落ちこぼれの受験生・晴香は、母親・百合子とともに吉祥寺のある学習塾へ。出迎えてくれた塾長は今まで出会った教師たちと全く違っていて…。※本連載は、DIET STUDYの塾長、名川祐人氏の著書『ゼロからMARCH 10ヶ月で人生を変えたい受験生たちへ』から一部抜粋したものです。

「え、こんなところに塾があるの?」

花見に向かう群衆とは別の方向に、親子は歩いていた。ダイエットスタディという塾は吉祥寺駅から徒歩5分のところにあるらしい。スマホで地図を確認しながら、母は晴香の数歩先を足早に歩いていた。対して晴香は少し億劫だった。やはり聞いたこともない小さな塾で大丈夫かという不安があった。それに、また面談でバカにされるのが怖かった。百合子には青学に行くと宣言したものの、メガネ教室長に無理だと言われて以来、青学に合格できるイメージが全く持てず、受験への決心が揺らぎかけていたのだった。

 

「ここかしら」

 

と、百合子が立ち止まったのは、どう見てもマンションの入り口の扉だった。

 

「この2階だわ」

 

と、躊躇なく百合子は扉を開けて中に入ったが、ロビーは薄暗く、外と比べると空気が冷たかった。

 

「え、こんなところに塾があるの?」

 

想像していたものとはかけ離れた雰囲気に、晴香はますます不安になった。

 

2階に上がって廊下を歩くと、会社の事務所のようなものが並んでおり、その奥にダイエットスタディの教室がいくつか並んでいた。そのうちのひとつをのぞき込んでいると、中から講師らしき男が出てきた。

 

「こんにちは、高梨様でいらっしゃいますか? お待ちしておりました」

「はじめまして、塾長の村野です」

ひょろっとした背の高い、その講師らしき男は、晴香たちを部屋に招き入れた。

 

「よく入り口が分かりましたね。結構みなさん迷われるんですよ。すいません、分かりづらくって。どうぞ、どうぞ、荷物はそのあたりに置いていただいて、おかけください」

 

通された部屋は教室で、机が10個ほど並んでいた。広さは学校の教室の半分ぐらいしかなさそうだった。

 

「はじめまして、塾長の村野です」

 

教室を見まわしていた晴香の顔を真っすぐ見ながら、その男は笑顔で名刺を差し出してきた。名刺などもらったことがなかった晴香は、なんだか少し照れくさい気持ちでそれを受けとった。

 

「お母様、先日は、お問い合わせいただきありがとうございました」

 

「こちらこそ、ありがとうございました。コンパクトな教室ですね」

 

「はい、生徒との距離感が近くなるので、あえてこの狭さを維持しています」

 

「確かにこの距離なら、生徒さんの様子が全部見えちゃいますね」

 

大人2人がそんなやりとりをしている間、晴香は村野をじっと観察していた。「塾長」と聞くと、晴香は勝手に恰幅(かっぷく)のいいおじさんをイメージしてしまうのだが、目の前の塾長は30歳前後ぐらいの若さだった。きちっとしたスーツを着ていて、何かのセールスマンのようにも見えた。ただ、百合子と話しているときも、ずっと笑顔で物腰が柔らかく、メガネ教室長よりは、あたたかさというか親しみやすさが感じられた。

 

「じゃあ、うちの塾の説明や塾の選び方の話をさせてもらう前に、高梨さんに、いくつか質問させてもらっていいかな?」

 

村野は晴香に向き直って質問を始めた。

 

「高校はどこに行ってるの?」

 

「えっと、荻窪西高校です」

 

「へぇー、オギニシなんだね! よくオギニシからうちに通ってくる子いるよ。何か部活とかやってるの?」

 

「はい、ダンス部です」

 

「今までオギニシで、ダンス部の子はいなかったなぁ。引退はいつ頃なの? もう引退済み?」

 

「それが6月まで部活があるんですよ」

 

「お、そうなんだ、頑張るね! 何か大会とかの節目で引退になるの?」

 

「そうなんです。毎年、ほとんどの3年生がそこまでやるので・・・」

 

「そっか、じゃあ頑張って両立させないとだね。今はどこか塾に行ってるの?」

 

