に分け与える現預金が少ないために、議決権がついている株式を分配してしまえば、会社の経営がうまくいかなくなることも考えられます。このため、承継者に株式を集中することになるのですが、このことで、後継者以外の他の相続人から異論が出ることもしばしばあります。

 

こうした自社株の相続問題が出てきたことで、納税猶予制度が一部改正されました。2018年1月1日から2027年12月31日までの時限立法ですが、以前の法律では自社株の対象株式数に制限があったり、対象株式に係る全額が猶予されなかったりするなど使いにくいところがあったのですが、今回の改正で制度が使いやすくなりました。しかし、相続税の納税猶予制度が使いやすくなり、自社株の承継がうまくいったとしても、他の相続人への相続財産の分割がうまくいくとは限りません。事業承継者に自社株という財産が集中するため、逆に他の相続人へ分ける財産(主に現金)を捻出しなくてはならないという大変さは残ったままです。

 

つまり、杓子定規に法定相続分にこだわらず、現状での相続人全員の置かれている状況を勘案して財産の配分を決めていくことが重要です。平等相続の考えを今から変えていただくことが、幸せな相続を実現する最短の道、と言えるのです。

 

 コラム  生産緑地を貸借しても、納税猶予制度の適用が可能に

 

2018年9月に「都市農地の貸借の円滑化に関する法律」が施行されました。一定要件をクリアした事業計画の認定を受けた者が、生産緑地を借り受けることができる制度です。

 

制度上のメリットとしては、

 

①貸借の期間が終了すると所有者(貸付者)に生産緑地が返還されることになったこと

②すでに相続税の納税猶予制度の適用を受けている生産緑地の貸借が可能になったこと

③貸借期間中に相続が発生したときに生産緑地の相続人(貸付者)は、貸付けたまま相続税の納税猶予制度の適用を受けることができるようになったこと

④この法律で第三者に生産緑地を貸与した者(貸付者=地主)に対しても、一定の要件にあてはまれば、主たる従事者証明が発行され、買取申し出ができるようになったこと

 

などが挙げられます。

 

今までは、納税猶予を受けた農業相続人には終身営農が義務付けられていました。例えば農業相続人が病気等で農業ができなくなったときには、その家族等が生産緑地を引き継いで農業を行わないと納税猶予が打ち切られ、猶予されていた相続税に利子税を付加して納付しなければならなかったのです。

 

また、農地を第三者に貸借すると耕作権が発生し、底地を持っている所有者は、納税猶予制度の適用も生産緑地の買取り申請もできませんでした。

 

従って、農業相続人は大きな覚悟を持って生産緑地を継ぐしかなかったのです。

 

そして、生産緑地には2022年問題というものがあります。1992年に指定された生産緑地が2022年に30年を迎えるため、自由に買取り申請(生産緑地の解除)ができることになります。

 

引き続き生産緑地とするのか?それとも買取り申請(解除)をして有効活用等を行うのか?という選択に迫られます。

 

引き続き生産緑地を選んだ場合は、10年後に再度選択の機会が訪れることになります(特例生産緑地制度といいます)。

 

大方の予測では、かなりの面積の生産緑地が買取り申請(解除)されると見込まれ、住宅地の大量供給による地価の下落や大量の賃貸住宅の建築による空室の増加などが懸念されていました。

 

しかしながら、今回施行された「都市農地の貸借の円滑化に関する法律」により生産緑地の貸借が可能になったため、前述した諸問題が解決され、生産緑地の買取り申請(解除)はそれほど多くならないのではないかといわれています。

 

従って、今後は生産緑地にかかる相続税の納税猶予制度が見直されるキッカケになるかもしれません。

 

 

相続財産は"不平等"に分けなさい

相続財産は"不平等"に分けなさい

成島 祐一

幻冬舎メディアコンサルティング

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