英国の最善策は、EUとの「モノの自由貿易圏」創設?
このところ、EUと英国の間で行われている離脱交渉が注目されている。リスボン条約に基づく交渉の期限は2019年3月29日と約半年先であり、EU側は英国との離脱交渉で合意に至ることに自信を示しているが、「合意なきブレグジット(英EU離脱)」のシナリオがなお残されているからだ。
実際に、英国のラーブEU離脱担当相は「EU離脱まで6カ月となるなか、われわれは、離脱交渉の結果にかかわらず、英国が繁栄を続けられるように『合意がない場合』への準備を進めている」と説明するなど、英国内では、最悪のシナリオへの準備も余念がないようである。
メイ英首相はEUと英国の「モノの自由貿易圏」の創設という離脱案を「最善策」として主張しているが、それはEUの市場への「ただ乗り」だとして、EU内の反発も強い。交渉術ではあろうが、ラーブ担当相は、合意なき離脱の場合、英政府はEUと合意した清算金(※)を支払わないとも付け加えており、両者の溝がうまっていないことをうかがわせる。
(※)英国は、離脱にかかるEUとの基本合意の中で、350億〜390億ユーロ(410億〜460億ドル)の清算金を支払うことを合意済み。
カーニー「英国内の住宅価格が3年間で35%落ち込む」
そこへ来て、英国の中央銀行であるBank of England(イングランド銀行・BOE)のカーニー総裁は、英国とEUの離脱交渉に関連して、「もし英国がEUから、合意なく離脱することになった場合、英国内の住宅価格が3年間で35%落ち込む」との予想を内閣に示したことが13日付の英紙タイムズで報じられた。
住宅ローン金利が急上昇し、住宅価格が急落して不動産市場が崩壊、2008年の金融危機と同程度の壊滅的な影響が生じる恐れがあるとの認識を示したという。英中銀は既に昨年秋に、各金融機関を対象にストレステストを行っており、そのストレスシナリオでは、住宅価格が33%下落した場合が想定されていた。
英中銀は先月(8月)には、英経済が想定通りに成長軌道にあるうえ、物価上昇への警戒感から、政策金利を0.50%から0.75%に引き上げている。しかし、今月は、米中貿易摩擦からの悪影響と、EUからの離脱プロセスの展開を巡る不透明感が強まっているとして、利上げに慎重な姿勢に転換した。カーニーBOE総裁は、円滑なブレグジットを支援するためとして任期を2020年1月まで延長するという異例の措置を取ったうえに、上述のようなリスクシナリオに基づき、その影響を内閣に報告しているのである。
英国とEUの離脱交渉は、今後6〜8週間が正念場
市場では、先月の利上げ実施時点までは、年内にも年0.25%ポイント程度の政策金利上昇を予想していた。しかし、今月に入ると、上述のような不透明感の強まりから、ブレグジット(2019年3月)まで、英中銀は利上げを見送るとの予想に転換している。
英ポンドの動きは、EU当局者らの合意形成可能との発言を受けた期待感の高まりから、他通貨に対してここ数週間で上昇し、対米ドルでも、1英ポンド=1.26米ドル(8月)から、1.31米ドル台(9月)まで回復してきたが、今後は金利上昇の頭打ち感と合意なきブレグジットシナリオへの懸念から、やや軟化するだろう。
英国とEUの離脱交渉は、議会承認を考慮すると、今後6〜8週間が正念場と考えられる。注意を払っておきたい。
長谷川 建一
Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO