ニューヨーク、ロンドンと並ぶ世界3大金融センターのひとつである香港。つねにアジアの金融ビジネスをリードしてきたこの地に、早ければ年内にも初のバーチャルバンク(仮想銀行)が誕生する見通しだ。バーチャルバンクの誕生によって香港の金融ビジネスはどう進化するのか? 利用者はどんなベネフィットを享受できるようになるのか? 現地より最新事情をレポートする。第3回目のテーマは「フィンテックで国際金融都市・香港が進化する理由」。

銀行とテクノロジー企業の協業を促進、域外との連携も

香港金融管理局 (Hong Kong Monetary Authority。以下、HKMA)がバーチャルバンクライセンスの認可ガイドラインを改訂したのは、2017年9月29日に発表した『香港のスマートバンキングを新時代に導く7つのイニシアチブ』に基づくものだ。香港の金融監督当局であり、中央銀行に相当するHKMAの陳徳霖(ノーマン・チャン)総裁が、同日開かれた香港銀行協会の年次総会で発表した。

 

7つのイニシアチブのひとつとして、HKMAは「バーチャルバンキングを奨励する」ことを宣言。銀行業界などの意見を考慮したうえで、2000年に施行された「バーチャルバンクライセンス認可ガイドライン」を改訂することを決めた。そして、2018年2月から草案に関するパブリックコメントを収集し、それに基づいて同5月30日、新たなガイドラインを施行したのである。

 

ちなみに、HKMAが発表した「7つのイニシアチブ」は以下のとおりである。

 

1.高速決済システム(FPS)の導入

銀行および電子マネー業者は、ひとつの電話番号またはメールアドレスを使って、いつでも、どこでも、香港ドルまたは人民元で決済可能な高速決済システム(FPS)に参加できる。FPSは2018年9月にサービスを開始する。

 

2.「フィンテック(FinTech)監督サンドボックス」(FSS)を2.0にバージョンアップ

「フィンテック監督サンドボックス」(FSS)とは、HKMAが銀行やテクノロジー企業などからのフィンテックの許認可に関する問い合わせに対応するために設けた専用ポータルである。2017年末にバージョンアップされた「FSS2.0」には、以下の3つの機能が追加された。

 

①フィンテック監督チャットルームを設け、アーリーステージのフィンテックプロジェクトに関する銀行やテクノロジー企業からの問い合わせに迅速に対応する

②テクノロジー企業が銀行を介することなくHKMAに直接問い合わせができるようにする(筆者注:金融監督当局であるHKMAが非金融企業からの許認可に関する問い合わせに直接対応するのは異例である)

③HKMAと香港証券先物委員会、香港保険業監督局のサンドボックスをリンクさせ、銀行・証券・保険の垣根を越えたワンストップサービスを実現する

 

3.バーチャルバンキングの奨励

HKMAは香港におけるバーチャルバンクの設立を歓迎する。銀行業界への諮問に基づき、2000年に施行した「バーチャルバンクライセンス認可ガイドライン」の改訂を検討する。

 

4.デジタル技術で銀行サービスの利便性を向上させる

銀行に対する規制を緩和し、デジタル技術によって金融サービスの利便性を向上させるための専門チームをHKMA内に設置する。銀行業界との協業によって、オンラインによる銀行口座開設、融資、資産管理などのサービスを実現させる。

 

5.API開放を促進する

API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を開放する政令を策定する。これによって銀行とテクノロジー企業との協業を促し、金融サービスの改善やイノベーションを実現させる。

 

6.域外との連携を強化する

海外や中国本土の当局とも連携してフィンテックの発展を強化する。すでに深圳市政府金融発展服務弁公室との連携をスタートさせたほか、貿易融資のためのプラットフォームをシンガポールのプラットフォームと接続するため、分散型台帳技術によってデジタル化する研究開発を香港域内の銀行と進めている。

 

7.研究開発と人材育成を強化する

香港応用科学技術研究院、香港サイエンスパーク、サイバーポートなどの香港政府系研究機関、ハイテク産業団地との協業によって、新たなテクノロジーやプロセスの開発を促し、利便性の高い金融サービスをいち早く提供する。フィンテック人材の育成も強化する。

環境が整った香港は、フィンテックの先進地に変貌する

上記のように、HKMAがスマートバンキングを強化するために掲げた取り組みは多岐にわたる。バーチャルバンクの認可は、あくまでそのひとつにすぎない。

 

しかし、早ければ年内にも認可第1号が発表されるバーチャルバンクは、香港におけるフィンテックの発展を占う重要な試金石となるだろう。なぜなら、「7つのイニシアチブ」によって生み出される新しい技術を積極的に採り入れ、革新的な金融サービスを提供することを視野に入れているからだ。

 

ひと口にフィンテックといってもその概念は幅広いが、大きく分けると、AI(人工知能)、ブロックチェーンに代表される分散型台帳技術、クラウドコンピューティング、ビッグデータの4つに分類することができる。それぞれの頭文字を取って「ABCD」(AI、Block Chain、Cloud Computing、Big Data)と総称されることもある。

 

おそらく香港のバーチャルバンクは、これらのフィンテック群を縦横に駆使した金融サービスを提供することになるだろう。たとえば、AIによる顔認証技術を使った口座開設、ロボアドバイザーによる資産運用アドバイス、ブロックチェーン技術による決済や送金の低コスト化、ビッグデータに基づく信用スコアリングなどである。

 

これらの技術は日々進化を遂げているが、「7つのイニシアチブ」によって技術開発と金融サービスへの応用を支援する香港には、世界中から最新の技術がどんどん流れ込んでくるはずだ。しかも、そのリアルな“実践の場”としてのバーチャルバンクが次々と誕生させようとしているのである。フィンテックベンチャーにとっては願ってもない環境であろう。

 

バーチャルバンクの登場によって、香港がフィンテックの先進地として大きな一歩を踏み出すときが、今まさに来ようとしている。

 

 

長谷川 建一

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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