<あらすじ> 雪江はハウスキーパーの巧が元ホストだったことを知り、納得しつつ、高まる気持ちが隠せなくなってくる。前の「お客さん」に買ってもらったという財布に嫉妬し、高価な財布を(経費で購入し)買い与えるのであった。そして巧への好意はエスカレートしていき…? 一部の富裕層しか知らない、「愛人」を持つことの金銭的な損得勘定に真剣に迫るリアル小説、女編〜第3回。  

 

ハウスキーパーがやってくる日に、新調した下着を身につける。

 

もしものために、寝室のシーツも交換した。

 

(何やってるんだろう、私ったら……)

 

初めて彼氏を部屋に招いた日のような胸の高鳴りと緊張で、雪江はどうにかなってしまいそうだった。

 

平静を装わなくては。

 

巧は雪江の思惑など、知る由もないのだから。

 

***

 

ハウスキーパーの巧は、月・水・金の週に3回、自宅へやってくる。

 

うち月曜は、その週全体の指示をするため雪江も在宅している。水曜と金曜は、雪江の出勤時刻にやってきて、後は不在中に家事を任せている。

 

基本、彼に頼んでいるのは掃除・洗濯・買い物代行と晩ごはんの支度だが、雪江が在宅の日は他の用事をお願いすることもある。巧とは時間で契約しているため、家事以外の雑務にもフレキシブルに対応してもらっている。

 

先日買った財布を、クローゼットの奥から取り出す。

 

巧の喜ぶ顔を想像し、 思わず雪江の頬が緩む。

 

これは、男たちが水商売の女に貢ぐのと同じ。

 

お金で相手の時間を買う。お金で相手の気持ちを少しだけ振り向かせる。

 

だけど本気になったりはしない。お互い金銭で割り切っている関係が、遊びにはふさわしい。

 

何度も何度も、そのことを自分に言い聞かせる。

 

その時、エントランスのチャイムが鳴った。

 

素早く髪を整えつつ、雪江はモニターを確認して解除ボタンを押した。

 

***

 

「で、その後どうなったの?」

 

「実は……」

 

翌日、ランチに望を呼び出したのは、昨日のできごとを自分一人で抱えておくことができなかったからだ。

 

「午前中は普通に仕事してもらって、巧くんが作ってくれたランチを一緒に食べて」

 

「で?」

 

「なぜか、夫のことを相談するような流れになって……」

 

昨日の出来事を思い出し、雪江は思わず赤面した。

 

「そういえば雪江さん、今朝シーツ替えました?」

 

食べ終わった食器を片づけながら、巧が話しかけてきた。

 

「え、なんで?」下心を見破られたのかと思い、雪江は動揺した。

 

「さっき掃除した時、雪江さんのベッドだけ、交換してあったんで」

 

「……よくわかったわね」

 

「そりゃわかりますよ。誰か寝たらシワになりますから」

 

清掃作業にベッドメイキングも入れていたことを、雪江はすっかり忘れていた。

 

巧は毎回シーツまできっちりアイロンをかけ、ホテルのように美しくセットしてくれるのだ。

 

「結婚したら、夫婦って別々に寝るものなんですか?」

 

「どうなのかしら。うちは夫の寝る時間がまちまちで、起こされたくないからベッドは別にしてるけど」

 

「僕は、 できれば結婚しても、奥さんになる人とは同じベッドで寝たいな」

 

「……私も、独身の頃はそう思ってたわ」

 

食べ終わった食器を食洗機にセットしながら、カウンターキッチン越しに巧が言った。

 

「旦那さんと……うまくいってないんですか?」

 

思いがけない一言に、雪江は身を固くした。

 

「うまくいってないように見える?」

 

「毎回シーツを変えるとき、どちらのベッドにも『一緒に寝た』痕跡がないなって」

 

「やだ……そんなところまで見てたの……?」

 

「すみません! 勝手な想像して……引きますよね」

 

「ううん。事実だし」

 

夫婦に『営み』があれば、どちらかのベッドに、きっとその証拠は残る。

 

夫の匂い。妻の髪の毛。他にもいろいろ。

 

「夫とは、もうずいぶん長いことしてないわ。仲が悪いというわけじゃないけど」

 

「……したいと思わないんですか?」

 

変なこと訊いてすみません、と言いつつ、巧は核心を突いてきた。

 

「……ええ。夫とは、ね」

 

含みのある言い方をしてしまったことに気づき、雪江は赤面した。

 

「僕は、したいです」

 

キッチンからリビングにやってきた巧は、座っている雪江の肩を、後ろからそっと包み込んだ。

 

***

 

「クライアントの雪江がそれでいいなら、私は何も言わないわよ。仕事さえきっちりやってくれれば、あとは大人同士、好きにしなよ」

 

「そう言ってくれて安心した」

 

「で、雪江としては進展を望んでるの?」

 

答えは、恥ずかしそうな雪江の顔を見れば一目瞭然だ。望はフフ、と微笑みながら食後のコーヒーを飲み干した。

 

巧の腕が離れ、我に返った雪江は、プレゼントの包みを巧に渡した。

 

「いいんですか? こんなすごいものもらっちゃって」

 

「その代わり、お願いがあるの」

 

「何ですか?」

 

「望に聞いたんだけど、巧くんって、元ホストなのよね?」

 

「ええ、そうですけど」

 

「ハウスキーパーとは別に、私と恋人契約(※)しない?」

 

〜監修税理士のコメント〜

※ 愛人へのお手当(定額)は、経費にできる?

編集N 毎月決まった金額を「お手当」として愛人に支払う…、そのお金を経費として落とす…。こんなことが許されるんですか?

税理士 許されないですね。事業とは全く関連がないですから経費にはなりません。

編集N 自社の社員(雇用)として愛人に給与を払う形式にしたらどうですか?

税理士 社員として雇用し自社の業務に就かせていれば給与として経費にすることができますが、社員という形式だけで自社の仕事をしていない場合には経費になりません。勤務の実態がポイントになります。

税務署の調査では、採用時の履歴書や出勤時のタイムカードなどを確認したり、社内の座席表や内線番号、従業員名簿などから実在する人かどうか、また、社内の書類から実際に業務を行っているかなどを細かく調べたりし、架空の人件費や名義だけの人件費がないかを調査します。

愛人を社員と装って給与を支払う行為は仮装行為になります。勤務の実態がないのにウソの書類を作ったり説明をしたりした場合には、経費にならないばかりか、重加算税の対象にもなるので要注意です。

 

(つづく)

 

 

監修税理士:服部 誠

税理士法人レガート 代表社員・税理士

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この物語はフィクションです。

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