預金の返還請求には「相続人全員の合意」が必要に
我々は、日常、「私には権利がある」「あなたには義務があるから支払え」などと言ったりしますが、そもそも「権利」「義務」とは何でしょうか。
民主主義社会において、人と人との間に紛争が生じた場合に、それを裁定する権限は裁判所にあります。裁判所は、紛争を裁定するにあたり、両者の間に、どのような「権利」「義務」が発生しているかを判断します。つまり、「権利」「義務」とは、裁判所に認められ、相手方が任意に履行しない場合には、「強制執行」という形で、国家に強制的に実現してもらえるものを言います。
この権利・義務は、通常、「売買」や「貸借」などの人と人との「契約」によって生じますが、それ以外に、「交通事故」などの「不法行為」によっても発生します。
そして、人生において、必ず発生する権利・義務のひとつに「相続」があります。
人は、誰でも必ず死にます。そして、人間が死亡した瞬間に、「相続」が発生し、一定の「相続人」に、一定の割合(相続分)で、死亡した人(「被相続人」と言います)の権利・義務(遺産)が、当然に承継されます。
しかし、この承継した相続分である権利は、各相続人の法定相続分の割合での「共有」状態にあり、各相続人はその権利を直ちに実現することができません。
と言うのも、被相続人が有していた銀行預金について、最高裁判所が、それまでは、各相続人は、各自の相続分について、直ちに銀行に対して、返還請求ができるとしていたのに対して、平成二八年末に考え方を変更して、相続が発生しただけでは、各相続人は、自己の相続分の返還請求をすることができず、相続人全員の協議と合意を経なくては、銀行に対して返還請求できないと判示したことからも明らかです。
例えば、長男と次男の子供二人がいる亡くなった人に、一〇〇〇万円の銀行預金があった場合、法定相続分に従って、長男が五〇〇万円、次男が五〇〇万円ずつ相続し、それまでは、各自が単独で銀行に対して、その返還請求ができるとされていたのですが、平成二八年末の最高裁判所の決定は、これを否定し、相続人は、全員の署名した遺産分割協議書がなくては、銀行に対して、預金の返還請求はできないとしたのです。
最高裁判所が、なぜこのように考え方を変更したか。それは、右の例で、被相続人の遺産が一〇〇〇万円の銀行預金だけしかなく、しかも被相続人の生前に、長男だけが、すでに被相続人より一〇〇〇万円近くの事業資金の援助を受けている場合でも、長男と次男が、銀行に対し、それぞれ五〇〇万円ずつ払戻請求できるとしたら、不平等な結果となるからです。
長男が被相続人より受けた事業資金の援助は、長男の「特別受益」となり、このことを考慮した長男と次男の遺産分割協議書の作成を必要としたのです。
一方、死亡した人(被相続人)が生前に、「遺言」を作成していて、自分の遺産の分け方を決めていた場合には、原則として、その内容どおりに遺産が分けられることになります。「原則として」と書いたのは、死亡した人の配偶者や子供には、被相続人の財産の半分に対する法定相続分を、その人が「ほしい」と言えば、承継できる権利があるからです。これを「遺留分」と言います。
死亡した人が「遺言」を作成していない場合には、相続人各自は、法定相続分の割合で被相続人の遺産を承継しているのですが、この遺産を、具体的にどのように分けるかは、相続人全員で「遺産分割協議」を行い、全員が署名・捺印した「遺産分割協議書」を作成しなくてはなりません。
そして、たとえ被相続人が「遺言」を作成していた場合でも、相続人全員が協議して、被相続人の「遺言」と異なる内容での「遺産分割」をすることに合意した場合には、その相続人間の合意が、被相続人の「遺言」に優先することになります。
しかし、この場合も、被相続人の借金については、債権者(相手方)の同意がない限り、相続人は、法定相続分で必ず承継しなくてはなりません。なぜなら、例えば、資力のない相続人だけが、被相続人の借金の支払義務を承継するという合意が債権者に対しても有効だとしたら、不当に債権者を害することになるからです。「父親の借金は、不動産を相続した長男が支払う」という相続人間の合意は、相続人の内部では有効ですが、それを相手方(債権者)に主張することはできません。
「基礎控除額の縮小」で相続対策が必要な人が大幅増加
平成二七年一月一日から、相続税の基礎控除額が大幅に縮小され、相続税の申告・納付が必要なケースが増大することになりました。
すなわち、それまでは、遺産が「五〇〇〇万円+一〇〇〇万円×相続人の数」を超過する場合に初めて相続税の申告・納付が必要だったのが、平成二七年からは、遺産が「三〇〇〇万円+六〇〇万円×相続人の数」を超える場合には、相続税の申告・納付が必要となりました。例えば、奥さんと子供二人が相続人の場合、平成二六年までは、八〇〇〇万円を超える遺産がある場合に初めて相続税の申告・納付が必要だったのですが、平成二七年からは、四八〇〇万円を超える遺産があれば相続税の申告・納付が必要となりました。基礎控除額が四割もカットされることになったのです。「相続税対策」を必要とする人が格段に多くなったことを意味します。
相続税の申告・納付は、被相続人の死亡の翌日から一〇箇月以内にしなければならず、これを怠れば、無申告加算税や延滞税を課されるばかりか、「配偶者控除」等の優遇措置も受けられなくなります。
本年(平成三〇年)七月、約四○年ぶりとなる相続法の大幅な改正が実現しました。
「配偶者居住権」なる権利の新設や相続人以外の親族の相続人に対する特別寄与料請求が認められることになりました。「自筆証書遺言の法務局保管制度」も新設されました。
その他、改正された点は多岐にわたりますが、各改正事項については、以下の各該当箇所において言及・説明いたします。
以上に示したとおり、「相続と遺言と相続税」の問題として、第一に「法定相続人と法定相続分」があり、第二に「遺言と遺留分」があり、第三に「遺産分割協議」があり、第四に「相続と税金」があります。
これらの各問題・制度について、以下、私の弁護士としての実際の経験を踏まえて、わかりやすく説明していきます。
<ここまでのポイント>
●人生において、必ず生ずる法律問題(権利・義務に関する問題)が「相続」である
●死んだ人(被相続人)が「遺言」を残しておけば、遺産はその内容どおりに承継されるが、他の相続人には、「遺留分」が認められている
●被相続人が「遺言」を残していない場合には、法律で定められた「法定相続人」が「法定相続分」に従って、当然に、遺産を承継できる
●しかし、相続人全員で、「被相続人の遺産をこのように分ける」という「遺産分割協議書」を作成しなくては、各相続人は、銀行預金に対する返還請求等の具体的権利行使をすることはできない
●相続人全員が合意すれば、被相続人の「遺言」と異なる内容の「遺産分割協議書」を作成することもでき、それが「遺言」に優先することになる
●平成二七年より相続税の基礎控除額が大幅に引き下げられ、相続税の申告・納付が必要なケースが増大した
●平成三〇年七月、相続法の大改正が実現した
久恒三平
久恒三平法律事務所 所長
弁護士