「いえ、行ってないです」

 

「じゃあ、あんまり受験勉強っぽい勉強はできていない感じかな?」

 

「はい、全くできていません・・・」

 

「大丈夫だよ、これから頑張りましょう。ちなみに、高校受験のときは塾に行ってた?」

 

「えっと、地元の小さい塾に1年だけ行っていました」

 

「へぇ、どんなスタイルの塾だったの?」

 

「おじさんが1人でやっている塾で、1クラスは15人ぐらいでした。でも小学生とかもいるような塾で、あんまり受験対策って感じではなかったかもしれません」

 

「そうだったんだね。じゃあ1クラスの規模の点では、この塾と似ているかもね。了解です。ところで最近、センター同日模試とか、何か模試って受けた?」

 

「あ、はい、同日模試なら・・・」

 

「ちゃんと受けたんだ、偉いね。自分の点数覚えてる?」

 

「あ、はい・・・」

「私、ダメダメじゃないですか?」

(やっぱり聞かれるよね・・・)

 

晴香は、できることなら成績についての会話がないまま、この面談を終えたかったが、諦めて答えた。

 

「えーっと・・・英語が78点で、世界史が25点、現代文が65点でした」

 

「へぇ、結構とれてるじゃん」

 

「えっ!?」

 

晴香は一瞬バカにされているのかと思ったが、村野はいたって普通の顔でこちらを見ていた。

 

「いや、私、ダメダメじゃないですか?」

 

「全然そんなことないよ? お母様から電話で、基礎学力が本当にないって聞いていたから、どれぐらいかなと心配はしてたんだけど、この点数は、うちに来る現役生の平均ぐらいじゃないかな。ダメダメって、なんでそんなふうに思うの?」

 

「・・・」

 

晴香は、村野のあっけらかんとした反応に驚いていたが、村野もまた、晴香の反応に驚いているようだった。

 

「世界史はここからいくらでも伸びるから、今は点数を気にしなくてOK。大事なのは英語なんだけど、この点を見る限り・・・高梨さんは、英語があんまり好きじゃない感じかな?」

 

「あ、はい。嫌いではないんですけど、全然分からないまま、きちゃってて」

 

「なるほどね。でも嫌いじゃないのはいいことだね。国語はどう? 点数のアップダウンはあると思うけど、いつもこれぐらいとれる?」

 

「いつもはもう少し・・・だいたい70点ぐらいはとれるかもしれません」

 

「お、いいね。じゃあ読書とかも嫌いではないでしょ?」

 

「はい。最近は時間がなくて読んでないんですけど、中学までは結構読んでました」

 

「そっかそっか。ってことは、英語も読み方の基本さえ分かっちゃえば、一気に点数伸びるかもね!」

 

「そうなんですか? だといいんですけど・・・」

 

晴香は半信半疑で村野の話を聞いていた。会話のテンポが軽快なせいもあるのか、なんだか調子の良すぎる感じがした。

「いや、青山学院行けるでしょ」

「ところで、志望校って、もう決まってるの?」

 

(きた・・・)

 

ついに、晴香にとっては一番緊張する質問が飛んできた。さすがに志望校を言ったら笑われるのではないか・・・。晴香は心臓の鼓動が速くなるのを感じた。

 

「あの・・・私、青山学院に行きたいんです」

 

晴香は、なぜだか村野の目を見ることができず、自分の手元を見ながら、先ほどよりも小さな声で振り絞るように答えた。

 

「いいよねぇ、青学!」

 

返ってきた言葉は、晴香が拍子抜けするほど意外なものだった。

 

「・・・え?」

 

全く予想していなかった答えに晴香が驚いて顔を上げると、村野はニコニコしながらこちらを見ていた。

 

「女の子に人気だよね、青学! 立教が好きな子も多いけどさ。キャンパスが都会にあるし、やっぱりオシャレな感じだから?」

 

「あ、いえ、私、入りたいダンスサークルがあって、そのために青学に行きたいんです」

 

「そうなんだ! サークルまで調べてるなんてすごいな。具体的で素敵な動機だね」

 

「でも私、模試の判定もE判定しかとったことないですし・・・」

 

「そんなの当たり前じゃんか、まだ全然勉強してないんだから」

 

