遺言書は「元気なうち」に書いておく
<事例2>
Aさんの息子さん(50歳)が、ガンで死亡しました。Aさん自身は現在、息子の購入したマンションに住んでおり、このマンションの登記名義は息子さんのままになっている状況です。
息子さんは20年前に結婚していましたが、10年前に離婚しました。前妻と息子さんの間には18歳になる娘がいます。前妻は、再婚し、娘と一緒に現在の夫と住んでいますが、その娘は息子さんの唯一の相続人でした。
そこで、マンションの所有権は娘にあるとして、娘の法定代理人である前妻からAさんに対して明け渡し請求がなされたのでした。
前回紹介した事例では、親が息子の財産を相続できましたが、この事例ではそれが認められません。なぜなら被相続人の子どもが相続人となる場合には、親には相続権がないためです。そして、マンションについて相続権を持つ被相続人の娘(自身の孫)から明け渡し請求をされている以上、Aさんはそこを去らざるをえません。
実は、このような状況になることを懸念して、息子は生前に、マンションをAさんに遺贈する旨を記した自筆証書遺言の作成を試みていました。
しかし、すでに容体が深刻化していた段階だったために、途中まで綴るのが精一杯で、最後まで書き終えることができなかったのです(ワープロなどを用いれば完成できた可能性はありますが、自筆証書遺言はあくまでも「自筆」であることが求められています)。
息子の病状が悪化する前、まだ十分な気力、体力が残っていたときに、Aさんが、それとなく遺言書の作成を促していればよかったのでしょうが、そのようなわが子の死を予期しているかのような行為に出ることは、やはりためらわれたのでしょうか。
公正証書遺言なら自ら筆を握れなくなっても・・・
ただ、一般論としていえば、不慮の事態が起こりうることを考えて、遺言書は用意できるときに用意しておくべきです。ことに、高齢者や重い病を抱えているような人は、「まだ大丈夫だろう」と思っていても、このケースが示すように、作成したくてもできなくなる状態にいつ陥るかわかりません。
ちなみに、このケースの場合、自筆証書遺言ではなく、公正証書遺言であれば、被相続人が自ら筆を握れなくなっても問題がなかったはずです。公正証書遺言は、要望に応じて公証人が出張してくれます。
被相続人のような重病患者であっても、病室に公証人を呼び寄せて、遺言書を作成させることができたでしょう。このように、自筆証書遺言が難しいときでも、公正証書遺言であれば作成が可能となりうることは、頭に入れておくとよいでしょう。