米国務長官が対トルコ制裁の一部解除をほのめかす?
トルコ政府は、軟禁状態においていた米国人牧師のアンドルー・ブランソン氏(50)を10月12日に解放した。8月のトルコ通貨危機のあと、じりじりと値を戻してはいたトルコリラだったが、ブランソン氏解放をきっかけにトルコリラは一段と上昇した。
更に、10月18日の外国為替市場では、ポンペオ米国務長官が、対トルコ制裁の一部解除をにおわせる発言をしたことから、リラは1ドル=5.5752リラまで上昇した。これは、8月9日(5.55リラ)以来2ヵ月超ぶりの高値となった。8月13日の直近安値(6.88リラ)からは、19%もの上昇をしたことになる(終値ベース)。トルコにとっては、一息つく状況になったといえるだろう。
新興国の優等生・トルコが市場の信頼を失った背景
トルコリラ危機を今一度振り返ってみる。
今年6月にエルドアン大統領は再選された。ところが、大統領の権限は強化され、権力は集中するように改められていた。エルドアン大統領が、思惑通りにそれらを手中にすると、トルコは、ほぼ独裁国家のような様相へと変容した。
経済面で見ても、その弊害が出始めた。今年に入って、インフレ率が上昇し始めたにもかかわらず、経済成長が減速する兆候をみせたために、エルドアン大統領は利上げを嫌い、中央銀行を激しく非難し始め、財務相に娘婿を起用するなど、経済政策に対する支配力も拡大した。エルドアン大統領が独裁的になればなるほど、その横暴ぶりなやり方に、投資家は危機感を募らせ、トルコは市場の信認を失っていった。
トルコ経済は過去10年を振り返ると、経済的には好調が続き、新興国の優等生とまでいわれてきた。2010年以降のGDP成長率でみると、年平均6.8%に達し、同期間の世界経済の平均成長率3.9%を大きく上回っていた。
一方で、トルコ政府はばらまき型の大型インフラプロジェクトに資金をつぎ込み、財政赤字は増加の一途をたどった。トルコの民間企業も大量に社債を発行して、債務比率は政府も企業も非常に高くなっていた。しかも、そうした債券を低金利を理由に、米ドルやユーロ建てで発行して、膨大な外貨建ての債務が膨れ上がっていた。
ひとたび、市場からトルコリラ急落の洗礼を浴びると、外貨建ての債務はトルコリラベースでは、膨れ上がることとなった。トルコ企業は大半がトルコリラ建ての収入で、ドルやユーロ建て債務の返済にあてている。そのため、政府も企業も苦境に陥り、問題をさらに拡大させてしまう結果となった。(Source:IMF)
米ドル金利の上昇から相対的に新興国への投資妙味を薄れさせていたところに、トルコリラの急落が起こったことで、損失を避けようとする投資家の動きも巻き込んで危機は拡大した。
平常時なら、新興国が、通貨を相対的に高金利に維持する政策を採るだけで、投資家に十分なインセンティブを与え、マネーの流入を促することができる。先進国でだぶついたマネーはそれを必要とする国へと流れるというわけである。ところが、投資家が新興国のリスクに神経質になると、マネーの流れは上記とは逆転し、新興国から還流する。時にはこの流れが一気に進み、8月のトルコリラショックのような事態に陥る訳だ(関連リンク『トルコリラ急落でクローズアップされる「経常収支」の重要性』参照)。
経常赤字、債務問題など経済的な課題は山積み…
トルコ問題は、トルコが譲歩する形で、米国からの制裁解除を引き出す道筋は見えてきた。別に浮上しているサウジアラビア問題などとも絡めて、米国との三国間の取引により妥協が成立する可能性も指摘され始めている。政治的には、課題の一つがクリアされる可能性はあるが、経済的には、まだまだ厳しい状況が続くとみるべきだろう。
実際、この2か月で見ても、トルコのファンダメンタルズに目に見える変化があったとはいいがたい。多額の外貨建て債務を負っているトルコ政府やトルコ企業の先行きに、懐疑的な見方は、易々とは変わらないだろう。
当面は、トルコをはじめ、同様に経常赤字や債務問題で課題を抱える新興国には、こうした脆弱性に目が向けられ、厳しい見方が続くだろう。残念ながら傷は深い。筆者は、新興国のなかでも、二極分化する状況であり、特にアジアはトルコや南アとは異なる極にあると述べてきたが、選別の目は厳しく新興国を分類していくだろう。その見方は不変である。
長谷川 建一
Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO