「仕事をした感」を覚える上司たち
営業担当役員「なぜ、今月も予算を大きく下回っているのだ!」
営業部長「足を引っ張っているのが関西支店でして・・・関西支店長、説明しなさい!」
関西支店長「はい。部下10人のうち予算を達成したのが5人、未達成が5人です。未達成者の実績を精査したところ、担当の顧客の80%で前年実績割れを起こしていました。原因は現在調査中です」
営業担当役員「支店長が部下の管理をしっかりしないから売上が上がらないんだろ!」
予算制度を採用し、予算と実績を毎月比較して差異(多くの場合マイナス差異)を把握し、未達成だと部下を叱咤激励して尻を叩く・・・このような光景はあちこちで見られます。
予算制度の最大の問題点、それは「予算と実績を把握してその差異(多くの場合マイナス差異)をもって部下を叱咤激励すること」が、上司に「仕事をした感」を与えてしまうことです。数字という客観的な道具を使って部下を指導したという充足感から、全く仕事をしていないにもかかわらず、上席者からすると管理の仕事をしたという錯覚に陥ってしまうのです。
広く世に普及した感のある成果育成型人事制度にも、このような「期待成果」にまつわる問題点があるのです。「成果」を売上達成率などの数値で設定することが正しいのかという問題、そこで多く使われている「予算」の作成過程の問題の2つです。
人事評価に「顧客ロイヤルティを数値化する指標」を活用
ならば、期待成果として使う指標から、売上などの客観的指標をなくせばいいのです。数字は客観的で分かりやすく、万人の理解を得られるものであるなどと言われますが、評価をされる側の気持ちから考えると、何となく胡散臭いものだと思われていると考えられます。評価される側からの理解は本当に得られているのでしょうか。
その代替案としていくつかの会社に進言して、人事評価制度の中の期待成果として使用している指標があります。それが近年脚光を浴びている「NPS」です。NPSとは「Net Promoter Score ®」の略で、顧客ロイヤルティを数値化するための指標です。
このNPSについては、「NPSと企業利益の間には、正の相関関係が強い」という研究結果が発表されています。つまり、NPSが高くなるほど顧客の推奨度が高まりますから、企業利益が増加する可能性も高くなるということです。
NPSの計測に必要な質問は「たった一つだけ」
NPSを計測する際は顧客に一つだけ、次の質問を行います。
「あなたは○○(商品やサービス)を親しい友人や家族にどの程度薦めたいと思いますか? 0~10点の間の11段階で点数をつけてください」
この結果、9~10点をつけた顧客は「推奨者(Promoters)」と呼ばれます。これほどの高い評価をしてくれる顧客は再購入率が高く、会社のファンとして商品やサービスを友人知人に薦めてくれると考えられるからです。
次いで7〜8点をつけた顧客は「中立者(Passives)」と呼ばれます。受身で満足している状態であり、ロイヤルティでなく惰性が動機付けになっている場合が多いと言われます。0~6点をつけた顧客は「批判者(Detractors)」と呼ばれ、その名前通り否定的なクチコミを発する存在であると言われます。
「推奨者」の割合から「批判者」の割合を引いた数値がNPSです。例えば9〜10点をつけた顧客が50%、6点以下をつけた顧客が30%だとすると、50%-30%=「20%」がNPSとなります。
[図表1]Net Promoter Score ®の算出方法
NPSの大きな利点は「顧客ロイヤルティの把握」
当然ながら数値が高いほど、その企業に対する顧客ロイヤルティが高いことを意味します。
以下の図表2は、いくつかのアメリカの有名企業のNPSですが、テスラは96%を超えるNPSを獲得しています。推奨者が98%、批判者が2%でようやく96%ですから、驚くべき数値です。
[図表2]有名企業のNPSの例
顧客ロイヤルティとは、企業自身や商品・サービスといったブランドに対する信頼や愛着度を示す言葉です。この顧客ロイヤルティが高いほど利益が大きいという相関関係が成り立つのであれば、人事評価制度にNPSを導入するメリットは十分にあります。
企業の目標を、単に売上を上げることではなく、その前提として「お客様に自社、もしくは自社の商品やサービスを愛してもらうこと」と捉えるのであれば、「成果」とは数字で表現される客観的な「売上」や「利益」ではなく、多少は主観的な要素が入るものの、顧客からの「愛情表現の指標」であるNPSを使うほうが至極自然です。
売上は必ずしも10点や9点を付けてくれる推奨者だけから成るわけではありません。中立者と言われる、選択肢が他にないから仕方なく買っている、今は特に不満はないから買っているに過ぎないという顧客の売上も多く含まれているため、「売上」という一つの数値だけからは「売上の質」は判明しません。「売上の質」を上げていくこと、つまり、推奨者の売上の割合を増やしていくことこそ、盤石なビジネスの基盤になるのです。
ビジネスの基盤を盤石にして初めて、経営者の掲げるビジョンを達成し、自分のビジネスを通じて世界を変えていくことが可能になるのです。
であれば、人事評価項目の期待成果の中に用いるべき「成果」は売上などの数値ではなくて、NPSのような指標であるべきです。
実際にNPSを期待成果の指標に利用している私のクライアントでは、半年に1回、幹部が重要な顧客を訪問し、NPSの数値を出してもらっています。また、その時になぜその数値なのかに対する忌憚のない意見ももらい、反省するとともに顧客の視点でさらに良い体験をしてもらえるように努めています。
現時点ではまだまだNPSのスコア自体は低いですが、半年に1回、重要な顧客を訪問し、話をすること自体が顧客ロイヤルティを上げる一助になるのだと感じています。
弓削 一幸
株式会社Corporate Solution Management 代表取締役
公認会計士