「自分のことを評価しろと言う先生もいるんだな…」
翌週から体験授業が始まった。授業内容は3日間とも英語だった。晴香以外にも数人の生徒が一緒に受講しており、授業の担当は村野だった。
「ダイエットスタディが、3回も体験授業に来てもらうのは、本当にこの塾で成績が上がるイメージが湧くかどうか、よく確認してもらうためです。授業を受けながら、頭の片隅で考えてみてほしいことは主に3つあります」
授業開始前、村野は集まった生徒たちに説明を始めた。
「まず1点目は、対話式授業にストレスがないかどうかです。今から体験授業を始めますが、通常の授業と同じように、どんどん指して、みなさんに答えてもらいます。例えば、すごくシャイな人で、このスタイルをストレスに感じる人は、これから10ヶ月、つらいと思います。そうならないように、本当に自分がやっていけそうか考えてみてください。
2点目は、『ゼロからMARCH』の『ゼロ』って一体どこなのか、自分にとって、それが難しすぎたり、簡単すぎたりしないかを確認してください。今日は、体験授業と言いつつ、今後の英語の勉強の大前提になっていく、最も基本で、最も大切な『五文型』を伝えていきます。ざっくり言えば、中学2年レベルからやっていくのですが、ここが、うちがゼロと定義しているレベルです。今日の授業の内容が、自分にとって、どの程度の難易度か考えてみてください。授業後に一人ひとりと短時間の面談をしますので、そのときに感想を聞かせてくださいね」
実はこの2点目は、晴香もずっと気になっていた。ゼロからやってくれる塾だとは聞いていたが、一体そのゼロとは、どの程度なのだろうと不安だったのだ。もし、この塾でさえついていけないとしたら、もう本当に、個別指導塾や家庭教師に頼るしかないかもしれないと考えていた。
「――そして3点目ですが、私です」
村野は、自分の顔を指差しながら話を続けた。
「講師が信頼できそうかどうか、分かりやすい授業をしてくれるかどうか、じっくり見てください。ダイエットスタディでは、1人の講師が3教科を担当するので、ここにいる世界史選択のみなさんは、おそらく10ヶ月間、私の授業を受けることになると思います。なので、コイツは本当に自分の成績を上げてくれそうか、信頼できそうか、ぜひシビアな目で私のことを評価してください。とにかく、この塾でモチベーション高く、成績を上げていけるのかどうかが大切な観点ですので、しっかり考えてくださいね!」
晴香にとって村野の説明は、非常に新鮮だった。塾のどの部分を見て、良し悪しを判断すればよいのか明確だったし、自分のことを評価しろと言う先生もいるんだなと思うと、なんだか面白かった。
「正しい方法で勉強すると、ちゃんと効果が出る!」
その後始まった対話式授業では、本当になんでも当てられて発言を求められた。「五文型って知ってる人?」から始まり、「じゃあ、第一文型は?」、「五文型って参考書の冒頭によく載ってるけど、なんのためにあるか知ってる?」、「“tomato” の品詞は何?」など、各生徒が順々に指名されていった。答えが分からなくても怒られるようなことはないが、やはり晴香は恥ずかしい思いをしないためにも正解を答えたかったし、そもそも、いつ当てられるか分からないので、学校の授業の3倍ぐらい集中して授業を受けていた。
「今日は50分ぐらい授業をやりますが、50分後には、みなさん、知らない単語があってもスラスラ英文を訳せるようになっていますので、楽しみにしていてください」
冒頭に村野がそんな話をしていたのだが、晴香は、
(そんなこと、さすがに無理でしょ)
と、聞き流していた。しかし50分後、確かに晴香は、今までであれば確実に訳せていなかったであろう英文を、ほかの生徒の前で訳していた。
「高梨さん、“He assigned Mary two books.” を訳してみて」
「えーっと、彼はメアリに……んー、先生、“assign” ってなんですか?」
「そっか、単語の意味を知らないか。じゃあさ、この文は何文型?」
「『SVOO』の4文型だと思います」
「うん、正解。4文型の訳し方って、さっき教えたけど、なんだっけ?」
「『OにOを与える』です」
「OK! じゃあ、それに当てはめて訳せばいいじゃん」
「あ、そっか、えーっと『彼はメアリに2冊の本を与えた』ですかね」
「ばっちり正解! “assign” には『~を割り当てる』っていう意味があるけど、最悪そんなこと知らなくたって、文型の判別ができれば訳せるよね」
たった50分で、五文型の判別方法と訳し方を習っただけで、晴香はこのような例文を訳すことができた。そして、初めて勉強というもので感動を覚えていた。学校の優秀なクラスメイトなら、難なく訳せる英文なのかもしれない。しかし晴香にとっては未知の体験であり、嬉しさに興奮していた。そして、こんなに簡単で便利なものを、自分が今まで知らずにきていたことに、後悔というか、なんだかとても、もったいない気持ちにもなった。
「先生、私、今まで絶対に訳せなかった英文が、スラスラ訳せました! 本当にびっくりです! ものすごく嬉しいです!」
授業後のショート面談で、晴香は自分の喜びを村野に伝えた。
「高梨さん、落ち着いて」
と、そのあまりにも興奮した様子に、村野は笑いながら、晴香に椅子に座るよう促した。
「五文型って、聞いたことはありましたけど、使い方が全く分かっていませんでした。今日、初めて五文型の存在意義が分かりました。こうやって使えばよかったんですね!」
「そうだね、うちに来る生徒の大半が、高梨さんと同じことを言うよ。だからね、僕は本当にいつも思うんだけど、頭の悪い人なんていないと思うんだよ。頭が悪いんじゃなくて、これまで正しい勉強方法を教えてくれる人が、近くにいなかっただけなんだろうなって」
「そうなんですかね。でも確かに、このまえ説明会で、正しい勉強方法や効率が大事っていう話をしてくれたじゃないですか? 正しい方法で勉強すると、こんなに早く、ちゃんと効果が出るんだなって、ものすごく実感できました」
「それはよかった! その感覚はとても大切だよ。今後どこの塾で勉強することになっても、ぜひ自分のやり方が正しいのか効率的なのか、よく考えながら進んでいってね」
「先生、体験授業は、あと2回残ってると思うんですけど、私、この塾に入ります!」
「え?」
「・・・え!? 私やっぱり、バカすぎてダメですか?」
「いやいや、決断が速すぎて驚いたんだよ。授業で見ていても、高梨さんは全然バカじゃないと思ったよ。やればできる人だと思う。反応もいいし、対話式っていう部分にも全く不安は感じなかった。授業を実際に受けてみて、対話式の雰囲気はどうだった? 緊張した?」
「はい、緊張しました。みんな私より頭良さそうだったし、間違えたら恥ずかしいなぁって。でも、ああいうふうに答えさせられる授業だと、やっぱり集中できるのか、あっという間に授業が終わった感覚です」
「授業のレベルは? 今日の内容は、大体理解できていたかな?」
「はい! 五文型は、すごくよく分かりました。あとは、先生が覚えてねって言っていた部分を、ちゃんと暗記しておこうと思います」
「ばっちりだね! 僕も、高梨さんが、この塾で成績が伸びていくイメージを持てているよ。でもまあ、せっかくあと2回あるから、じっくり考えてみてよ。お母さんに相談してみたり、ほかの塾も調べてみたりしてほしいな。で、何か不明な点があれば、また次回に聞いてください。まだ募集は締め切らないし、それからでも全く遅くないので」
「分かりました、そうします!」