村野は終始笑顔で晴香の話を聞いていた。まるで会話を楽しんでいるかのようだった。

 

「でも、私なんかの成績じゃ無理ですよね? このまえ説明を聞きに行った塾でも、難しいだろうって言われてしまって・・・」

 

「いや、行けるでしょ」

 

村野の笑顔が少しだけ真顔になった。

 

「無理だと最初から決めつけるのは簡単で、塾業界にも、そういう残念な大人がいるんだけど、全部無視しておけばいいよ。さっきも言ったけど、まだ勉強を本気でやってないんだから、何も分からないじゃない?」

 

「あ、はい、それは確かに・・・」

 

「そりゃあMARCHって言ったらレベルは高いわけで、中途半端な準備じゃ普通に落ちるよ。でも逆に本気でめざせば、10ヶ月で必ず手が届くレベルだと僕らは思ってる。それは別に根拠のない精神論みたいなものではなくて、過去にうちに来た高梨さんのような生徒たちが、ちゃんと受かってきたから言えるんだ。私大文系の受験は、努力を裏切らないよ」

 

急に雰囲気を一転させて話し続ける村野に、少し圧倒されつつ、晴香は妙な違和感を覚えていた。言葉は通じているんだけど、どこか違う国の人と話をしているような、そんな言いようのない違和感だった。

 

逆転合格するなら「私大文系」が有利

 

もしあなたがこれまで勉強をあまりせず、最後の1年で奮起しようとしているのであれば、絶対に「私大文系」がオススメです。

 

理由としては、

 

①暗記メインで勝負ができるから1年で間に合う

②本番で失敗するリスクが少ない

 

という2点が挙げられます。

 

理系科目は、暗記だけでは勝負にはなりません。確かに公式や法則は暗記しますが、それらは大前提。問題を解くためには、暗記した公式をどのように使えばいいのかなど、ひらめきや応用力が問われます。

 

これができるようになるためには、基本原理を理解して記憶したあと、数多くのパターンの問題演習で経験を積まなければなりません。これには非常に時間がかかりますし、苦手な人は、なかなか簡単にできるようになりません。つまり、1年では時間が足りません。

 

しかし文系科目はどうでしょう? 英単語も社会の語句も、多くは暗記をしてしまえば、点数に直結するものばかりなのです。

 

それだけではありません。本番の試験において、理系科目は、仮に解法が分かったとしても、計算ミスをしてしまえば0点です。ですが、特に社会などの文系科目は、記憶喪失にならない限り、覚えてきたことを答案にぶつければ、確実に得点になるのです。

「受かると思って、受かるためにやろうよ」

「高梨さん、本気で青学に行きたいんだよね?」

 

「あ、はい、行きたいです」

 

「じゃあ、落ちると思ってやるんじゃなくて、受かると思って、受かるためにやろうよ」

 

そう言って、村野はまた元の笑顔に戻り、ニコニコしながら晴香を見ていた。

 

その言葉を聞いて晴香は、さっきの違和感の正体が分かった気がした。

 

(この人は、なぜか私が合格することを疑っていない。過去に、どんな生徒がいたのかはよく分からないけど、私でもやれば合格できると信じてくれている。

 

なのに・・・私は受かりたいという気持ちはもちろんあるけれど、心のどこかで、どうせ自分には無理なんだろうと思い始めていた。だからこの先生の話も、他人事のようにしか捉えられなかったんだ・・・)

 

晴香は、自分の気持ちが折れかけていたことに、はっきりと気づかされた。それと同時に、根っからの負けず嫌いに火がついた。

 

(そうだ、私はやるしかないんだった。青学に受かるために塾を探してるんだった)

 

晴香の中にあったモヤモヤしたものが、スーっと晴れていくような心地がした。できないかもしれないからやらないのではない。できると思って、努力してできるようにするのだ。ダンスだって、なんだって、最初は全部そうだった。

 

晴香は、村野の目を真っすぐ見て言った。

 

「先生、私バカですけど、やっぱり青学に行きたいです。塾の選び方やダイエットスタディについて、私に教えてください」

 

 

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    このストーリーは事実に基づいて構成していますが、人物の名前をはじめとするその他固有名詞は架空のものです。

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