現経営陣での経営続行が可能な「民事再生」
法的整理とは、文字どおり法律に基づいた債務整理の方法です。民事再生法に基づく民事再生と会社更生法に基づく会社更生があります。このうち会社更生は、従業員や取引先が多数で負債総額が大きく、倒産すれば社会的にも影響力の大きい上場会社などの大企業に対して適用されるもので、裁判所に納めなければならない予納金も多額にのぼり、中小企業に使われることはありません。なお、司法統計年報(2011年〜2013年度)によると会社更生の案件は年間数件しかありません。これに対し後に詳しく説明する民事再生の案件は同調査によると年間約300件あり、特別清算と同じくらいです。
ここでは、中小企業の再生にもっとも利用される民事再生についてお話ししていきましょう。民事再生は、経営破綻のおそれのある会社が破綻前に裁判所に再生手続開始の申立てをし、事業を継続しながら再建を図るというものです。
破産や特別清算が事業の廃業や会社の清算を前提とした手続なのに対して、民事再生は会社の再建を前提としています。民事再生による再建のもっとも大きな特徴は、現経営陣が引き続き会社の経営にあたり、財産の管理処分権を有するところです。DIP型の手続といわれます。
大企業を想定した会社更生の場合、破産の場合と同様に裁判所が倒産実務に通暁(つうぎょう)した弁護士などを更生管財人に選任し、この更生管財人が会社の経営権および財産の管理処分権を掌握します。そのため、現経営者は退任しなくてはなりませんが、民事再生では現経営陣がそのまま経営を続けることができます。中小企業では、経営の舵取りが創業者でもある経営者の手腕に任されているところも多いので、現経営陣の存続は会社にとって大きなメリットといえます。
再生計画案は「清算価値保障」に則って作成
具体的に、どのように再生させていくのか説明します。
まず、会社が再生手続開始の申立てを行うと、裁判所は、手続を監督するための監督委員を選任するとともに、再生手続開始の申立ての前日までの原因に基づく債務(便宜上「旧債」といいます)について弁済禁止の保全処分を発令します。これを受け、再生手続開始の決定までは旧債の支払が止まります。その後も、再生計画に従った弁済が始まるまでの間、引き続き旧債の支払がストップします。
これによって経営者は旧債の支払という資金繰りからいったん解放されて、事業の再生に集中することができるためそのスピードは速くなります。
次に、再生計画案の策定をします。再生計画案は、再生債権についての減額や支払猶予などの権利変更を含むものであり、原則として会社において作成します。
再生計画案の作成のポイントは、再生債権の権利変更後の回収額は、会社を破産させた場合の債権者への配当による回収額を上回らなければならないということです。難しい言葉ですが、これを「清算価値保障」の原則といいます。再生計画案による債権者への配当が破産の場合を下回れば、債権者にとっては、再生計画案に同意して再生計画に基づく弁済を受けるよりも、破産してもらったほうが得ですから当然です。
中小企業の場合、苦しい経営状況が長引いているため、いざ破産するにしても現金化できる資産はわずかです。会社の土地建物には、もちろん金融機関の抵当権がついていますから、一般の債権者への配当に回る余地はありません。多くの場合、破産した場合の債権者への配当は数%にしかならず、これを上回る支払を盛り込んだ再生計画案も一般債権者への配当は数%程度のものが多いのが現状です。
実際に筆者が申立代理人として作成した再生計画案や監督委員としての意見を述べた再生計画案の多くは、数%の配当でした。
誠心誠意の努力が認められれば、ハードルは高くない
会社が策定した再生計画案は債権者集会における多数決に付されます。この多数決が民事再生の山場です。再生計画案が可決される条件は、再生債権者の議決権者の過半数の同意および再生債権総額の2分の1以上の同意を得ることです。特別清算の場合は、債権総額(議決権の総額)の3分の2以上の額を有する者の同意が必要ですから、民事再生のほうが決議の要件が軽くなっています。
ここで債権者の賛同が得られなければ民事再生はとん挫し、破産となってしまいます。債権者の同意を得るために、会社は債権者に適切な情報を開示し、経営者は弁護士とともに金融機関や大口の債権者にあいさつ回りをして説明と理解を求めます。
こうした誠心誠意の努力が認められれば、このハードルはそれほど高いものではありません。なぜなら、破産の場合の配当率は極めて低く、ゼロから数%程度のことも少なくありません。このため債権者としては、たとえ弁済率が低く、分割払となっても、再生計画案に同意して、少しでも多くの配当を受けるほうが得だからです。
民事再生は、会社の早期再建を目的とするものなので手続は迅速です。一般的には、再生手続開始の申立てから5、6か月程度で債権者集会において再生計画案が可決され、裁判所に認可されて確定することによって会社再建への道筋が整います。
