「多様性」を受け入れる心を育む芸術
芸術の効果②「多様性」を受け入れられるようになる
私が人と芸術作品について語り合うときにいつも思うのは、同じ作品を観ても、感じ方は十人十色だなということです。皆さんも友人やパートナーと映画を観に行った帰り、相手の感想や意見を聞いて、「あそこでそんなふうに感じるんだ!?」と驚かされた経験はあるのではないでしょうか。
自分とは違うさまざまな意見を聞けるのが、芸術を介して人とコミュニケーションするメリットだと思います。それが、多様性を受け入れる心を育みます。
例えば、人物が幾何学的にデフォルメされたピカソの絵を観て、「面白い」「好き」と言う人もいるでしょうし、「意味が分からない」「気味が悪い」と言う人もいる。そのなかで「人は皆違っていて当たり前」という感覚が持てるようになります。
特に日本とはまったく違う環境や文化のなかで育った外国人の意見は、自分たちの常識とかけ離れていて、驚かされることも多いでしょう。けれども、自分と違う意見を持っていて当然だと思っていれば、相手に対して腹が立つこともありませんし、「そういう意見もあるんだ」とそのまま受け入れられます。
よく「空気を読むのがうまい(あるいは、空気を読みすぎる)」と言われる日本人の場合、自分の意見を殺して、その場は相手の意見に合わせてしまうところがあります。けれども、多様性を受け入れるというのは、自分の価値観も含め、すべての人の価値観を認めることです。相手の意見に合わせる必要はまったくありません。
自分と相手の意見が違っていて、それでいいと納得できればよいのです。
自分と異なる意見を拒絶せず、フラットに聞けるようになると、時にはそこに共感できるポイントを発見することもあるでしょう。それは自分の視野を広げるきっかけにもなります。
例えば、美術商はお客様に作家や作品の魅力を伝えるのが仕事の一つですが、逆にお客様の意見や感想によって、それまで気づかなかった作品の新しい解釈に気づかされることがあるのです。
他人のものの見方や考え方を知り、それをうまく取り入れることができれば、物事をより深く考えられるようになります。
また、多様性を受け入れ、自分と違うタイプの人と協力し合えると、それだけ可能性やチャンスも広がるものです。
グローバル化を進める日本企業が増えるなか、ビジネスの世界では、ダイバーシティ(多様性)の重要性が強く叫ばれるようになりました。特に性別や国籍、キャリアなどの違う多様な人材の確保が企業にとっての大きな課題の一つとなっています。
これは、世界のさまざまな国で経済活動を行うにあたって、グローバルな人材が必要になるからです。
また、多様な人材がいるところには、さまざまなアイデアが生まれますから、画期的なイノベーションが生まれる可能性を高められます。
つまり、これからのビジネスパーソンには、多様な人材のなかで、自分ならではの個性を発揮して企業に貢献したり、周囲と連携・協力して意見をぶつけ合ったりできる力が求められるようになるのです。
芸術を通して身に付けられる「多様性を受け入れる力」は働く人すべてに必須のスキルだと言えるでしょう。
芸術は性別や年齢を越え、人と人を結び付ける力を持つ
芸術の効果③外国人との「共通の話題」になる
芸術に触れる機会が増えれば、その分、芸術に対する理解も深まります。すると、常に身近に芸術がある外国人(特に欧米の人たち)とも、芸術をテーマに語り合えるようになるというメリットもあります。
芸術に「絶対的な正解」はありません。
同じ風景を描いても、画家によって完成する作品は大きく異なりますが、どの絵が「正しい」「間違っている」ということはないのです。同じように、芸術作品を鑑賞する立場からしても、一つの絵を観て感じることは人それぞれです。そして、その意見に○・╳も、優劣もつけられません。
だからこそ、芸術作品がテーマであれば、生まれ育った環境や常識が違う者同士でも自由に、自分の意見が言い合えるのでしょう。
さらに、置かれた環境が違うからこそ、それぞれの国特有の文化・芸術について語り合えるというメリットもあります。
「スペインの代表的な画家といえば、パブロ・ピカソで、その代表作にゲルニカという絵があって……」
「1800年代に活躍した葛飾北斎という日本の画家は、実はゴッホやセザンヌにも影響を与えていてね……」
などと、お互いの国にはどんな芸術・文化があるのか、その魅力について紹介し合えば、それぞれの国が少し身近に感じられるようになるもの。それがお互いの距離を縮めるきっかけにもなります。
なぜ、自国の文化を紹介することで雑談相手との親密度が増すのかというと、それは心理学で言う「自己開示」の効果だと考えられます。
自己開示とは、読んで字のごとく「自分の個人的な情報をありのまま伝える(開示する)こと」です。「私はこういう人間です」と自分のパーソナルな部分を相手に見せると、相手は「自分に心を開いてくれている」と感じ、あなたに親近感や信頼感を感じるようになります。
仕事上の付き合いであっても、得体の知れない相手と一緒に仕事をしたい、大きな仕事を任せたいとは思わないでしょう。
「名刺交換」の文化からも分かるように、日本人同士であれば「○○会社△△部部長」といった肩書が相手に安心感を与える場合もありますが、外国人は肩書よりも個人の能力やキャラクターを重視します。グローバル・コミュニケーションでは、相手に自分をより印象付ける工夫が必要になります。
そのとき、外国人との共通の話題になる芸術をテーマに雑談をし、そこで自己開示するのは、非常に効果的です。
また、自己開示をすると相手は「私も何か話さないといけない」という気持ちになります(返報性の法則)。そのため、相手も同じようにプライベートな話をしてくれます。お互いに個人的な部分をさらけ出したという安心感から、二人の距離がさらに近づくでしょう。
芸術には性別や年齢、人種に関係なく、人と人とを結び付ける力もあるのです。