ニューヨーク、ロンドンと並ぶ世界3大金融センターのひとつである香港。つねにアジアの金融ビジネスをリードしてきたこの地に、早ければ年内にも初のバーチャルバンク(仮想銀行)が誕生する見通しだ。バーチャルバンクの誕生によって香港の金融ビジネスはどう進化するのか? 利用者はどんなベネフィットを享受できるようになるのか? 現地より最新事情をレポートする。第2回目のテーマは「香港金融当局がバーチャルバンク認可に本気で動いた理由」。

アジア随一の「国際金融都市」としての地位を築く

香港金融管理局 (Hong Kong Monetary Authority。以下、HKMA)がバーチャルバンクの認可を決定したのは、「アジアの国際金融都市」としての地位をより強固にするためだ。

 

香港には、東京のわずか半分という狭い面積の中に、地場系のほか、海外系、中国本土系など200以上もの銀行がひしめいている。世界の金融機関の時価総額でつねに上位にランクされる英HSBCホールディングス傘下の香港上海銀行や、中国国有4大銀行の一角である中国銀行傘下の中国銀行(香港)など、世界の名だたる銀行のほとんどが香港に拠点を構え、その多くはアジアヘッドクオーター(本部)を置いている。

 

ちなみに香港では、20香港ドル以上の紙幣は民間の銀行である香港上海銀行、中国銀行(香港)、スタンダードチャータード銀行の3行が発行している。中央銀行に相当するHKMAは10香港ドル紙幣と硬貨のみを発行し、それ以外は民間銀行が中銀の役割を肩代わりしているのだ。

 

 

また国際決済銀行(BIS)によると、香港はアジア第2位、世界第4位の外国為替取引市場であり、2009年に始まったオフショア人民元取引では世界の人民元決済の約70%を占めるなど、中国に隣接する地の利を生かして圧倒的な地位を誇っている。株式市場も時価総額ベースでアジア第4位、世界では第8位だ(いずれも2016年末時点)。

 

このように「アジアの金融都市」として確固たる地位を保ってきた香港だが、ここに来てその地位を揺るがしかねない大きな変化が起こっている。中国における低コストかつ利便性の高いQRコード決済の急速な発展だ。

 

よく知られているように、中国ではいまキャッシュレス決済が急速に普及している。スマートフォンのアプリを使ってレシートなどのQRコードを読み取ると、そのまま決済が完了する仕組みだ。“中国版LINE”と呼ばれるウィーチャット(微信)の「ウィーチャットペイ」や、世界最大級の電子ショッピングモールを展開するアリババの「アリペイ」といったスマホ決済サービスは、もはや中国人の日常生活に欠かせないものとなっている。

 

これに対し、香港では、日本でSuicaやPASMOなどが登場する5年近くも前に、「オクトパス」(八達通)という交通系ICカードが登場し、スーパーやコンビニエンスストアでの買い物にも利用されてきた。香港は、いわばアジアにおける電子マネーの先進地であったのだが、皮肉なことに、いち早くこうした電子マネーが日常化したことも、スマホ決済の普及を妨げた要因のひとつだといえるだろう。

最新テクノロジーを集積させる足がかりになるか?

中国の「ウィーチャット」や「アリペイ」は、銀行やカード会社などの金融機関ではなく、最先端のIT企業が開発し、普及を促しているシステムだ。伝統的な金融サービスや、それを支えるインフラではアジアトップクラスの香港だが、このようなフィンテックの新展開に関しては、イノベーションのジレンマもあり、中国の後塵を拝している側面もあった。

 

香港当局がバーチャルバンクの認可を決定したのは、そうした実情に対する焦りの裏返しかもしれない。実店舗を持たず、インターネットだけでサービスを提供するバーチャルバンクの営業を認めれば、その運営に欠かせないさまざまな最新テクノロジーが香港に集積するようになり、フィンテックの分野においてもアジアトップクラスの地位が確立できると期待しているのだ。

 

逆に、中国だけでなく、世界中で繰り広げられているフィンテック競争に敗れることは、国際金融センターとしての現在の地位を揺るがすことにつながる。面積が東京よりも狭く、資源のない香港にとって金融は経済の大黒柱であり、それが揺らぐことは香港そのものの“生きる力”や存在感を奪いかねない。当局が必死になるのも当然である。

HKMAの狙いは、技術力の高い「IT企業」の呼び込み

金融監督当局でもあるHKMAが5月30日に発表した、バーチャルバンクライセンスの認可に関するガイドラインの改訂版には、IT企業を含む金融以外の企業でもバーチャルバンクの申請ができると書かれている。

 

従来は銀行による50%以上の出資を原則としてきたが、それを見直すことによって、革新的な技術を持ったIT企業を数多く呼び込もうとする香港当局の狙いが見て取れる。

 

 

じつは、今回のバーチャルバンクの認可決定に至るかなり前から、香港当局はフィンテックを発展させるための布石を打ち始めている。数年前にはHKMA内に最高フィンテック責任者(CFO、Chief FinTech Officer)という役職を設け、フィンテックベンチャーを迎え入れるための環境整備を進めてきた。

 

香港初のバーチャルバンクは、早ければ今年中にも第1号が認可される見通しだ。これをきっかけに、国際金融センターとしてのプライドを賭けた香港の巻き返しが本格化する。

 

 

長谷川 建一

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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