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1億ドル(200億円)を「明日から運用してくれ」
ジョージ・ソロス氏の秘書から電話がかかってきたのは、レポートを送ってから1週間ほど後のことだった。ソロス氏がレポートに興味を持っていて、実際に会って話を聞きたいとのことだった。翌日の午後3時に会う約束をして、電話を切った。
翌日は、朝から寒さの厳しい日だった。ニューヨークで野村證券の最初のボーナス500ドル(10万円)をはたいて買ったカシミアのコートを手に取った。ニューヨーク5番街にある高級デパートのサックス・フィフス・アベニューで購入したものだ。
ソロス・ファンド・マネジメント(クォンタム・ファンド)のオフィスが入った小さなビルは、マンハッタンのアッパーウェストサイドのコロンバスサークルにあった。当時のソロス・ファンド・マネジメントは、社員20名程度のこぢんまりとしたオフィスで、古びたビルで雑然とした室内も、豪華さとは無縁のものだった。
しばらく待たされた後に、現れたソロス氏本人も世界最強の投資家とうたわれるイメージとは違う穏やかな笑顔で、筆者を迎えてくれた。ろくに髪もとかしていないようなボサボサの頭で、袖がほつれて穴のあいたセーターを着て出てきたその姿が、筆者にはかえって大物のように見えた。
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ソロス氏のオフィスで、筆者は2時間以上にわたってレポートの内容を説明した。プラザ合意の後に、日本では円高に伴って資産価格が上昇していること。特に不動産価格の上昇が激しく、土地を大量に保有している不動産会社や、鉄道会社の資産に含み益が大きく出ていること。にもかかわらず、日本では株を資産価値で評価する投資の考え方が根付いていないために、株価が割安に放置されていること。割安に放置された株価は、今後必ず修正されるので、今が絶対の投資チャンスであることなどを一生懸命話した。
筆者の話を黙って聞いていたソロス氏は、やがてにっこりと笑ってこう言った。「君の話に、私はスパーク(閃き)を感じたよ。早速、君に1億ドル(200億円)を預けよう。明日から運用してくれ」我がことながら、信じられなかった。レポートの内容を必死で話してみたものの、まさかその場で1億ドルもの運用を、即断即決で任されるとは考えてもいなかったのだ。大変なことになったと思った。
筆者は、驚愕が顔に出ないように、冷静さを保つことだけで必死で何と返事をしてよいのか分からなかった。黙っている筆者に対し、ソロス氏はもう一度訊ねてきた。
「何か問題があるのか?」
「ありません。ありがとうございます。今日は、契約書を持ってきていないので、一晩だけ時間をいただけますか。明日、運用計画書とともに持ってきます」
それだけ言うのがせいいっぱいで、頭の中は真っ白だった。オフィスを退去する時に、エントランスにかけておいたコートを忘れてしまったほどだ。しかし、あまりにも興奮していたので、真冬だというのに寒さも感じなかった。帰宅して、妻に問われて初めてコートを忘れたことに気づいた。「すごいことが起きた」―。そう話をしても、金融業界の人間ではない妻は、事の重大さを理解してくれない。そこで、野村證券時代の友人にわざわざ電話をかけて、その日いったい何が起きたのかを詳しく語った。
ソロス氏が初対面の筆者に1億ドルをぽんと預けてくれたことは、これまでの筆者の人生の中でも最も大変な出来事の一つだった。その日はもう仕事にならないと感じたので、妻を車に乗せて、日本食レストランに祝いの食事に出かけた。
しかし、食事をしていても筆者は今後の運用で頭がいっぱいで、妻との話は上の空だった。帰りの道でもまだ興奮が続いていて、気がついたら反対車線を走っていた。事故に遭わなかったのが幸いだった。あの時の高揚感はとても言葉では語り尽くせない。帰宅して、スミス・コロナの手動タイプライターで契約書をパチパチと打っている時も、まだなかなか信じられなかった。特に1億ドルの数字が嘘のようで、翌日、契約書を持っていったら桁が違うとか、あの話はなかったことにしたいとか言われるのではないかと考えてしまうほどだった。
投資家としての人生を変えたソロス氏との出会い
しかし、翌日も夢のような出来事が続いた。契約書と運用計画書を見たソロス氏は、何のためらいもなく「OK。君への運用報酬は前払いで払うよ」と言って、サインをしてくれたのだ。この瞬間、筆者は1億ドル(200億円)を運用するファンド・マネジャーとして正式にソロス・ファンド・マネジメントに採用された。そして、ソロス氏は会社の人間を集めて「私たちの新しいアドバイザーだ」と筆者を紹介してくれたのだ。
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その年に30歳で独立したばかりで、実績は、ほぼ皆無の異国の青年を、ソロス氏はまるで歴戦のプロフェッショナルのように扱ってくれた。当時、ソロス氏は55歳、今の筆者は当時のソロス氏よりも年を重ねていて会社の規模も大きいが、同じことをできるかと問われれば考え込んでしまう。
ソロス氏は早くから日本株への投資を行っていたし、プラザ合意後の円高から、日本でバブル経済が沸き起こることも予想していた。また、筆者を採用する以前にも日本人のファンド・マネジャーを採用していたが、長く続かなかったようだ。ちょうど日本人のファンド・マネジャーを求めていた時に、タイミングよく筆者のレポートが届いたのもよかったのだろう。その後、筆者は2年半ソロス氏のもとで働くことになるのだが、周りの人から「お前がこれまでで最も長続きした日本人だ」とよく言われた。
今振り返ると、あの時、筆者の運命の振り子が大きく振れたのだ。もし、あのタイミングでソロス氏に出会っていなければ、筆者の投資家としての人生はまた違ったものになっていたかもしれない。ソロス氏がインスピレーションを受けた時によく使っていた「スパーク(閃き)を感じる」という言葉は、筆者にとっても印象深いものだったので、後に筆者が現在の会社、スパークス(SPARX)投資顧問を起ち上げる時に、会社名に使わせていただいた。
SPARXとは、筆者の人生を決定づけたスパーク(閃き)であるとともに、Strategic(戦略)、Portfolio(ポートフォリオ)、Analysis(分析)、Research(調査)のeXperts(専門家集団)の頭文字でもある。
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