本記事では、税理士であり経営コンサルタントである石原豊氏が、企業経営の最優先課題は「利益」にあるという主張の根拠を説明します。

経営改善の「打ち手」を欠いていては社長失格

中小企業が置かれている厳しい外部環境はあるが、コントロールできない外部環境のせいにして企業トップが経営改善の打ち手を欠いていては社長業失格だ。経営者(=企業家)は「企て」を続けるのが最大の仕事なのだから、それを諦めているのだとしたら、職務放棄と批判されても仕方がない。

 

経営者の能力や資質を判定する基準は人によって異なると思うが、私は「利益」こそが唯一無二の尺度だと考えている。かつて公害問題が喧しい時代、売上と利益をどんどん上げるのは社会的罪悪のように叫ばれた時代があった。現在においても「企業経営の目的は他にあって、利益はそれを達成するための手段にすぎない」と忠告する人がいるだろう。利益が第一目的になると、何をやっても稼げればいいという猪突猛進型の思考に陥るリスクがあるからである。

 

その主張は正しい。しかし、利益がなければ企業は継続できないばかりか、従業員の生活を保障することも、大切な地域貢献を行うことなども夢の話だ。それだけでなく、自分自身の生活の維持・発展もできず、本来の義務である納税に依る国家への奉仕もできない。企業は社会的存在なのだから、従業員も自分も守れないようでは社会的使命を果たしていないことになりはしないだろうか。つまり企業という利益集団は、「利益を上げられなければなんの存在価値もない」のだ。

 

その利益の有無は誰のせいでもない、経営者自身の知恵と努力の結晶である。経営者がすべての対策をやり尽くして、なお利益が出ないということは絶対にない。経営者は、利益を経営の最優先課題にすべきである。

 

すでに濡れ雑巾がカラカラになるまで絞り切っていると思っても、これまで努力してきた取り組み以外に見落としている対策が必ずあるはずだ。それを見つけ出して実行する、そのプロセスから赤字企業の体質改善は始まるのである。

売上なければ利益なし、利益なければ企業なし

体質改善の視点は極論すれば二つしかない。資金の「入」と「出」である。「入」の売上が伸びないなら、まず「出」の経費を抑えるのが経営の定石だろう。貴重な利益の無駄食いをしない、引き締まった体質を作るのである。

 

ここで「企業継続の条件」となる一つの指標を紹介する。

 

売上高×利幅(売上高総利益率)=総利益額

総利益額=総経費×1.05

 

たとえば月次売上1000万円の企業をこの指標に当てはめると、次のようになる。

 

売上1000万円×売上高総利益率30%=総利益額300万円

総経費285万円×1.05%(当期利益15万円)≒300万円

 

月当たり売上1000万円で総利益率30%を得るためには、総経費は285万円(利息込み)がこの場合の限界、採算ラインギリギリということである。総経費がもう15万円増えると当期利益は喪失し、それ以上に経費が膨らむと赤字に転落する。

 

この指標は企業の存在価値、継続の原点を表している。売れない時代といわれる現在で、この指標は経営者に重くのしかかるだろうが、企業存続に不可欠な経営の原点なので参考にしてほしい。

 

この原点を死守できない場合、企業は赤字に転落し、社会から不要との烙印が押されて存立の基盤を失う。黒字に返り咲き社会的使命を果たさない限り、企業は市場からの退場を余儀なくされる。まさに非情の世界である。

 

売上なければ利益なし。利益なければ企業なし―この経営哲学を肝に銘じ、売上、利益、経費の正常化に邁進していただきたい。

供給に対する需要が7割程度にまで落ち込むと・・・

ある業界で需要と供給のバランスが狂い、まとまった数の企業が倒産する現象を私は「やじろべえ現象」と名づけている。

 

たとえば京都は呉服の本場として知られ、かつては室町通りに呉服問屋が軒を並べて繁盛していた。着物市場は高度経済成長期に最盛期を迎え、京友禅の生産量はピーク時の1971年に約1650万反の出荷を記録。しかしその後、着物離れが進み、2010年には約51万反まで落ち込んだ。ピーク時から40年後、生産量が僅か3%になってしまった。もちろん、ある日突然、風船の口が開いたようにマーケットが一瞬で縮んでしまったわけではない。ずっと放置された風船のようにじわじわと、しかし確実に、市場が小さくなっていったわけである。