もちろん、従業員にとっても大きなメリットがあります。民事再生のなかで、給与などの削減やリストラが行われることもありますが、従業員がすべて解雇される清算型とは異なり、会社は存続して一定の雇用も守られるからです。
債権の減免依頼等より取引関係を失う場合も
民事再生にあたっては、債権者に大幅な債務カットをお願いする以上、いくつかの留意点があります。
最大の問題は、再生手続開始の申立てをすると事業価値が毀損されてしまうことです。民事再生の場合、取引先について、商取引債権であるからといって特別の優遇はありませんので、金融機関の債権と同様に、再生計画によって大きな債権の減免や支払期限の猶予があります。場合によっては、連鎖倒産という深刻な影響をおよぼしかねません。このため、取引先から信用を失い、取引に影響する場合もあります。
具体的には、建設業などの行政上の許認可に影響をおよぼす場合が、深刻な問題となります。これらの点を考慮すると、私的整理の方が優れているといえます。また、いわゆるBtoBビジネスにおいては、民事再生を利用したことをきっかけに、取引先から取引を停止する旨の通告を受けることもあります。取引口座を失っては民事再生できません。
筆者も、上場会社との取引がある株式会社の民事再生の案件において、当該上場会社が取引を継続してくれるかどうか、気を揉んだこともありました。そのときは、会社の技術力が評価されたのか、経営者の信頼があったのか、幸いにも、再生手続開始の申立てをした後も、取引は継続されました。他方で、飲食業・ホテル旅館業やゴルフ場のように、一般の個人を対象とする事業の場合、個人は、快適なサービスを適切な値段で利用することができればよいということで、民事再生をしたとしても顧客は離れず、事業価値は毀損されにくいといわれています。
黒字になる見込みがなければ活用は難しい民事再生
次に、裁判所による監督があります。前述のように民事再生は、通常清算ないし特別清算と同様、現経営者が手続開始の決定後も引き続き会社の財産の管理処分権を有します。しかし、自由な裁量が認められているわけではなく、裁判所に選任された監督委員の監督のもとに行われることになっています。監督委員の同意がなければ、一定の行為(財産の処分、財産の譲受け、借財、訴えの提起など)を行うことができず、経営者が独自判断で会社を動かすことはできません。
さらに、税金、社会保険料および従業員への未払給与などは共益債権とされ、再生計画に含まれないため優先的に弁済していかなければなりません。加えて、不動産などに金融機関などの債権者によって抵当権(別除権)が設定されている場合にも、抵当権(別除権)の行使は認められているので、債権者との話し合いがつかなければ担保を行使されてしまいます。これによって会社の工場などの中核的な不動産を失えば、再生計画案の立案すらできません。
また、再生手続開始の申立てのためには、裁判所に予納金を支払わなければなりません。予納金の額は負債総額によって異なりますが、たとえば東京地方裁判所の例では負債総額が1億円の場合500万円が目安となります。
このように考えると、民事再生は確かに中小企業の会社再建には適した方法ですが、デメリットが多いケースもあります。まず、民事再生は会社の清算ではなく、事業の再生を促すための手続きですから、どんなに債務を減免しても事業収支が赤字で改善の見込みがない会社には適していません。事業自体の収益力が弱く、黒字になる見込みがつかなければ、再生計画は机上の空論になってしまうからです。
次に、経営者や従業員が意欲的に民事再生に臨んでいるかということも重要なファクターです。債務を減額してもらったとしても、残った債務を分割して支払いながら事業を続けていくためには、役員報酬はもちろん従業員の給与カットなど、厳しい条件をクリアしなくてはなりません。そうした条件のもとで、どれだけ経営者と従業員が一丸となって難局を乗り切っていけるか、経営者と従業員の意欲にかかっているともいえます。
最後に、会社の経理や経営状態がずさんな会社は利用できません。事業譲渡の際にも触れましたが、会社の経理処理に不適切な部分があり、帳簿もきちんと整っていないような会社では、再生計画案が認められるはずもありません。いくつもの消費者金融から借入れを行っているような会社も、債権者からの信頼を得ることは難しいでしょう。
中小企業が会社を継続しながら再生させていくための一般的な手続きである民事再生について説明してきました。再生計画案が債権者集会で可決され、裁判所の認可を受けて進める民事再生は、財務悪化に苦しむ赤字会社には大きな恩恵をもたらし、会社再建に向けた有効な手段となります。
山田 尚武
弁護士法人しょうぶ法律事務所 代表社員