効果的な節税ができる相続時精算課税制度だが・・・
<事例7>
父親は94歳でいたって健康。父親の相続人には子3名がいます。父親は地方都市に2000万円の土地を所有しており、相続人となる子3名もこの地方都市に住んでいます。
子のうち長男が代表を務める会社の顧問税理士に、相続について相談したところ、相続時精算課税制度が使えるので、遺言書により土地を移転させなくとも、現在、贈与しても税金はかからないと聞き、顧問税理士から司法書士を紹介してもらい、父親から長男に対して土地を贈与し、贈与の登記をすませました。
ところが、顧問税理士からは翌年3月15日までに相続時精算課税制度の届け出を行う必要があることの説明を受けなかったため、長男は届け出をしませんでした。というよりもその事実を知らなかったのです。
そして、6月末頃、突然、所轄税務署から贈与税に関する問い合わせがあり、税務署に赴いたところ、1000万円ほど贈与税を支払うよう指導がありました。
長男は、顧問税理士とともに所轄税務署に相談に行きましたが、贈与税の支払い義務があり、支払わないと処分することを通知されました。そこで、地元の弁護士会に相談に行ったのですが、やはり支払うしかないという回答で、どうにかならないのかと頭を悩ませていました。
ご存じのない方のために相続時精算課税制度について簡単に説明すると、生前贈与された財産について2500万円まではとりあえず非課税としておき、相続時に非課税とした分を相続財産に加算し、相続税で精算するという制度です。この制度を利用すれば、たとえば2500万円以内の現金や不動産を被相続人が生きているときに相続人が贈与された場合でも、贈与税を支払わないですみます。
また、贈与額が2500万円を超える場合には贈与税がかかりますが、贈与税の税率は一律で20%になります。しかも、納付した贈与税は相続税額を計算する際に控除されることになっています。相続時精算課税制度は、その仕組みを全体としてみれば相続税の前払いとしての性質を持っており、効果的な節税が可能であることから、相続税対策として広く活用されています。
そこで、この事例でも、顧問税理士が相続税対策として同制度の利用を勧めたわけなのですが、何とも痛い手落ちがありました。
相続時精算課税制度の適用を受けるためには、翌年の3月15日までに、相続時精算課税を選択することを所轄税務署に届け出なければなりません。もしそれを怠れば、通常通り、暦年課税の扱いになる、要するに、相続時精算課税制度を利用しなかったのと同じことになってしまうのです。
顧問税理士から説明を受けなかったために、届け出をしなかった相続人は、約1000万円の贈与税を課税されるとの通知を受けてしまったのです。
粘り強く行政に働きかけることで活路を開ける場合も
しかし、このようなケースであっても、あきらめるのは早計です。交渉次第では打開策を見いだせる場合があるからです。
本事例では、所轄税務署以外の複数の税務署に、届け出をしなかった場合でも、相続時精算課税制度の利用が認められた例がないか問い合わせたところ、過去にはあったとの回答を得ることができました。
そこで、所轄税務署に「他の税務署では届け出がなくても、相続時精算課税として扱われた例がある。にもかかわらず、同様の対応をしないのは、憲法14条の平等原則に反しており違憲だ」と主張しました。
すると、当初は届け出がない以上だめだとかたくなだった所轄税務署の態度に変化が現れ、最後には、「上級庁と相談しました。本件贈与は条件付き贈与とみなすことができ、まだ条件が成就していないので、移転登記を戻せば贈与税はかかりません」と相続時精算課税の扱いにすることを認めてくれました。
こうして、無事、多額の贈与税を支払うことを免れることができたのです。
常に成功するとは限りませんが、相続税等の優遇措置を受けるために必要な届け出を怠っていたような場合でも、本事例のように、粘り強く行政に働きかけることで、活路を開ける場合があるのです。