日本人は、芸術を難しいもの、自分にとって縁遠いものととらえる傾向があるようです。しかし、敬遠することで芸術の教養を身につけられないと、グローバルなビジネスの場やコミュニケーションの場で残念な思いをすることもあります。本連載では、芸術をたしなむことによるビジネス上のメリットのほか、芸術の魅力や味わい方まで、銀座で画廊を経営するギャラリスト(美術商)がわかりやすく解説します。

芸術はグローバル社会の「共通言語」

「あなたの好きな画家は誰ですか?」

「最近観た絵画や彫刻で、印象に残っているものは?」

 

こんなふうに尋ねられて、皆さんはなんと答えますか? おそらく、答えに困る人がほとんどなのではないでしょうか。「美術には詳しくないから……」「絵の良し悪しなんて、よく分からないし……」といった返事で済ませる人も少なくないでしょう。

 

日本では、絵画や彫刻、クラシック音楽、バレエといった芸術が、多くの人にとって「縁遠いもの」「難しいもの」になってしまっているのを感じます。

 

その結果として起こっているのが、日本人の「芸術に関する教養不足」です。

 

「教養」というと、「専門的な知識」や「学問によって得られるもの」など、難しく捉えられそうですが、そうではありません。ここでいう「教養」とは、日常的に芸術に触れることで身に付く「人間力」のようなものを指します。

 

筆者は銀座で画廊を経営し、ギャラリスト(美術商)として仕事をしている関係で、ニューヨークやパリなど、海外で商談や会食をすることも多いですし、外国人のアーティストともお付き合いがあるのですが、そこでも日本人との違いを痛感します。残念ながら、欧米人に比べて日本人は、芸術に対する興味や理解が浅いと言わざるを得ません。

 

例えば、欧米の人の家にお邪魔すると、壁や家具の上などに、絵や写真、オブジェなどが飾られているものです。そこから好きなアートについて会話が弾むこともしばしばです。一方、日本の場合、1枚も絵や写真を飾っていない家も珍しくありませんよね。また、家族や友人との日常会話で、芸術について語り合う機会はめったにないでしょう。

 

また各国の代表が出席する、あるパーティーで、皆が自国の文化・芸術をアピールしているなか、日本の代表者が「日本の芸術について自分なりの意見が言えず、人の話を聞いているだけ」「人の輪に入れずぽつんと立っているだけ」だったのを見たこともありました。「国の顔」として選ばれている方でさえ、芸術について何も語ることができない──そう、とても情けなく、残念な思いをしたことを覚えています。

 

実は、芸術の教養は、欧米人と対等にコミュニケーションをとるためにも必要なものなのです。

 

超高齢化社会を迎える日本にとって、市場の拡大や労働力の確保のために、企業のグローバル化は喫緊の課題となっています。そのようななか、企業が求めるのは当然、世界を舞台に活躍できる人材でしょう。ビジネスパーソンにとって、芸術の教養を身に付ける重要性がお分かりいただけるかと思います。

芸術を敬遠する理由は、日本の「美術教育」にあり!?

では、なぜ日本には、これほど芸術に対して疎い人が多いのでしょうか。

 

先ほども申し上げた通り、日本人は芸術を難しいものと捉えてしまっているがゆえに敬遠しがち。それも一つの原因かと思います。そして、日本人にこのような「思い込み」を植え付けているのが、日本の美術教育です。

 

受験に関係のない科目だからと時間が削られていることや、美術を教えられる人材の育成が進んでいないという課題もありますが、最も問題なのは、その指導内容や評価方法だと思います。正しく写生していること、見本の通りに作れていることといった画一的な評価基準で子どもを指導・評価し、子どもたちの自由な発想や個性は抑え込まれることが少なくないのです。

 

最近、ある小学校を訪問した際、そこに飾られた子どもたちの絵がすべて同じ構図、同じ色で描かれていて、愕然としました。個性や自由な発想が大事だと言われて久しい現在でもこれでは、子どもたちが美術をつまらなく、難しいものと感じるようになっても仕方がありません。芸術に興味を持ち、教養を深めようとする日本人が育たないのも当然でしょう。というより、多くの人がその必要性に気づいてさえいないように感じます。

 

では、大人になってしまったら芸術の教養を身に付けられないかというと、そうではありません。

 

かく言う筆者も、本格的に芸術に親しむようになったのは、短期大学を卒業後のこと。最初に就職した出版社を辞め、美術の展覧会に関わる仕事をし始めた21歳頃からです。そこから、実践的にアートと関わってきました。

 

芸術に関して専門的に勉強したことのない筆者でも、多くのアーティストとその作品に関わり、そのなかで自分なりの感性を磨いていったことで、自分の画廊(ギャラリー)を持ち、ギャラリストとして活動できるようになりました。現在、独立して22年、ギャラリーを開いて16年になりますが、無名の頃からサポートしてきて、日本だけにとどまらず、海外へと活躍の場を広げているアーティストも多くいます。

 

とはいえ、筆者もまだまだ勉強中の身。専門的に勉強した人に比べれば知識不足な面もありますし、さらに多くのアートに触れ、多くの人の教えを請いながら、さらに芸術の教養を深めていけたらと思っています。

 

いくつになっても、興味さえあれば、教養は深めていけるのですから。これは筆者がこれまでの経験で確信していることです。

 

そこで本連載では、どんな人でも、すぐに始められる芸術のたしなみ方を紹介します。美術館へ行く以外にも、美術雑誌を読んだりアートを楽しめるイベントに参加したりする方法もあります。またギャラリストとして、ぜひ多くの人に知ってもらいたいのが、ギャラリーでの芸術の親しみ方です。敷居が高いと感じる人も多いギャラリーですが、実は、手軽に芸術を楽しめる場所でもあります。美術館より間近に新しいアートが鑑賞できるので、自分の新たな趣味嗜好を発見したり芸術の楽しみ方が増えたり、さまざまな気づきがあるはずです。

 

さまざまなアートの楽しみ方を知って、自分に合った方法で芸術に触れ、教養を身に付けていってください。そうすれば、さらに芸術が身近で楽しいものになるはずです。本連載を通じて芸術に興味を持ち、日常生活のなかでそれらを楽しみ、幸福感を得て、人生を豊かに感じてくれる人が一人でも増えてくれることを祈っています。

教養としての「芸術」入門

教養としての「芸術」入門

山田 聖子

幻冬舎メディアコンサルティング

多数メディアで活躍中の「ギャラリスト」が解説! 初心者でも楽しみながら学べるはじめての「芸術」ガイド。 【目次】 第1章 日本人は「芸術」への関心が不足している 第2章 「芸術」は世界共通の“コミュニケーションツ…

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