通常、遺言書を紛失すると大きな不利益を被るが・・・
<事例5>
医師であった夫が死亡します。夫は公正証書遺言を作成していましたが、妻はその謄本を紛失していました。その後、夫の姉が、夫の四十九日法要の際に、医師という職業柄、財産を多く残しているだろうと、妻に対して財産を開示し、法定相続分に基づいて遺産を分けるよういってきました。
相続の決まりごとに関して何も知らない妻は、途方に暮れ、どうすればよいか、弁護士に相談しました。
遺言書も「モノ」である以上は、当然なくなることがあるでしょう。しかし、それがもたらす結果が、相続人や受遺者などに、計り知れないダメージを与えることがあります。たとえば、相続権を全く持たない者であっても、遺言書に、「○○には1億円を与える」という内容の記載があれば、労せずして1億円が手に入ることになります(遺留分を主張する者が現れる可能性はありますが)。
しかし、その遺言書が失われてしまったら、1億円どころか一銭も手に入らなくなってしまうのです。
「公正証書遺言」は紛失しても謄本を発行してもらえる
このように、万が一遺言書がなくなってしまった場合、非常に大きな不利益を被るおそれがあるわけですが、作成した遺言書が公正証書遺言であれば、救済の道が残されています。
公正証書は公証役場で検索できる仕組みとなっており、紛失したとしても、検索の結果、公正証書遺言が存在することがわかった場合には、公証役場で謄本を発行してもらえるのです。この謄本は遺言書と同一のものとして扱われますので、もとの公正証書遺言はなくとも遺言の効力には全く影響がありません。
一方、自筆証書遺言についてはこのような救済手段が用意されていませんので、なくなればそれでおしまいです。結局、遺言書がはじめから存在しなかったことになるのです。
本事例においても、公証役場で公正証書の存在が確認されたので、被相続人の妻は謄本を発行してもらい、遺言書の内容を無事知ることができました。そこには、「全財産を妻に相続させる」と記載されていました。
そもそも夫の兄弟姉妹には、遺留分がないので、遺留分減殺請求権はありません。したがって、このような遺言書がある以上、法的には、妻は夫の姉に相続財産を分ける必要は、全くありません。
ちなみに、被相続人の兄弟姉妹には遺留分がないという知識は、意外と知られておらず、しばしば、「私に全財産を与えるという遺言書があるのですが、それでも夫の兄弟姉妹にはいくらか支払わなければならないのでしょうか」などという相談を被相続人の配偶者から受けることがあります。
また、いざ請求されると、そういうものなのかと思い、つい払ってしまう人もいるようですが、その必要性はありませんので、くれぐれも注意してください。
ともあれ、この事例は公正証書遺言の持つ大きなメリットがその効果を存分に発揮したケースといえるでしょう。もし仮になくなったのが自筆証書遺言だったのなら、遺言は存在しなかったこととなり、妻は法定相続分しか相続できず、その結果、義理の姉の請求に応じなければならなかったのですから。
しかし、公正証書遺言の形で作成されていたおかげで、夫の意思通りにすべての相続財産が妻に相続されることになったのです。