前回は、「相続放棄」を活用する際の留意点などを説明しました。今回は、相続に関する難しい選択を迫られた場合に有効な「相続放棄の期間の延長」について見ていきます。

相続放棄の選択肢を残すために「単純承認」をしない

<事例9>

Aさんは、IT関連の株式会社B社を経営している代表取締役でした。B社の株式はAさんが90%を所有しており、10%はAさんの妻Cさんが所有していました。B社はこの不況の中、業績が悪化し、資金繰りに窮しており、B社の借り入れの担保としてAさんの連帯保証のほか、Aさんの自宅に対して抵当権が設定されている状況です。

 

その折、Aさんが心筋梗塞で急死。Aさんの死後、B社は他の取締役Dらによって細々と経営されていたものの資金繰りに窮し破綻してしまいました。

 

Dらは、B社については自己破産を申し立てたいものの、妻のCさんらにとっては、Aさんの債務相続問題も絡むため、自身が住んでいる自宅がどうなるのかなど、心配で夜も眠れない日々が続きました。

 

前回紹介した事例8と同様、債務の相続に会社の経営難が絡んだトラブルですが、本事例では、被相続人が死亡した時点で会社が明らかに破綻状態に陥っていた点が異なっています。

 

このケースでは、打開策として2つの選択肢が考えられました。まず前提として、会社自体を救済することはもはや不可能な状況であるため、取締役のDらはB社の自己破産を申し立てます。

 

問題は、その結果、履行を迫られることになるであろうAさんの保証債務を免れるために、相続放棄を行うべきか否かでした。もし、相続放棄を行った結果、最終的に相続人がいないことになれば、自宅については、国の管理下に置かれることになります。

 

その場合、Cさんは、所有者と同一の注意義務を果たしながら自宅を占有することが認められる、つまり自宅に住み続けることが許されるかもしれません。しかし、銀行からは「相続放棄してこの家に住む権利を失ったのだから、出ていってください」と追い立てられる危険性もあります。

 

一方、相続放棄をしない場合、自宅は、「抵当権が実行され競売にかけられるか」もしくは「銀行と交渉のうえ任意売却されるか」といういずれかの流れで処分されることになるでしょう。いずれにせよ、これらの手段が実行されるまでは、自宅に住み続けることが可能です。

 

どちらの選択肢がベストなのかを冷静に検討するためには、まず何よりも、単純承認をしないことが大切となります。単純承認をしてしまっては、相続放棄の選択肢をとることが不可能になるからです。

 

実は、このケースでは、Aさんの株式をCさんら相続人が相続していることから、意図せずに単純承認をしてしまうおそれがありました。すなわち、Cさんらは株主権を行使して、経営立て直しのために、亡くなったAさんに代わる新しい代表取締役の選任などを行うつもりでいました。

 

しかし、法律上、相続財産について権利を行使すれば、単純承認をしたものとみなされる場合があります。したがって、Cさんらが、株主権を行使した場合、単純承認となり、その結果、相続放棄ができなくなる可能性があります。

 

このように、本事例は、株主が会社を立て直すための行動を起こしてしまうと、相続人自身の生活を立て直すための選択肢が狭まってしまうというジレンマを抱えた、非常に解決の難しい案件だったのです。

時間稼ぎを行うことで破産手続きを円滑に進める効果も

そこで筆者は、事態の推移を見守りつつ、その時々の状況においてもっとも合理的な方法が臨機応変にとれるよう、家庭裁判所に相続放棄の期間の延長を申し立てるようアドバイスしました。要するに、時間稼ぎをする作戦をとったのです。

 

ちなみに、このように時間稼ぎを行うことによって、会社の破産手続きを円滑に進める効果も期待できます。

 

破産手続きを行うためには、裁判所に予納金を納める必要があります。したがって、可能な限り売掛金等を回収して、予納金に充てる費用を捻出しなければなりません。相続放棄の期間の延長によって、債権を回収するための十分な時間も確保できるようになるのです。

本連載は、2013年9月20日刊行の書籍『ドロ沼相続の出口』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

ドロ沼相続の出口

ドロ沼相続の出口

眞鍋 淳也

幻冬舎メディアコンサルティング

相続税の増税が叫ばれる昨今。ただ、相続で本当に恐ろしく、最も警戒しなければならないのは、相続税よりも、遺産分割時のトラブルです。幸せだった家族が、金銭をめぐって骨肉の争いを繰り広げる…そんな悲劇が今もどこかで起…

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