 

仮に最盛期に呉服屋が1000軒あったとしよう。需要が1000で供給が1000、釣り合いが取れているので業界は大繁盛だ。その後、成熟期を迎えたマーケットは、1000の供給に対して需要がじわじわと減少を始める時期が訪れる。

 

最初のうちは「景気、悪いでんなあ」と世間話をする程度だが、1000の供給に対して需要が100や200も減ってくると、同業者は次第に我慢比べに入っていく。そして需要が7割程度まで落ち込んだその瞬間、300ほどのまとまった数の呉服屋がドサリと一気に倒産するのだ。まるでやじろべえに一定の傾斜がついた途端、倒れて落下するように……。

 

この、やじろべえが落下に至る「一定の傾斜」は重心の位置によって異なる。重心が高いものはわずかな傾斜にも耐えられず、重心が低いものは大きな傾斜でもうまくバランスを取って立ち続けることができるのだ。

 

そして、商売もやじろべえと同じである。地面に踏ん張って市場の縮小に抵抗し、知恵を絞って基本に忠実に商売を続けている企業は、多少の環境変化ではへこたれない。だが、需要が減るのは時代の流れでやむを得ないと諦め、商売の基礎をないがしろにした企業は、足腰が弱ってしまい市場の動乱で簡単に倒れてしまう。そうしてまとまった数の企業が倒産する時期が、供給に対する需要が7割程度にまで減ったタイミングなのだ。

重心を低くして倒れにくい企業を作り上げる

こうして縮小するマーケットでも供給サイドの数が減ると、需給バランスが例示の場合でも700対700で一時釣り合う。その後、需要がまた7割まで減少し、3割の供給サイドが市場から退場……というプロセスを繰り返した結果、京都の着物の生産量は最盛期の僅か3%になってしまった。

 

同業が廃業し、生き残った企業の経営者はどうしたか。他社が潰れたことで一時は溢れた仕事を取り込んで売上を確保した。生き残った企業同士で縮小するパイを奪い合ったのである。倒産した他社の仕事を獲得したその瞬間だけを見れば、「まだ生き残れる」と安堵するかもしれない。しかし市場が縮小していく恐怖は、まるで火の車が猛烈な勢いで迫ってくるようなものである。安堵したのも束の間、再び需要は落ち込み、市場は時流に変化なくまた供給過剰に陥っていく。次に倒れるのは、前の淘汰時に潰れた企業の仕事を取り込んで生き残っていた企業かもしれない。

 

一方、長年の商売で蓄積してきた経験やノウハウ、あるいは京都の伝統品という〝クールジャパン戦略〞を駆使して新たな市場開拓、次なる事業の柱を構築するための対策を取り続けた企業は市場縮小という劣勢をはねのけて成長している。最近では京都の着物メーカーの若手経営者が結集しNPO法人を立ち上げ、国内はもとより海外市場に打って出ている。需要の縮小に抗って挑戦している好例といえるだろう。

 

マーケットが縮小するなか、地に足のついた攻めの事業投資をせず、なんの経営戦略も打たない受け身の企業は、限られたパイを奪い合う消耗戦を繰り広げるしかない。

 

その消耗戦はいずれ終わりを迎え、先に体力が尽きた企業が敗れ去ることになる。

 

こうした消極的な企業運営は経営とはいわない。まるで業界全体で集団死滅に向かって進んでいく悲劇の行進だ。もっと長期的な目線で経営を俯瞰し、着物メーカーの若手経営者たちのように売上を向上させるための方策を練り、適切な投資をし続ける必要がある。それこそが足腰を鍛え、重心を低くして倒れにくい企業にするための要諦である。

 

 

石原 豊

京都ビジネスコンサルタントセンター 代表取締役
税理士/経営コンサルタント/社会保険労務士/行政書士

 

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    本記事は、2017年3月16日刊行の書籍『どんな不況もチャンスに変える 黒字経営9の鉄則』から抜粋したものです。稀にその後の税制改正等、最新の内容には一部対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

    どんな不況もチャンスに変える黒字経営9の鉄則

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    石原 豊

    幻冬舎メディアコンサルティング

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